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賢士郎。

 お持ち帰りされたくて、酔ったフリをした。結果、賢士郎は私を持ち帰った。そして意のまま、私は賢士郎と寝た。

 大学生のくせに婚約者がいるって何なの?彼女でいいじゃん。何で婚約?相手ってどんな人よ。賢士郎のアパートに帰ってから、彼は私をソファに寝かせた。あ、賢士郎のベッドじゃないんだ。ソファなんだ。賢士郎は自分のベッドから毛布を1枚とって私に掛け、おやすみ、と電気を消した。さっきまで一緒に飲んでいた美咲さんは彼氏と同棲中だから、酔っぱらった私を連れて帰れない。終電もないし、とりあえず賢士郎の家に泊めてあげてよって流れになったけど、酒豪の私が家に帰れなくなるほど実は酔っていないことを、賢士郎は気付いていただろうか。

 電気を消してベッドに入った賢士郎は、私に背中を向け壁を向いて寝た。私はすぐに「賢士郎」と小さな声で呼んだ。「ちょっと、こっち来て。」一つ年上の賢士郎は、小さい子の相手をするかのように「どうした?」と私の横にきた。私はそのまま賢士郎の首に手を回し、一緒に寝たいとストレートに伝えた。暗くて表情は分からなかったけど、賢士郎はゆっくり首から私の手を離し、ゆっくり、着ていたTシャツを脱いだ。

 ずっと、賢士郎を欲しいと思ってた。だけど賢士郎が婚約者を捨ててまで他に行く事は無いって分かってた。でも週2回のゼミの帰り道、半ば強引にカフェに誘ったり、いつも賢士郎、賢士郎って言ってる私が、賢士郎を好きなことくらい、本人には十分にバレていたはずだ。

 賢士郎の行為は荒々しかった。罪悪感と性欲が混ざっているんだ。決して雑な訳ではない。でも、隅々まで丁寧には「わざと」やらない空気が感じ取れた。言葉はない。元々賢士郎は口数が多い方ではないけど、ここまで黙ることもないのに。解き放てない罪悪感を抱えながらも動きを止めない賢士郎に、私は自分自身の欲望が細胞から満たされていく感覚に陥り嬉しかった。そして賢士郎が私の中で終わる瞬間は、ただただ愛おしかった。

 でも、賢士郎とは今夜だけ。また明日になったら、何もなかったかのような日常に戻っていく。賢士郎も私を家には呼ばないだろうし、私もこれ以上を望まない。たった一度キリだったから、私たちは出来たんだ。

 賢士郎は仰向けになって息を整えた。そしてゆっくり立ち上がり、脱いだシャツとパンツを持って、自分のベッドに戻っていった。朝まで隣で寝ないのが賢士郎らしいと思った。「おやすみ」「うん、おやすみ。」私もそのまま、ソファで朝までぐっすり寝た。

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