泣きっ面に蜂蜜

頭が痛い。
たったそれだけの理由で、まるで走馬灯のように昔の記憶が駆け巡った。
なんとなく引っかかっている過去って、
ふとしたきっかけで蘇ってくるものである。


突然だが、前の彼氏と別れたきっかけはインフルエンザだ。

当時の彼の話、普段は殆どしないけれど、
今回の頭痛の話をするにあたって触れざるを得ないので語るとする。

彼と別れたのは、付き合って4年目の時であった。
最後の1年間といえば連絡も殆どしない遠距離恋愛で、
最早潮時といえばそれまでではあったが、ウダウダと付き合い続けている私に終止符を打たせたのが、3年前のクリスマスであった。

あの頃の私は大変に健気で、
殆ど声も聞かなくなった彼氏と会えることをベタに浮かれていた。
「そうなんや」「大変やな」
この2種類しかLINEの返事をしないAI彼氏相手にである。

熱が出たのはカレンダーにバツを付けてハートの1つ手前の日。
今振り返っても可哀想だが、私はクリスマスにインフルエンザになったのである。
その年会社で流行っていたので、病院に行くまでも無く確信した。

当時の彼は仕事柄、インフルエンザを絶対に移すわけにはいかず、私は泣く泣くデートのキャンセルを申し入れた。
クリスマスにインフルエンザ。なんたる仕打ち。新しいことわざか?
普段滅多に風邪も引かない私は完全に精神ノックアウトされていたが、
映画を見る為にチケットを買って貰っていたので、チケット代を無駄にしてしまったことを謝罪した。
彼は万年明るかった。いつものように、笑いながら返事をした。

「大丈夫!そっち行く新幹線代浮くから!」

大丈夫
そっち行く新幹線代浮くから
新幹線代浮くから
浮くから…

あの人の言葉に悪気は無かった。
ただ私はその瞬間、麻痺していた気持ちの温度が、サーっと下がっていくのが分かった。

お金の切れ目は縁の切れ目だというけれど、
体調不良への不親切は愛情の切れ目だと思う。
彼の中では私に会う喜びよりも、私に会う為のお金の方が
気持ちのウエイトが勝っていたに違いない。
もしもあの時インフルエンザになっていなかったら、
私はまだ当時の彼と付き合っていただろうか。
人生とは本当に、ふとした場面に分岐点があるようだ。


どれもこれも、思い出させたのは先日の頭痛のせいである。

風邪すら引かない私なので、
突然やってきた頭痛には本当に参った。
最初は軽い頭痛だったので寝て休もうと思ったら、
起きた瞬間「小人が脳内で上質な靴を作っている!!!オーダーメイドのやつ!!!」と思う程
強烈な痛みが頭に響いたのだ。

立つことも出来ない、トンカチで叩かれているような痛み。
どうやら仮眠を取ったことが良く無かったようで偏頭痛になったらしいのだが、
初めての経験にパニックである。

パニックになった私はどうしたかというと、泣いた。

頭痛薬すら持っていない私なんて、
木の棒ででっかいモンスターを倒しに行っている勇者と同じだ。
無力である。
泣きながらうずくまっていると、
どこからか彼氏が頭痛薬を持って現れた。

思い出した。
前の彼氏に、インフルエンザで冷たくされたこと。
そしてもう一つ。
そういえば彼は、そのインフルエンザになった時、
ただの先輩だったのにお見舞いに市販のお粥を持ってきてくれたのだ。

そうだった、そうだった。

彼は冷えピタを私の額に貼ると、
普段テコでも動かないのに洗濯物まで干してくれた。
頭痛薬のお陰で元気になった私は、カレーライスを沢山食べた。
暖かい気持ちって、すぐに忘れてしまう。
彼が私にとって救世主のうちは、この暖かい気持ちを忘れないでいたいと思った。


ハッピーエンド、みたいな結びとなってしまった。

彼が薬を持って現れた時、
「え、頭痛くて泣く人いる?」と薄ら笑ったことは絶対に忘れない。
私は頭が痛ければ泣く人だし、ふとした言葉を根に持って書き記すような女である。

出産の立ち合いでの言動は気を付けろとよく聞くけれど、
男女関係なく、体調の悪い奴には優しくして欲しい。
私みたいに、人生の分岐点になるぞ。

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