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日本の温泉の歴史とは?古文書『温泉考』解読④

寛政六年(1794)の古文書『温泉考』の解読第4回目です。

今回は、日本で温泉療養するようになった歴史と、中国ではどうだったのか、という部分について読み解いていきます。

一般的に、温泉で病気療養をするということは
遠い神代の時代から始まったことなのです。
いうまでもなく、田舎の戯言といった
適当なものではありません。

昔、瓊瓊杵尊 ににぎのみこと※がまだ降臨していないとき、
大己貴命おおなむちのみこと※が少彦名命すくなひこなのみこと※とともに
この豊葦原中津国とよあしはらなかつくに※を領土としていました。

 ※瓊瓊杵尊 =天照大神の孫
 ※大己貴命=大国主命おおくにぬしのみこと。国造りの神
 ※少彦名命=医薬・温泉・酒などの神
 ※豊葦原中津国=日本神話で高天原と黄泉の国
  の間にある地上の国、つまり日本のこと。

この民が早世するのを憐み、
医薬呪術温泉の法を作って
その苦しみからお救いになるとき、
大己貴命おおなむちのみことは病におかされていました。

少彦名命すくなひこなのみことは即座に温泉に入湯させると
大己貴命おおなむちのみことの病はみるみる御平癒され、
ここから二神は海内を巡行して良い土地を
見て廻り、所々の温泉を重要視したということが
古い史書で明らかとなっています。

その後、舒明天皇・孝徳天皇も温泉に入られ、
御病気を療治なさったことも書かれています。

そのほか、古来から名のある人が、入湯して
病を治したという例は数多くあります。

遠く中国はというと、清の通志※の記述から
考えるに、中国内に温泉の数は140か所ほど
あり、そのほかに通志に漏れた場所も
多く存在するといいます。

 ※通志=南宋の鄭樵ていしょうの書いた書物

中国でも周・秦といった古代から
温泉に入っていたことがわかり、
論語で曾点そうてんが志を述べた言葉に、
「川のほとりに浸かり舞雲に風ずる」
とありますが、前代の儒者の注釈にこれは
「川のほとりに温泉があってそこに浸かった」
という意味ではないかとしています。

この不確実な説を推測すると、春の終わりの
三月頃に、川の水を浴びに行こうというのは
ありえないことだからです。

つまり、これによってすでに温泉に関して
曾点だけに限らず、その時代の人はすでに
「ああ、温泉に入ろう」と考えており、
まさしくその後に秦の始皇帝が
できものの病で驪山りざん※の温泉に入られ、
その病が即座に治ったということが
三秦記に書かれています。

 ※驪山=中国西安の東、陝西省にある
  秦嶺山脈の山

驪山(中国)

その後、漢の武帝、唐の明皇、
その他斉・魏の帝、唐・宋の臣民が
温泉に入ったということなど、
その事例は一つや二つではありません。

(参考)中国年表

しかし、中国の医書には温泉のことは
詳しく分析されておらず、
その本質が解明されてはいないのです。

唐の陳蔵器は『本草拾遺』に初めて
温泉の効能を表したものの、
その理論を詳細に説き明かすこともなく、
明の李時珍の書にもその説は非常に
ぞんざいに扱われており、あたかも
温泉の効果を知らない者のようです。

そのほかにも、張華の『博物志』や
胡仔の『漁隠叢話』などにも温泉のことが
書かれていますが、真にその性質を
説き明かし詳しい効能を論じたものは、
儒書にも医書にもまったく見られません。

多くが硫黄温泉を沸かすのだと言えば、
一方では石黄・ミョウバン・砒石などで沸く
などと、さらに愚か者のようなことを語り、
人の意見に安易に賛同する者も多いのです。

温泉徹底の真理を理解するために、
その効用を論ずる者がいいかげんなのも
また自然なことなのでしょう。

そのため、今この時分に医学の道において
すでに文献に書かれてあるものは十分ではなく、
目をそこへ向ける者も少ないため、
多くが温泉の本質を知らずして
自ら誤り人をも誤らせる、
そうした例は少なくないのです。

医者であっても温泉の効能を
知る者はまだ少ないため、
多くは民間の知恵により行われ、
湯治しないほうがいい病状に湯治し、
湯治したほうがいい症状に湯治しない
といった有り様です。

それだけではなく、病状を改善することが
できず、むしろ悪化する場合もあるため、
情け深い人はこれを見て
きっと心を痛めるに違いありません。


【たまむしのあとがき】

やたらと固有名詞が多かったです、ふう。

日本の神話は、神様の名前も長いし、関係性もややこしく、出来事に比喩的要素がたくさん盛り込まれているので、苦手分野だったのですが、日本史のどの時代・どの分野を学ぶにしても、たぶんこの、そもそもの日本の起源というものを知っておかないと、いずれここに向き合う場面を迎えるのではないかというくらい、必須知識のような気がします。

ですから、古事記とはなんぞや?という簡単な本で、きちんと勉強していたことが、ここにきて役に立ちました。

中国史もついこの前の大学時代(2019年に奈良大学を卒業しました)に、しっかり勉強したので、それまで1ミリもわからなかったのが、なんとかイメージは掴めるようになりました。

温泉とはまったく関係のない話ですが、昨今の世界情勢を見ても、この先日本がどこへ向かっていくのかわからないなりに、各人が何か知ろうとする努力はしていかなくてはならないのではないかという気がします。

その中で、今、起こっていることの原因は必ず過去にありますから、やはり歴史を学ぶことは必要ではないかと思います。

とはいえ、目にする情報はかなり歪められているというのも、ここにきてよくわかるようになりました。

私自身、中国人とはどういう人間か、という内容の本『裏から見た志那人』を読み終えたところです。

ハッキリ言って、日本の政治家に読ませたいくらい、日本人の感覚や常識とはまるで違う、人ならば当然こうだろうという思い込みはすべて捨て去る必要がある、ということが書かれていました。

これが本当に正しいことを言っているかどうかということは、読んだそれぞれの人が判断することですが、私は中国史を学んで感じたこと、実際に過去に中国に行って感じたこと、それらを網羅して、この本に書かれてあることは、非常に信用度が高いと思います。

知らないということは、本当に恐ろしいことです。

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