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オリジナル短編「深海」

「ポジティブに生きていれば、何とかなる!」
「感情をリセットしてみましょう」
「○○すれば鬱を打ち消します」

...前向きな言葉は、もう聞き飽きた。


深海



私は身を投げて深い深い冷たい海の中
人々は誰しも”感情の海”に沈んでいく
体が重くなったとしても、陸にいた想い出を胸に抱き、
光に向かって這い上がり、息を吸うのさ

だけれど、私はもう這い上がる気力はないの—————。


『大丈夫だよ』
『まだ若いから』
『やり直しは聞く』
『思い込みはやめろ』
『出来ないのは当たり前です』

——— “普通”って何?

次々と陸に上がっていく。抗う波を上手く避けて
人々は泳ぎ方を教わり、陸へと向かう
...だけれど、私はもう諦めるんだ。

息苦しい 酸素が吸えない
でも這いあがろうとは思わない
暗くて冷たい底へと 
皆が上がっていく姿を
いつまでも見つめながら—————。

貴方は変わっている


幼い頃から言われていた。
感情のすれ違い、考え方の違い

『どうしてそうなるの?』
『みんなと違うね』
『君だけだ』


一緒になりたい なれない
いつだってそうだった。
でも、世界は

『大好きだよ』
『愛してる』
『信じているから—————』


手を伸ばしてくれる方が少なからずいる
それなのに私は払いのけて海の底へと帰ってしまうのだ


————— 私は本当に嫌な奴だ。


だって、受け入れてくれる人の言葉すら、耳にしない
いつだって”嘘つき”。気持ちを塞いで
私はもう’’人間’’ではない。何者でもなれない存在


———『あぁ、またこのザマですね』———


そんなのわかっている


———『また繰り返すんだ』—————


一番、理解している


————『諦めようよ』—————

本当はやめたくない
生きていたい
でも何度やっても同じ結果だとしたらさ、
..... どうせ、私は変われないから。


沈んでいく 嗚呼 
私はきっと泡にも酸素にすらなれない
一体化を望む でも叶わぬまま
どこまでも 底へと沈んでいく
波に攫われ 飲まれて ずっと独りぼっち

背中に何かを感じる
とうとう‘‘深海‘‘へと辿り着いたようだ
これ以上、下には沈めない
もう砂しかないのだ 手に取りながら
自身がどちらの世界にもいられない”無”の存在を知る

————— 私は一体、何になれるの?

     地上も地下にも空気にもなれなきゃ、     
存在の理由を知りたくなる
神様、どうか教えてください。

私の生きる意味を!!

...そう叫んでも、答えは見つからないまま。
次第に息苦しさは涙へと変わり、
それが泡となり、少しずつ上へと浮いていく
嗚呼、きっとここまでかな.....。
瞼を閉じて 静かに息を止める。
             どうせ死ぬんだ。              
だったらこのまま、独りで————。



「...え?」

酸素がなくなると信じていたのに、
いつまでも永遠のおやすみは来ないまま。
ふと起き上がる。思わず目を見開く。
そこに生えていたのは足ではなく...... ‘‘魚の尾‘‘。
どうして?足があったはずだよね、      
だって私は‘‘ニンギョ‘‘.... 人魚

——— 嗚呼、きっと頭がおかしくなったんだ。

諦めて尾を動かすと、ふわりと体が宙に浮く。
こんな事があるのだろうか?   
.....でもいいや、どうせ短い命だ。
きっと神様が‘‘最後の夢‘‘を見せているんだろう。

絵本の中で人魚姫は王子様と恋に落ちる
だけれど叶わず泡となって消えてしまう
でも私はそんな物語よりも
非現実でファンタジーでメルヘンな海の世界に憧れた
人間には決して出来ない。
それは... 海の中で自由に泳ぐ事。

自分以外は魚しかいない 
彼らは私と同じ感情を持たない
そう、ここは‘‘私だけの世界‘‘
誰にも邪魔されない なんて素晴らしいんだろう。


踊る 踊る 一人で海のワルツを
回れ 回れ 秘めた感情を口にして
我慢していた心を 言葉を 全て——————。

泳ぎ方さえ、慣れてしまえば良いのさ


前向きな言葉も幸せも希望も光も
全ては当たり前で、後ろ向きの感情は閉じなくてはならなかった
.....本当はそうじゃなかった。

過去は教え、ネガティブは自身のアップデート。

どんなに冷たく暗い海でも、その中では生きている魚たちがいる。
私はそれを知らなかった——————。

生まれ変わる 周りの耳はかき消され
答えは自分が一番わかっていたから
次第に光は見えていく
でも這い上がる事はしない

         今の私は————— ‘‘海の住人‘‘。

深海。
深くて冷たい底が見えない場所。
荒波にさらわれてしまいがちな世界だけれど
自身を受け入れ、上手く泳いでいく。
そのままでいいんだよ。後ろ向きでもいいんだよ。

... もう、私は無理に這い上がる事はしない。

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