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「本と食と私」今月のテーマ:乗り物―乗り物酔いとペンシルパズル

ライターの田中佳祐さんと双子のライオン堂書店の店主・竹田信弥さん2人による連載「本と食と私」。毎回テーマを決め、そのテーマに沿ったエッセイを、それぞれに書いていただく企画です。今月のテーマは、「乗り物」です。前回の竹田さんのテキストとあわせて、お楽しみください。

乗り物酔いとペンシルパズル


文:田中 佳祐

 私は乗り物酔いがひどくて、エンジンのついている乗り物は大抵苦手だ。乗り物の中で本を開こうものなら、一瞬にして酔ってしまう。バスや電車で本を読んでいる人を見るたびに、羨ましいなと思っている。
 そんな私が、長距離移動をするときに持っていく本がひとつだけある。「ペンシルパズル」の本だ。飛行機に乗る時に、この本を持ち込むのだ。当然のことながら飛行機でも気分が悪くなってしまうが、どうしてもこれだけは止められない。
 ペンシルパズルというのは「クロスワード」や「Number Place(数独)」のように、問題用紙に書き込みながら解くパズルのことである。日本では「ニコリ」という会社が有名で、ペンシルパズルの登録商標をもっており、専門雑誌をいくつも刊行している。
 この本には数独のようなだれでも知っているパズルも載っているのだが、新たに作られたパズルも載っている。いずれもめちゃくちゃ楽しいのだ。二コリの本を開くと、数独の500倍くらい面白いパズルと出会うことができる。これは数独を貶めているわけではなく、さらにすごいものがあるという例えである。他のもので例えるなら「カレーよりも美味い!」みたいな感じだ。
 
 ペンシルパズルの面白さはそれに取り組んだ人間にしか分からないが、あえて表現するなら、こんな感じだろうか。
「無秩序に見える世界の法則を自分で見つけ出し、その世界の謎を自分の手で解き明かすことができる」
 一見するとランダムに散らばっているように見えるヒントに向き合い、一つ一つ観察してみると、答えが見つかる。それぞれのヒントにちゃんと役割があって、自分を導いてくれるのだ。そのヒントには個性があって、見た瞬間に答えが分かるもの、後で力を発揮するものなど、ユニークなパズル体験を演出してくれる。
 私が特に好きなパズルは「美術館」で、暗い館内にライトを設置して美術品を照らし出すようなパズルだ。素敵な名前のパズルだが、美しい絵が問題用紙に描かれているわけでなく、将棋盤のようなマスがあり、そのところどころがヒントの数字で埋められているシンプルなパズルだ。

 この「美術館」を解いていると私は、小学校時代の昼休みを思い出すのだ。先生から算数や漢字のおまけプリントを貰って、友人と一緒に自習をしていた。おまけプリントというのは、授業で使う教材とは違い、ちょっとクイズのようになっていたり、絵がたくさん描かれていたりして解くのが楽しかった。次の授業が始まる前に、先生に回答を提出すると褒めてもらえるのだ。学校の授業は嫌いだったが、おまけプリントは好きだった。
 
 そんな私にとって、機内はペンシルパズルで遊ぶための絶好のシチュエーションである。なぜなら、機内食の時間がめちゃくちゃ給食っぽいからだ。
 給食当番が持ってくる給食台のようなカートで配布された食事を、乗り合わせたみんなで同じ時間に食べる。そして機内食を片づけてもらった後にペンシルパズルに取り組む。
 給食の時間とその後の楽しかった昼休みを追体験しているかのようだが、いくら楽しくても乗り物酔いにはかなわないので、具合が悪くならないように対策を講じなければならない。私の工夫は、問題文の一部を見て記憶し、目をつぶって頭の中で再生しながらパズルを解くというものだ。そうやって、少しずつ書き込んでいく。
 気分は小学生なのだが、それを解いている姿は熟練の棋士のように見えるかもしれない。他人からすれば奇妙なことかもしれないが、そうまでして遊びたいほど私はペンシルパズルに憑りつかれている。


著者プロフィール:
田中 佳祐(たなか・ けいすけ)

東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

竹田 信弥(たけだ・しんや)
東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』
(竹田信弥、田中佳祐 共著 晶文社 2021年)

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~20:00 /日・不定期
webサイト https://liondo.jp/
Twitter @lionbookstore
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