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AI画像で連想SF小説 / 機械の中のアリス.10


画像:AI / 構想と文:古之誰香


場面.10「迷宮茶会」


大変な事になったと、アリスは新しいエリアに出た所で呆然として立ちすくんでしまった。余計な事を考えたせいで、透けてる壁をくぐるタイミングがズレて、二人と逸れてしまったらしい。妙に暗い場所で、アリスは一人きりだった。「カルテカ、アロノン?」と言ってみても二人の声はいつまでたっても聞こえてこなかった。

その場所から一歩も動かずしばらく待ってみたアリスだったが何の変化もなく、一人で行くしかないと、薄暗い場所をあてどもなく歩き始めた。

かろうじて見える程度の壁に出くわすごとに、アリスは腕を伸ばして透けてる壁を探したが見つからなかった。そして幾つかの角を曲がったところで不意に明かりに出くわし、そこに男が一人座っているのが目に入った。

男の周りには棚だの何かの機械だのがあり、手前のテーブルには所狭しとティーカップが転がっている。そこで男はカップの何かを飲み干してはそれを放りだし、そこらのカップを拾って眺め回しては、またカップの何かを飲み干している。しばらく見ていて分かった事は、男はずっとそれを繰り返しているという事だった。

思わず「何を」と言って、アリスは慌てて口を塞いだが遅かった。それを聞いた男が言った。「お茶を飲んでいるんだよ。新しい綺麗なカップでね」と。それを聞いたアリスは思い出していた。そういえば不思議の国のアリスに、そんな話があった気がする。でもそれなら確か、男は帽子を被っていて、他にも何か登場するキャラクターがいたはずだと辺りを見回したが、いるのは帽子を被っていないその男一人だと分かった。

アリスに返事はしたものの、男は直ぐに視線を外し黙々と元の繰り返しに戻っていた。興味を持ったアリスは近づいて、そこいらのカップを覗いてみたが、飲み残しのお茶もなく、どれも綺麗なままだった。

こんな所でお茶を、それももしかしたら一人で永遠に飲み続けているのかと思い、もしもここにカルテカがいたら、これあげると言って、カフェテリア行きのチケットを男に渡したりしたのだろうかと、寂しくなった。

アリスは言った。「誰か他にいた気がしませんか?」男は手を止めることなく「居たよ。カフェではね。」「え?」とアリスが驚くと、男は手を止めてアリスを見ながら「知らない誰かの名前で入って、出る時は自分の名前で出たさ。だって誰かの名前で精算するなんて悪いだろう?そしたら一人のお茶会が始まって、辞められなくなった。」

それを聞いたアリスはギクリとした。精算の後ろめたさも然りだが、自分も同じ事になっていたかもと身震いしながら、男に対しては同情心が湧いてきていた。少なくとも自分の名前で精算する事を選んだのは誠実だと思えたからだ。

しかしだからといって手伝える事は何もなさそうだと悲しくなったアリスだったが、そこでふと、二名制のチケットを持っていた人物である事を思い返して、この人もビギナーなのではと考えた。

「あの、カフェの前はどちらに?」と男に訊きながら、もしかしたら自分と同じようにマザーシップに会ったのかと想像したが答えは違っていた。

「いろいろあった気がするけど、よく覚えてないんだ。ただあのウサギ野郎だけは忘れない。オレの帽子をとりやがった。オレを待っていたとか言うから、うっかりついて行ったらやられた。」

アリスはその先の事は聞く気になれなかった。もしかして途中で逃げ出したけど間に合わなくて、どれくらいか分からないけど、融合機械に持っていかれた人かも知れないと想像していた。それでどうにかカフェテリアに行き着いて、自分の名前で出てきたら、こうなったのかも知れないと、アリスはますます可哀想になってしまった。

しかし男は続けて言った。「ウサギ野郎はいいんだよ。オレはあいつに会いに来たと思うんだ。そんな気がする。だけど会ってみるとなんだか話が違うんだ。それでその後がさっぱりなのさ。カフェに行くまでどうだったか。」

アリスは思った。この人はやっぱりビギナーだ。それも自分でこのメタバリアムに来たらしい。もしかしたら融合する為に?でも何かが違うと思って逃げ出したけど…。

これ以上、かける言葉が見つからないと暗澹としていたアリスの後ろで人の気配がしたと思い、二人が来てくれたと振り返ると、そこにはウサギとネズミの帽子を被った、そっくりな顔立ちの青年が二人して立っていた。

思わず悲鳴を上げたアリスを見て、二人は顔を見合わせながら「こっちは兄、こっちは弟、つまりはジャーマネ兄弟という事です」と言いながら会釈した。

骨髄反射で軽く会釈を返したアリスだったが、体は無意識に後退りしていた。だが相手は二人だし、見た目には時計ウサギではない。それともまさか、シングリアンは時計ウサギだけじゃないのかもと、すっかり混乱しているところに「エクソダシスです」と二人が異口同音に続けて言った。

「それはなんですか?」となんとか言葉を絞り出すと、またしても二人同時に「解決であり離脱です。それを望む同志たちを助けています。エクソダシスは解決離脱協会であり、私達はそのエージェントです。」

それを聞いてあっけに取られているアリスから、カップの男に視線を移した二人は「こちらの方を救済に上がりました。」と言うと、テーブルのあちこちに散らばっているカップを、乱暴に手で払い落としはじめた。

それを見たアリスは咄嗟に耳を塞いだが、予想と違いカップが落ちて盛大に割れる音は全く聞こえて来なかった。そしてカップはあっという間にテーブルの上から無くなり、いよいよ男が手にしている一つだけになった。その間、男には二人が見えていないばかりか、目の前で起きている事にさえ気付いていない様子で、手にしたカップからお茶を飲むと、最後のカップを放りだして、そこで止まった。

すると二人が同時に「整理整頓、圧縮解決。狭い箱には圧縮収納。」と標語みたいな事を言ったかと思うと、次には一人が「管理効率最適化」と言い、もう一人が「全体最適標準化」と言った。その言葉を聞いて、これは時計ウサギと同類、シングリアンだとアリスは直感した。

これはマズいと、アリスは男に警告しようとしたが、男は虚ろな目つきで「なるほど、そういう事か」と言って立ち上がり、ふらふらと歩き始めた。それを見た二人もその後を追うように歩き出しながら、アリスをちらりと見て「アリス様。申し訳ありませんが、あなた様は現在、救済の対象では御座いません。また救済は本意ではなく、本来は完全なる意思をもって当会にお越しいただく事が、当会の希望するところで御座います。それではまた、皆様に良き解決と離脱がありますことを」と口上を言い残して、男と共に暗がりへと消えて行ってしまった。

つまり自分はもう追われている分けではないのかと思いながら、それでも時計ウサギの、いかにも予定されていた事のような口ぶりを忘れる事は出来なかった。

そして更には、本意ではない救済、という言い方がアリスの心に重くのしかかっていた。それは融合に失敗したビギナーを外に連れ戻すという事なのか、それとも融合を完了させるという事か。そもそも融合とは具体的にどういう事なのか。

そしてエクソダシスとかいう協会だか組織だかは、どうやらメタバリアムの外からも、この事に関わっているらしいとアリスは考えた。これまで何となく冒険気分でいたアリスだったが、早くここから出たほうがいいと、思い始めていた。


つづく

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