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釜揚げうどんの懺悔


忘れもしない高校時代の話である。
高校時代の私といえば、お笑いにそのまま浸かったような生活を送っていた為に
多いと週に3、4回は難波へ行ってライブを鑑賞していた。
ギャンブル、酒、タバコ。中毒には色々あるが、
当時の私はお笑い中毒であった。

さて当たり前だが、ライブへ行くにはお金が必要である。

ただでさえお金が無いのにライブへ費やしている私は、
他のことにはお金を掛けるわけにいかず、
同じ趣味を持つ友達とサイゼリヤやNGKの近くにあった激安うどん屋で腹を満たすことが殆どだった。

そんな日々を過ごしていたある時、難波に革命が起こった。
すぐ近くに某チェーン店のうどん屋が出来たのである。

それまで通っていたうどん屋は、安いには安いがコシの無いタイプのうどんで、
個人的な好みとしてはイマイチな感じだったのだ。
チェーン店のうどん屋は、手際が良いしめちゃくちゃ美味しい。
それから自意識の塊で出来ていた私にとって、
1人でも入りやすい雰囲気だったことは1番のお気に入りポイントだった。


元々うどんが好きだった私は、脳みそがうどんになる程その店に通った。

学生の時分でお金がなかったので、
大体は釜揚げうどんにネギをトッピングして食べていた。
釜揚げうどんは一番安いメニューなので、とても財布に優しい。

それなのに、その日は皮肉にも釜揚げうどんを裏切って、
とろろの乗ったうどんを食べたのである。

私はうどんが好きだが、とろろも大好きなので
「うまうま」と口に出してはいなかったか心配になる程
上機嫌で麺を食していた。
こういう時には食への執着心がメラメラと燃え上がり、
とろろも残さず食べる為に最後の方はそのまま器を持ち上げ、掻き込むような形で完食すると決めていた。
お行儀が悪いとかはこの際無いのである。
私はその時、とろろの行く末で頭がいっぱいなのだ。

旨かった。
顔全体を覆っていた器をお盆に戻し、
店の光景が視界に戻って来た瞬間、
私はようやくその事態に気が付いた。

正面に座っている外国人が、
釜揚げうどんの出汁をゴクゴクと飲んでいるのである!!

ギャー!である。
麺をそのまま啜り、出汁を飲んでは首を傾げている外国人。
それもその筈で、彼が食べているのは小麦粉を茹でた塊だ。

今だったら間違いなく大きなジェスチャーを混ぜながら、
「へいそこの彼、うどんの食べ方間違っているよ!うどんはまずここに浸ける!そしてそれから啜る!」
と正しい食べ方を教えるのだが、
当時の私は固唾を飲んでその状況を把握するのが精一杯だった。

何故私は今日に限って釜揚げうどんを頼まなかったのか。
例えば私が釜揚げうどんを食べていたならば、
彼はただ前を見ているだけで正しい食べ方を習得することが出来たのに。
否、もしかして私の食べ方を真似して大胆に汁を啜っている可能性もあるでは無いか。
だとすれば彼は友人に「日本人はこうやって、豪快に汁を啜るんだ!日本の奥ゆかしさとのギャップだね!」と教授するに違いない。
私史上トップクラスの生きっ恥である。

言うべきか、言わざるべきか。
私が今教えてあげたら、
彼はうどんを美味しい食べ物と認識してくれるに違いない。
だけどもし私だったら、
こんなにひらけたお店で指摘されると恥ずかしいに違いない。
ところで、YOUは何故よりにもよって釜揚げうどんにしたのか!?
この店にメニュー100種類あるとして、
99種類はそのまま食べるだけで美味しいうどんばかりなのに!
残りの1種類は何なのか教えてやろうか!?釜揚げうどんだ!!ハッハッハ!


脳内ではもう、取っ組み合い有りの会議が行われている中、
私はお盆を持って立ち上がり、
茹でたうどんを食べている彼を真顔で横切った。

その瞬間から今日まで、私はずっと後悔している。
彼はきっと帰り際、
「うどん、思ったより美味しくなかったな」
と背中を丸めていたに違いない。
私の羞恥心のバカ!

もしもデロリアンがあるならば、
私は間違いなくあの瞬間に飛んで、彼に声を掛けるのに。
それだけで彼の人生も、私の人生も
ちょっとだけ良くなるに違いないのだ。

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