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第5話|6つの扉が明かされて

※紺野うみのエッセイマガジン『心の中に6人の住人がいたので、自己分析ができた話』の第5話です。この連載は、一度購入するとシリーズで続編が読めます。単話ごとの購入も可能ですが、継続して読む場合はマガジンの購入がお得です。

無料導入編➤はじめに|私の中に誰がいる?
登場住人紹介
第1話|自己否定だらけの私を変えたもの
第2話|心の扉を開く旅の始まり
第3話|隠す者と隠される者
第4話|鉄壁の守りが崩壊したワケ
第5話|6つの扉が明かされて
第6話|住人チームコンサルティング
第7話|自分という世界の外交と内政


➤住人たちとの信頼関係

「まもるくん」の存在に気づいてから、次に心の中に降りたとき、私はまっすぐ菫色の扉に向かいました。
そこが彼の部屋なのだろうということは、不思議と直感的に解っていたのです。

相変わらず広間はしんとしていて、誰の姿もありません。

この頃は、それぞれが単独で自室にこもっているような状態でしたから、広間は寂しいものでした。
時折、反発の意思を表明するアニキの存在を感じる瞬間だけは、彼がこの広間まで普通に出てきているようなのですが、私が降りていく時はひっそりしています。

静まり返っている広間に、その時は「まだ、あんまり信用してもらえてないのかな……」などと思ったりもしました。
けれど後から思えば、その頃はまだアニキをはじめ彼らの存在を知ったばかりでしたから、戸惑いやらなにやらで、私の方が彼らをきちんと信頼しきれていなかったのでしょう。

そういった部分を、当然心の中にいる彼らは敏感に感じ取っていたのでしょう。
だからこそ、まだ私の前に気軽に出て来なかったのだと考えると、至極納得できる話です。

今だから言えることですが、心の中の世界はとにかく「信頼関係」が非常に大切なのです。
それは「住人同士」はもちろん、「自分自身と住人」の間も同じこと。
宿主である自分が住人たちのことを正しく把握し、信頼すればするほどに、彼らも立派な個性のひとつとして力を発揮できるようになるのですが……。
この時点ではまだ、そのことに気がつけていませんでした。

その時は、ここ最近すっかり案内役のようになってくれていたグリーンダカラちゃんも、部屋の外に出てきていなかったのですが、私は構わずひとり菫色の扉に直行していました。

どうしても、気になって仕方がなかったのです。

私の直感が当たっているとしたら……それはあまりにも酷なことです。
つまり、もし私が本当に辛いとき、感情のスイッチをオフにするためその人物に出てきてもらって、すべての重荷を背負わせてしまっているのだとしたら――。

その頃は、それぞれの住人を苦境に置いてしまっていたことに変わりはないのですが、それにしたっていちばん苦しい時にだけ出てきてもらう役だなんて、あまりにも申し訳なさすぎる気がしました。


➤沈黙と無表情の住人

扉をノックしてずいぶん待ったのですが、反応はありませんでした。

思いきってドアノブに手をかけ自ら扉を開けようとしてみたところ、意外なことに、菫色の扉は何の抵抗もなくあっさり開いてしまいます。

拍子抜けした後、恐る恐る中を覗いてみれば、そこは真っ白で何もない空間が広がっていました。
広間と同じように、壁も床も天井も白いのです。
私が見たグリーンダカラちゃんやリンさんの部屋のように、特徴と言えるようなものがありません。

そこは、「無個性」な部屋でした。

そして、椅子すら置かれていないその部屋の隅には、十代後半くらいの男の子が、壁に背中を預けるようにして静かに座っています。
黒髪で地味な印象の彼は、ただ一つ自分のそばにラジカセだけを置いて、ぼんやりと歌詞のない静かな音楽を聞いているのでした。

私はなにも言えずにしばらく「まもるくん」を見ていたのですが、話しかけてみようという気持ちにはなれませんでした。
彼は完全に世界を閉じてしまっているような雰囲気で、こちらを見ようともしません。

自分の中を穏やかに保つためなのか、外界を遮断し、することといえば慰めに音楽を聞くくらいのものなのかもしれません。
見れば、着ている服も、飾り気のない白い服です。

これほど何もない部屋を目の当たりにして、私は何も言えませんでした。
何と言って声をかければいいのか、解らなくて。

私はそのままそっと扉を閉めて、何もしないまま中から戻りました。
心の中に行く時は決まって眠る前にしていましたから、その時もウトウトしながらまもるくんについて考えていた記憶があります。

「これじゃあ、彼に嫌なものをすべて押しつけてしまっているみたいだ」と、こんな状況にまもるくんごめん……と思いながらも、どうすれば良いのかなんてまったく解りませんでした。

それからも、度々まもるくんは苦しい時に身代わりになるかのように出てきてくれていたのですが、その頃はそれに甘えていることしかできませんでした。

ただ、彼の存在を知って、さらに「もっと自分の心や気持ちを大切にしなくてはいけないんだ……」という気持ちになっていたことは確かです。

こうなったら、まだ明かされていない最後の栗色の扉にいる人物が誰なのかについても、できるだけ早く知らなければ……と私は思っていました。


➤栗色の扉の中で

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