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28-8 梅すだれ 雑賀 お滝の恋

お滝が家へ戻るとおたかが遊びに来ていた。
「お孝ちゃん、久しぶり!」
機嫌よく声をかけたお滝だったがはっと息をのんだ。お孝ちゃんは顔を赤くして泣いているのだ。お桐も目を真っ赤にしている。
「どうしたのよ」
「ウコギが鉄砲隊に入るって」
「鉄砲隊は落ちたって言ってたじゃない」
根来ねごろの鉄砲隊に入るって」
「どうして根来に!」
紀ノ川の向こうの根来の鉄砲隊は非情な殺戮を繰り返す織田信長の傭兵隊だ。そんな根来の鉄砲隊にわざわざ入りに行くなんて。お滝は怒りさえも覚えた。

ウコギはお桐とお孝と同じ年で三人は仲が良い。特にお孝は生まれたころからの付き合いで、無口で大人しいお孝が話しをする数少ない一人だ。お滝の描いた浦賀の絵にウコギが川を描き足した時、お孝が激しい剣幕で怒ったこともあった。お孝が怒るところを見たのはあの一度だけだ。

「根来が人を集めてるらしくって入れたって」

ウコギは目が悪い。斜視で右の眼だけいつも横を向いている。物が二つに見えるものだから月は二つあると言い張っている。そんな目では到底鉄砲隊として活躍できるはずもなく、雑賀の鉄砲隊では不適格として入隊が許されなかった。雑賀の鉄砲隊は人気があり入隊を希望する者は雑賀以外からもたくさん集まって来るが、入隊できる者はごくわずかで多くの者は失格する。しかし根来では長引く戦局に隊員を増やそうと川向こうの雑賀の者も入隊させるようになり、雑賀を落ちたものが根来に入るようになった。ウコギも一か八か入隊を申し出たところ、鉄砲隊の後ろで弾や火薬を詰める要員として採用されたというのだ。

「あほやねん。せっかく落ちたのに入りに行くなんて」
お孝ちゃんの声はいつにも増して弱弱しい。ウコギは今日の午後出発すると言う。
「ここで泣いてないで会いに行きなよ」
お滝が二人を急かしたが、
「言ったってやめるわけないやん。もうええねん」
と諦める二人だが、
「言いたいことを言っておいで。最後になるかもしれないんだから」
お滝の言った「最後」という言葉に二人は顔を見合わせた。
「お孝ちゃん、行こう!」
お桐がお孝の手を取るとお孝も「うん」と大きくうなずいた。
「ねえちゃんごめん」
と言葉を残し、お桐はお孝と走り出した。

お滝はまだ握られていないご飯を慣れない手つきで握っていく。かごへ詰めながらお桐とお孝のことを考えた。ウコギが雑賀の鉄砲隊に入れなかった時、お桐は嬉しそうだった。きっとお桐もウコギのことが好きなのだろう。お孝ちゃんも見るからにそうだし、あの二人はどうなるのだろう。ウコギを取り合うのだろうか。これからの二人の仲が心配になる。
(それにしても根来に入るなんて)
溜息をつくお滝は、もちろんこのことをマサに話した。

「あほやねんなあ。鉄砲隊にあこがれる奴は頭がおかしいで」
マサもウコギのことを飽きれている。三好にも雑賀の鉄砲隊に入ろうとする者がいるそうで、
「藍をかしてればええのに、なんでか鉄砲を撃ちたがって。藍を育てるしか能がないんや、そりゃ落ちるわ」
と鼻で笑った。

三好は藍染あいぞめで有名だ。染料の元であるたであいの栽培が盛んで、藍の葉を百日かけて発酵させたすくもは「阿波の藍玉」として京都や大坂に限らず全国に名が知られている。三好家の支配下である河内では木綿の栽培が盛んなことから、河内木綿を阿波の藍玉で染めた反物が大量に作られている。

藍染の布は消臭性があるだけではなく、傷の化膿を防ぐ抗菌や止血作用もある。さらに耐火性が高まることから、この反物で作った着物を戦場で甲冑の中に下着として着ることが武士達に流行っている。今はどこもかしこも戦だらけ。藍染の需要はうなぎのぼりだ。

藍染が戦で侍たちの命を守っている。そのことがすくもを作る誇りになり、三好の若い男たちは戦場へ出ることに憧れた。

「わいには藍玉が臭くてたまらんけん。運びたくないと思う時もあるわ」

マサは雑賀へ来ない日は堺へ荷物を運んでいる。藍玉を運ぶ時もあるのだ。

「戦のないとこはないんかなあ」

安らかに生きる場所を夢見るマサにお滝は強く共感するのだった。

つづく


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