見出し画像

イチローは「会話を愉しむ人」。そしてもし、あの場に自分がいたら。

イチローの引退会見がおもしろくて、引き込まれるように最後まで観た。
   
あの人は昔、受け答えが生意気だと言われていた。でもそうじゃなかった。今も昔も、純粋に会話を愉しもうとする人なのだ。
    
あなたはなぜその言葉を使ったのか。
本当に訊きたいと思っているか。
それは今、この場で訊くことか。
そういうことを感じ取ろうとする。
聞き手と真摯に対峙できる。
       
だからこそ、
      
「生き様」
「成功」
「恩返し」
「メッセージ」       
     
などの、質問している側が意味を定義できていない、枠に収まる記事の形を予めイメージしているような記者の思考停止ワードにイチローはすべて的確に反応していた。

でも、今日は機嫌が良い日だったから、それらにも丁寧に違和感を言語化した。イチローは幾つかの記者の質問に対して、「聞いてます?」と言った。あれだけは言わせてはいけないはずだが、それでもイチローは答えた。

「あなた、聞きたくて聞いているわけではないですよね。でも、俺、答えてますよ、今?」というメッセージを送りながら。

「大谷翔平はどんなメジャーリーガーになると思うか」という質問に対して「それは占い師に聞いてもらわないと」という前置きは、皮肉に見えてなかなかできない柔らかな相手への注意喚起だ。そのあと、意図を汲んでしっかり大谷へのエールを贈っていた。記者にではなく。
  
       
「奇しくもデビューも引退試合もアスレチック戦だったが、今振り返ってデビュー戦で思い出すことはあるか」という、聞き手の勝手なセレンディピティに酔った心象を疑問形にすり替えただけの質問になっていない質問には、「長い質問に対して大変失礼ですが、ないです」とひと言で返した。あれはイチローが失礼なのではなく記者が失礼なんだと誰もがわかるという意味で見事な返答だった。

「仰木監督なら美味しいご飯とお酒を飲ませたら、飲ませたらとあえて言いますけど、うまくいくかと思ったら、まんまとうまくいった。口説く相手に仰木監督を選んだのは大きかった。お酒の力をまざまざと見た。シャレた人だった。仰木監督から学んだものは計り知れない」
    
   
ここで「口説く」という言葉を使っているけど、これはイチローが「仰木監督は会話ができる人だ」と感じていたということだろう。メジャーに行きたい。誰かに伝えなければいけない。そして人を選び、美味い席を設け、迎えた。仰木監督はきっとどの道「NO」とは言えなかったはずだ。でも、気持ちよく「YES」が言えた。イチローはちゃんと会話できる人を選び、会話を楽しめたからメジャーに飛べた。
        
     
一人、台湾人の記者が質問した。「台湾にもファンがいっぱいいる。伝えたいことはあるか?」この質問そのものは稚拙というか、あまりにストレートだ。最初は元同僚のチェン・ウェインだけの話で終わらせようとした。でも、記者の表情を見てイチローはきっと想像した。台湾から来て、台湾を愛していて、今、自分にこの質問を投げかけているこの人のまっすぐな気持ちは本当だとわかった。だから、戸惑いながらも振り絞って答えた。「一度だけ台湾に行ったことがある。台湾の人はやさしいと思った」と。

こういう、人と会話するスタンスがモロに出る人なのだ。
    
今、思い出しながら一番印象に残っているのは、「成功」という言葉を巡るイチローの言葉。 

「メジャーや新しい世界に挑戦するのは勇気がいる。その時、成功すると思うから行く、成功できないだろうから行かないという判断基準では、後悔が生まれる。やりたいならやってみればいい。できると思うから挑戦するのではなく、やりたいと思うなら挑戦すればいい。そうすれば、結果に後悔はないだろう」

椎名林檎がイチローに向けて書いた『スーパースター』という曲がある。

イチロー本人が、この曲を聴いてこう言った。

「そもそも僕はスーパースターっていう言葉が大嫌いで。大嫌い。でも、(この曲では)スーパースターの前に"私の"ってついてた。その瞬間、僕の中でレッドゾーンまで針が振り切れた。あれから毎日聴いてるんですよ」

「私はあなたの強く光る眼思い出すけれど
 もしも逢えたとして喜べないよ
 か弱い今日の私では
 これでは未だ厭だ」

「私はあなたの孤独に立つ意志を思い出す度に
 泪を湛えて震えているよ
 拙い今日の私でも 
 明日はあなたを燃やす炎に向き合うこゝろが欲しいよ
 もしも逢えたときは誇れる様に
 テレビのなかのあなた
 私のスーパースター」

この意志を持ってあの場に立てた記者がどれだけいたんだろう。

そして、もし自分があの場にいたら、何を訊いただろう。

「ダイヤモンド社の今野と申します。これから、朝日新聞も東スポもNHKもネットメディアも、Numberだって改めて"イチロー引退特集"を組むはずです。あなたの過去が幾通りも編集される。それをもしあなたが見たら、一人では思い出さなかったことを思い出すかもしれない。だからその前に訊きたい。毎日バッティングセンターに通った頃から、今日まで、あなたの野球人生を振り返って、今、一番最初に思い出す一球はどれですか。ホームランでも内野安打でも外野フライでもファールでもいいです。少年野球の名もなき投手でも、バッティングピッチャーでも、ランディジョンソンでもいい。今、心の中で一番大きな部分を占めている一球はどれですか?」

#イチロー #コラム   #会話 #とは #日記 #野球

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?