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シニアの一人暮らしと空き家問題を考える

日本の高齢化社会を象徴することは幾つかあるが、一人暮らしのシニアがとても多いこともそうである。当然、今の日本の実情からすると、増えていく一方である。

シニアの一人暮らしという言い方もあれば、独居老人という言い方もある。最近のデータでもすでに独居老人は、500万人を超えている。
背景には色々な原因があるが、やはり、核家族化の進展が一番大きいと思う。まだ、田舎の方が一人暮らしのシニアは少ないのではないかと思う。

シニアの一人暮らしては何かと不安が先行する。もし、何かあった時に、誰がサポートするのか、万が一の時の発見が遅れる。有名な警備会社などは、見守のサービスを随分前から始めている。今もITなどを使って、安心安全のシニアの生活を支える社会的仕組みや民間のサービスは進歩しているのは間違いない。

また、高齢化社会そのものを市民が認識するとともに、一人暮らしのシニアの課題も学び、他人ごとでなく自分事として、何か行動を起こす人も増えつつある。
生きるという事は、食べることと住まう事が基本である。当然、一人暮らしのシニアの数だけ住まいがある。

話は変わるが、今、日本の空き家問題がある。
実はとても深刻な問題である。建築や不動産関係に関わっている人なら誰でも知っている常識である。この問題を簡単に言えば、家を作り過ぎたのと、まだ使えるものを使わなくなったからである。それと、高齢化社会の進展という事になるが、これについては、少子化高齢化は随分前から分かったていたことである。

高度経済成長期の中、人口も増える。若い層がマイホームを持つことが人生の最大の夢の一つの時代が確かにあった。車などでもそういう種類のものだが、車はまだ家に比べて耐用年数は短い。また、車はそれこそ、移動できるので、再利用もやりやすい。
一方、家は子供でも分かるが、一度建築したら解体して更地に戻さない限り、単なる無用の長物だ。しかも、環境保全に悪い影響もあるし、治安の維持に対してもマイナス要素だ。

簡単に言えば、高度経済成長時代の産業は、ほとんどすべてが今だけ良くなることを考えて、大量に商品を作り大量消費してきた。そして、廃棄してきた。大量の廃棄は、甚大なる深刻な公害や環境破壊を引き起こしてきた。

家と言うのは、一見、環境には関係がないように思える。実は、家の存在そのものが、建築、住まう、廃棄するサイクルのどれもで環境に多大なる影響をする。今、世界は環境を保全する方向での経済メカニズムの再構築に歩み始めたばかりだ。

日本では、すでに800万件以上の空き家がある。2033年の予測では、これが2000万件を超える。これは、独居老人の増加予測とも連動する。人間はいつか寿命が来る。今の空き家問題は、残された家の問題でもある。

今から先の事を考えれば、誰でも分かるが、後始末を考えた家づくり、住まい方が常識になる。
そうしないと、日本はこの先、とんでもない国になる。至る所に空き家が散在する環境を想像するだけでもぞっとする。これから空き家になるだろう家に対しの対策も必要だ。

ある意味、人としての後始末と家の後始末。これはセットで考える方が現実的である。
もちろん、すでに空き家になっている建物をどうするかも重要だが、これは国の力でなんとかしないと、今流行っている空き家の再利用ではとても追いつかない。

使い物にならない建物が大半なのと、そもそも、日本は人口が減っていくのだから、再利用におのずと限界がある。下山の国の日本に大切なのは、人も家もしまい方だと思う。

以上

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