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2021年11月15日 小松庵総本家銀座 ≡ 森の時間 ≡ 講師 小松庵蕎麦粉ブレンダー 黒澤昌宏

今回は小松庵総本家で日夜、蕎麦粉作りに創意工夫を凝らしている「蕎麦粉ブレンダー」の黒澤昌宏による砂糖と鴨肉の話です。砂糖は蕎麦つゆに欠かせない材料で、鴨肉は鴨南蛮や鴨ハム、鴨塩焼きなどのメニューで使われています。

小松庵社長(以下、社長)
この森の時間では、毎回のように蕎麦屋で育った自分さえ聞いたことがないような話ばかり登場します。蕎麦に関する情報は、蕎麦屋がそれぞれの店で分散していて持っていて、誰も情報を集約したり共有しようとは行われていませんでした。

でも、蕎麦屋同士の横の繋がりは強くて以前から蕎麦組合というものが強固に存在していました。
実は、僕が結婚したいと思ったときに式をやらずにいようとしたら、親父である現会長が結婚式をやらないとは何事だと怒ってしまいました。仕方ないので50人くらいの披露宴をやろうとしたら、それでも親父が怒ってしまいました。理由を聞いたら、こんな小さな規模の披露宴では蕎麦組合のメンバーを呼べないというのです。
自分の結婚式であって、親父のパーティではないと闘いましたが最終的には説き伏せられて、披露宴は東京プリンスホテルの一番大きな宴会場で開くことになりました。とにかく広くて、壇上の席からは奥にいる親類の顔がまるで見えませんでした。
その式は、蕎麦組合の理事長に仲人を頼んで、組合のメンバーたちはみんな黒服で声が大きい。ホテル関係者たちからはどんな人たちと見られているのか、と思いました。俺たちの結婚式なのに、進行とは関係なく蕎麦の関係者同士で名刺交換をしてて参っちゃいました。でもどうして、そこまで親父が披露宴をやりたいと言ったのかといえば、組合のメンバーたちにいいところを見せたいという気持ちだけではなくて、蕎麦組合の人たちは家族みたいなつながりがあったからです。私も親父に連れられて、他の蕎麦屋の息子の結婚式に行きましたが、そこの息子の結婚なのにもかかわらず、他の親父たちも泣いて喜んでるのです。家族ぐるみの付き合いだから、他の家の息子でも自分の息子みたいなものなんですね。
そこまでの深いつながりがあったのにもかかわらず、俺たちの代はその繋がりを受け継げませんでした。すでに時代が変わってしまったのです。

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親父の時代には戦争があって、それまで受けていた教育がガラリと変わって使っていた教科書を自分の手で真っ黒に消させられた世代。蕎麦組合のメンバーの半分は、戦争のときにいろいろと苦労をした経験があったそうです。そういう人たちが戦後、生きていくために集まって、みんな一緒に協力しあって、一緒に豊かになって、その店で育った人は暖簾分けして、まるで本物の家族のような共同体として過ごしてきたのですね。
でも、家族経営みたいなやり方だと、そこで発展が止まります。この僕の考え方は蕎麦組合から育った中では異端で、森の時間のような勉強会もほとんどやりません。

風戸重利プロデューサー
一時期、一般の人の間で趣味の蕎麦打ちが流行りましたね。

社長
その時に、蕎麦屋が慌ててプロとして手打ち蕎麦に切り替えたところもあります。
蕎麦屋にとって次のステップがあると思います。それがなんだかは、まだ分かりません。だから僕も銀座でこのようにギャラリーをやったり、森の時間を開いたりと試行錯誤中です。おかげさまで蕎麦粉の専門家である蕎麦ブレンダーも育ったし、蕎麦の打ち手や料理人たちも日夜、勉強ができています。森の時間でギャラリーを開催している画家さんたちから絵の話を聞けることも重要なことです。専門家の話を聞けなかったら文化は痩せ細ります。その文化の伝達を、ここで試したいのです。

