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「本と食と私」今月のテーマ:行き止まりなんてなかった―完成しないオムライス

ライターの田中佳祐さんと双子のライオン堂書店の店主・竹田信弥さん2人による連載「本と食と私」。毎回テーマを決め、そのテーマに沿ったエッセイを、それぞれに書いていただく企画です。先々週に公開した竹田さんのテキストに続き、田中さんのテキストをお届けします。テーマは、「行き止まりなんてなかった」です。

完成しないオムライス


文:田中 佳祐

 私は煮込み料理が好きで、その中でも特に気に入っているのがミートソーススパゲッティだ。
 ひき肉を強火で炒めて臭みを飛ばし、一度鍋から出しておく。玉ねぎとセロリと人参をブレンダーで細かく刻み、少し焦げるまで炒める。ひき肉とそれらの野菜を合わせ、ブラウンマッシュルーム、にんにく、トマト缶、ケチャップ、赤ワイン、デミグラスソース、ローレルを入れて煮る。最後にバターと黒コショウとパセリを加える。
 この料理を作ると、翌日の献立はオムライスになる。ソースとご飯と大量のコショウを合わせて炒めておき、タマゴに牛乳と砂糖を加えたオムレツを作る。
 ミートソーススパゲッティからオムライスの流れは完成していた。一度ひき肉の調理が始まると翌日にオムライスが出てくることは、我が家の決まり事だった。

 事情が変わったのは息子が生まれてからの話。息子は蕎麦とオムライスとハンバーグが好きだ。子どもは大人と違って食べられないものが多い。赤ワインと大量のコショウが入った、私の自慢のミートソース&オムライスを食べさせるわけにはいかない。子どもは辛みや苦味よりも、甘みと旨味が好きだ。
 ある日の散歩中、息子に「オムライスあるかな?」と言われたのでお昼ご飯にオムライスを作ることになった。じゃあスーパーに買い物に行こうか?と言ってもそんなことを気にするような息子ではないので気の向くままに街を歩く。
 私は散歩が苦手なので、子どもと外出するときはいつもバッグに本を入れている。

 散歩のおともは『そんなふうに生きていたのね まちの植物のせかい』(鈴木 純著 雷鳥社 2019年)。道路に生えている雑草だとか、庭先の植木だとか、街中で観察することのできる植物が紹介されている一冊だ。接写で撮影されたとても魅力的な葉っぱやお花の写真が掲載されていて、子どもでも植物の繊細なディティールを楽しむことができる。
 息子にも本を見せて一緒に探すのだが、彼にとってはいい感じの石を拾うことの方が優先度が高い。3歳なりに父親に気を遣って葉っぱを見るのだけれど、それよりも隣にある小石を吟味する時間の方が長い。そして、次の小石に釣られて徐々に住宅街の袋小路へと歩みを進めていく。
 散歩が得意でない私にとって、どこへも繋がっていない道を行くのはどうも納得がいかないが、『そんなふうに生きていたのね まちの植物のせかい』を持っているときは新しい植物に出会うチャンスだ。ポケモン図鑑をコンプリートするみたいに、書籍に載っている植物を全て観察してみたいものだから、喜んで子どもについていく。
 行き止まりの先には道は無いけれど、可憐で小さな花を咲かせる雑草があるのだ。

 そんな風にして遊んでいるうちに息子は本格的にお腹が空いてきたようで、スーパーに行くことを承服した。
 家に帰り、買ってきたピーマンと人参と玉ねぎとブラウンマッシュルームとトウモロコシとひき肉を使って、ケチャップライスを作った。
 出来上がった料理はべちゃべちゃになっていた。どうやら、野菜をブレンダーで細かくしたのが良くなかったらしい。
 野菜を手作業でみじん切りにするところからやり直して、オムライスは完成した。今度は水分の調整が上手くいき、べちゃついていない。子どものために小さく丁寧にみじん切りしたため、食感が楽しく口当たりのいいオムライスに仕上がった。
 その日、オムライスのレパートリーが増えたのだった。そして、みじん切りのサイズが料理に与える影響を知った。

 私にとって完成したものと思っていたオムライスには先があったのだ。
 街で植物観察をするときと同じように、行き止まりの先に発見があった。何かがあるから道を進むのではない、道を進むと何かを見つけることができるようだ。
 レシピに完成なんてなかった。オムライス道を極めるのには、まだまだ時間がかかりそうだ。


著者プロフィール:
田中 佳祐(たなか・ けいすけ)

東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

竹田 信弥(たけだ・しんや)
東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』
(竹田信弥、田中佳祐 共著 晶文社 2021年)

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~20:00 /日・不定期
webサイト https://liondo.jp/
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