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量より質より気持ちが上回った話

会社の先輩が退職することになった。
絶対辞めないだろうと思うような先輩だったが、転職を決めたのだそうだ。
発表して暫くすると有休消化に入り、姿もあまり見なくなった。
退職ってあっけない。

そうして先輩の最終出勤日を控えた頃、私は胸の内にザワザワを抱えるようになった。
餞別で渡す物が何1つとして浮かばないのである。
これは大変なことだった。

そもそも先輩は「後世だからみんなからのメッセージだとか目立ったお別れ会なんか開かないでくれ」というような性格で、私生活については何一つと話さない人だった。
餞別を送るスマホゲームがあれば、間違いなくボス並みの難易度だ。

先程『胸の内がザワザワ』と記したが、こういう時に動くのは以前より私の役目だったのだ。なんとしてでも「これだ!」と言う逸品を選びたい。


ある日先輩が有休消化をしている間に「そろそろ何をあげるか考えよう」という秘密の会議が行われたのだが、それでも有力なアイテムは案の定何一つとして出てこなかった。

「無難に台所用品とかどうだろう?」
1人の意見に1人が手を挙げる。
「でも先輩、休日はご飯を食べずにコーヒーを飲んでいると言っていました!」

会議の冒頭により、私の心はポキっと折れた。
この有力な証言により、人類の共通「食う寝る遊ぶ」の1つが断たれたのである。
ご飯食べないって本当かよ。絶対嘘つかれてるだろ。信じる方も信じる方である。
コーヒー関連をプレゼントする案も出たが、「こだわりがありそう」という理由で却下された。
言い忘れたが、先輩はこだわりのある人物なのだ。

私生活を語らない先輩なので、「遊ぶ」というもう1つの選択肢に期待は薄かった。ともなれば人類皆の共通点は残り「寝る」の部分だが、以前より寝付きが悪いと言っていた先輩に、誕生日プレゼントでアロマをあげてしまったことがあったので、安眠グッズ被りは避けたかった。

「枕とかどうだろう?ほら、オーダーメイドする枕とかあるじゃん」

真面目な顔して申した1人に私は静かにバッテンマークを掲げた。
オーダーメイド枕は己で選ぶから意味があるのである。
勝手にオーダーしてメイドした枕をあげても、
そいつは知らないイニシャルが入ったペアリングくらい愛着が湧かない。

こういうカジュアルな会議は、誰も意見が出なくなると自然とフェードアウトしてしまう。
いつの間にかパソコンをカタカタし始めた周りを他所に、私はまだ頭を悩ませていた。

『無難にお菓子の詰め合わせにするか?そんな無難なもので良いのか?
私のプライドに賭けてももう少し考えるべきでは無いのか?』

先輩の日々をイメージし続ける先に一瞬、ふと一筋の光が刺した。
『そういえば先輩、普段めちゃくちゃ日焼け対策してるやん!フー!』
フー!は脳内の小さな私たちがベリーダンスを踊っている描写である。

そこからはもうとんとん拍子だった。
遮光100%の素敵な折りたたみ日傘を見つけたのだ。
折り畳み傘なら万が一使わなくても邪魔にならないし、
傘はいずれ壊れるので消耗品だ。
先輩のことを考えた最高の逸品と言えるだろう。
私は額の汗を拭きながら、達成感に満ち溢れた。


…待てよ?

脳内のベリーダンスのBGMが鈍くなる。

部署からの餞別に折り畳み傘1つってシュール過ぎないか?
値段じゃない、気持ちだ!とかよく聞くけども、
余りにも余りすぎないか?

いつしか私は最高の逸品を探すあまり、
これが部署全員からの贈り物ということを失念していたようだった。
再び頭を抱えていたその時である。
私の閉ざされかけた光をこじ開ける救世主が現れたのだ。

ナイスタイミングである!
この救世主とは先輩の隣の席に座っていた、コミュ力高い高い後輩なのだ。
私が助けを求めると、後輩は期待通り口を開いた。

「ああ、そういえば前に解体新書が欲しいって言ってました」

解体新書!?杉田玄白の!?
私が返事をすると後輩はハッキリと「そうです」と言った。

先輩の私生活は益々謎に包まれたが、
その代わりに超有力証言を手に入れた私は心の中でガッツポーズをした。

早速Amazonで検索をする。
解体新書を調べるのは初めてだったが、イメージしていた資料集とは違って値段の安い文庫本ばかりだった。
迷いも無く一番高い解体新書を見てみると復刻版と書いてあることもあり、
その時代の何を書いているか分かりづらい文字と絵柄が並んでいて、
大学の古文の勉強を思い出した。
とはいえ現代語訳もしっかり付いているのでそこは安心して良いだろう。
レビューを見てみると星4・半だった。めっちゃ良いんかい。
折り畳み傘との値段を考えても丁度いい値段である。
これでいくしかない。

「買います!」
流石に皆でお金を出し合うものなのでちゃんと宣言をしてから、購入画面を押した。
明日発送の画面が出てくる。
こんなマイナーな商品にも素早い対応をしてくれるAmazon、さすがすぎである。

「買ったよ」というと一番驚いているのは後輩だった。
「え!?本当に買ったんですか!?」
「だって欲しいって言ってたんだよね?」
「それは言ってました」

大きな商談を1つ終えたような清々しさだった。
大事なのは気持ちである。
先輩が欲しいと言っていたものを買うのが一番確実では無いか。
今頃宅配ボックスに例の品が眠いっていることだろう。
思い込みなんかじゃない、これが一番良かったのだ。
私は今、非常に満足している。

先輩、どうか次の会社でもお元気で。

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