以前から僕は、これからの蕎麦屋は自分の店を守っていくだけでなく、勉強しあえるような場所を作らなければならない、そんなことを漠然と思っていました。
小松庵は元々は手打ち蕎麦を提供していたわけではありませんでしたが、手打ちの蕎麦を出すようになってから、うどんのメニューをやめて蕎麦専門に特化しました。本格的にもっと真剣に手打ちに取り組みたいと思った時に、手打ち職人が面接に来ました。その人は蕎麦のことを僕より知っていたので入ってもらって、蕎学舎の前の原型になる工場で自家製粉をやってもらいました。料理についても、もっときちんとしたメニューを出したいと思った時に、料理の職人さんが店に来てくれるようになりました。その製粉の工場の方もブレンダーの黒澤さんが来てくれるようになって今の蕎学舎ができて、銀座店もどうしたらいいかと考えていたら、先週講師としてお話ししてくださった佐野さんや、プロデューサーとして風戸さんと出会えました。これは、何か流れがあるのではないかと思っています。これからもいいものを残したいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

<蕎麦つゆに欠かせない「砂糖」の話>
黒澤昌宏(以下、黒澤)

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私は製粉の技術者をやっています。前職は蕎麦の組合で、蕎麦屋向けの問屋をやっていました。蕎麦の製粉をはじめ、蕎麦屋で使う食材全般を扱っていました。小麦粉、缶詰から始まり、鴨肉、砂糖、乾麺、あるいは蕎麦を使ったお菓子、あるときには金箔付きの海苔も扱っていました。業者の人が売り込みに来ますので、本当に小さな問屋だったのに、800から1200くらいのアイテムを扱っていて、不良在庫を持っていました。あるとき不良在庫を全て捨てて、残ったものは砂糖でした。
蕎麦屋では、砂糖は料理の味付けもそうですが、蕎麦のつゆの原料として外せません。甘みをつけるならみりんで十分ではないかという声もありますが、みりんというものは米を発酵させて、熟成させています。そのまま使うと、当然のようにアルコールの入った蕎麦つゆになります。
というわけで、今回は蕎麦つゆに欠かせない砂糖の小話です。後半は鴨肉のお話です。

料理の味付けの「さしすせそ」をご存知ですか? 砂糖の「さ」、塩の「し」、酢の「す」、醤油の「せ」、味噌の「そ」の順で味付けをするといいという料理の語呂合わせです。では、なぜ砂糖を最初に入れるのでしょう?その理由は、砂糖の結晶の大きさは、塩の結晶の6倍大きいからだと言われています。コップの中にいろいろなサイズの物を入れるときには、先に小さいサイズの物を入れてしまうと、そのあとから大きなものが入る余地はありません。だから、最初に大きなサイズの砂糖を入れて、次にその隙間に小さな塩を入れると馴染みます。料理の場合は、分子サイズの大きな調味料が先で、次に分子サイズの小さな調味料を入れると混ざりやすく、順序が逆だと味が混ざらずに偏ってしまうと言われています。
その砂糖を歴史的に見てみます。
砂糖の一番古い記録は、紀元前4世紀頃に遡ります。アレキサンダー大王が大遠征したときに、インドでサトウキビを栽培していたという記録が残っています。それが砂糖の一番古い記録です。

参加者
それ以前は、どうしていたのですか?

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銀座店の料理人
ヨーロッパではハチミツが使われていたようです。

黒澤
日本では奈良時代に、唐招提寺を作った鑑真が唐から砂糖を持って来て広めたのですが、当時は甘いものがとても高価でした。だから、一般人にとって甘いものといえば柿とか果物でした。砂糖が一般庶民に広まるのは、ようやく明治時代です。明治時代に外国から砂糖が入ってきました。

<そもそも「砂糖」とはどんなものか>
黒澤
砂糖の分類の方法です。
大きく分けて2つあります。まずは分蜜糖(ぶんみつとう)、そして含蜜糖(がんみつとう)です。これらは製法によって分類されます。含蜜糖はサトウキビを絞った汁を、そのまま固めたもので黒砂糖、和三盆糖などです。分蜜糖は精製した糖で、サトウキビやテンサイの搾り汁から、糖蜜を遠心分離機で分離したものです。
砂糖の原料は、いま言ったようにサトウキビとテンサイです。サトウキビは茎の部分に甘みが溜まっていて、テンサイは根の部分に1番甘みが集まっています。
全世界の生産量は、サトウキビが8割、テンサイが2割です。
砂糖が取れるまで、サトウキビは9−18カ月間育てます。テンサイは約6カ月で取れます。

砂糖の作り方は、サトウキビの場合は、まずは汁を絞って分離させて黄褐色の原料糖を作ります。そのあとに不純物を分離して、一般で言うところの砂糖(精製糖)にします。この工程の中で、汁を絞って原料糖にするまでの間は、非常に劣化が早いのです。ですから、サトウキビの生産地の沖縄や九州には、収穫される畑の側に砂糖工場があって、そこで精製糖まで作ってから各地に運搬します。サトウキビは収穫したまま輸送するとどんどんと甘みが落ちるので、すぐに加工します。
それに対して、テンサイは甘みが落ちることがないので、現地に工場がなくても、輸送した先でゆっくりと加工できます。

砂糖の結晶の色は無色透明です。
結晶が光を乱反射して白く見えます。雪やかき氷と一緒です。砂糖が白くなるまで、不純物を分離したり、精製する高い技術が必要でした。
世界全体の生産量は、2017年まで年間で1億7000万トンが採れるようです。日本は、年間71万トン。世界の0.04%だそうです。世界を見ると、サトウキビの発祥の地あたりのインドで生産量が多いようです。

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<砂糖の種類について>
黒澤
次に砂糖の種類のお話をします。
砂糖の種類は、まずは「上白糖」。白砂糖とも言います。
日本の家庭でもっとも消費されている砂糖です。結晶がとても細かくて、わずかに水分を含んでしっとりしている砂糖です。ビスコという糖液を砂糖の結晶に振りかけているのでしっとりしているそうです。この上白糖は、日本独自だそうです。世界で一般的なのはグラニュー糖です。家庭でも砂糖と塩は他の調味料とは分けて、大きめの容器に入れて手が届きやすい場所に保管することがよくあります。そのときに、塩は水分を吸ってしけると固まるので、珪藻土のスプーンを塩の容器に入れることがあります。同じように、上白糖に珪藻土のスプーンを入れてしまうと、逆に水分を吸って固くなります。わざと水分を入れてしっとりと柔らかくさせているので、珪藻土のスプーンを入れて水分を吸ってしまうとダメなのです。
砂糖は、それぞれに特徴があります。日本はなぜ上白糖を作ったのか理由は分かりませんが、大量に作られているのでコストが下がって安く手に入れられます。

「グラニュー糖」は上白糖より結晶が大きくサラサラした砂糖で、癖のない淡白な甘さを味わいます。香りを楽しむコーヒーや紅茶に最適です。
「三温糖」は、黄褐色をした砂糖で、上白糖やグラニュー糖に比べて、特有の風味があります。ちょっと苦いような、甘さも強く感じられます。煮物や佃煮などに使うと、上白糖より強い甘さとコクが出ます。なぜ甘みが強く感じられるかですが、例えば匂いでいえば、香りのいい香水も匂いのきついものを混ぜます。お汁粉も甘味を強めたいときには、少々の塩を入れます。それと同じような理由かと思います。
「白ざら糖」は、結晶がグラニュー糖より大きく、無色透明で光沢があり高純度の砂糖。家庭で使われることは少ないのですが、果実酒やゼリー、綿飴の材料に使われます。いわゆるザラメです。純度は精製のやり方がそれぞれ違うのです。
「中ざら糖」は、黄褐色の砂糖です。グラニュー糖よりも結晶が大きくて、白ざら糖と同じくらい純度の高い砂糖です。表面にカラメル、焦がした砂糖のことですけど、をかけているので、独特のまろやかな風味があり、煮物などに重宝されています。

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次は「粉砂糖で」す。これはグラニュー糖を粉末状に砕きます。
「氷砂糖」は氷のような大きな結晶が特徴的な、極めて純度の高い砂糖です。結晶が大きいので、解けるのに時間がかかります。だから、梅酒作りとか、時間がかかるものに向いています。この氷砂糖はタイプが2つあって、宝石みたいな形のクリスタルタイプと、ゴツゴツしたロックタイプがあります。クリスタルタイプは長方形の端面をカットしたような、同一の形をしていて、正16面体をしています。
「角砂糖」は、グラニュー糖を立方体に固めたものです。グラム数がきちんと作られているので、重さを測るときに向いています。あるいはブランデーを垂らして火をつけて青い炎を出すこともできます。普通の砂糖で同じことをしたら、すぐに溶けて液体になってしまうのが角砂糖だと炎を楽しめます。
「顆粒状糖」は、冷たい水にも溶けやすくて、以前プレーンヨーグルトに付いていたものです。これは砂糖を顆粒にして、空気を含んでいるために泡立ちやすく、生クリームなどの練り込みなどに適しているものです。
「きび砂糖」は、サトウキビの風味を生かした、日新製糖のオリジナルです。日新製糖がサトウキビの精製過程であえて専用の加工の仕方で作ったものです。黒砂糖をくだいただけでは作ることができません。
「黒砂糖」は、サトウキビの絞り汁をそのまま煮詰めたものです。独特の強い風味と濃厚な甘さがあり、かりんとうや駄菓子に使われます。
「テンサイ糖」は、サトウキビのテンサイバージョンですね。絞り汁を煮詰めて、細かく粉砕したものです。テンサイは、砂糖大根という名称もありますし、ビートという名称もあります。オリゴ糖の塊です。
独特な砂糖で、「和三盆糖」というのもあります。これは香川県や徳島県で伝統的に生産されているもので、竹糖という、サトウキビよりももう少し細い竹糖が原料です。まず圧縮して、固まったものを研ぐように粉砕する作業をします。この研ぎを、3回やります。盆の上で固まったものを細かく砕く作業を3回やるので和三盆という名称です。上品で、まろやかな味がします。
当社では、白ざら糖を使っています。その理由は、苦味や雑味がなくてちょうどいいからです。当社の温かい蕎麦のつゆ、甘汁は白ざら糖だけを使っています。冷たい汁には和三盆も入れています。

<鴨肉は江戸時代に庶民に普及>
黒澤
では、次に鴨肉です。
食料としての鴨肉は、奈良時代に薩摩国で鴨肉を食したという記録が残っています。鴨は庶民の食べる肉です。
貴族や支配階級は、キジや鶴などを食べていました。鴨は、江戸時代に蕎麦屋をきっかけとして庶民に普及しました。
ところで鴨肉の鴨はどんな鴨でしょうか。よく皇居の堀にいるようなのは合鴨です。鴨はアヒル、漢字では家鴨と書きます。
マガモという種類もありますが、臭くて硬くて食べたものではありません。合鴨はアヒルとマガモの交配種です。
日本で普通に使われている合鴨は、羽が真っ白なアヒルです。

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鴨の肉は種類が分かれています。
まずはチェリバリー種。バルバリー種。ミュラール種。シャランガ鴨。北京種、などです。
北京種は北京ダッグに使われる品種です。脂肪と皮の厚みに特徴があります。
チェリバリー種は、日本で一番たくさん使われている鴨肉です。北京種をイギリスのチェリバリー社が品種改良した種類です。柔らかくて、クセが少なくて、繊細な味わいで甘味が強いのが特徴です。
バルバリー種はフランス特産で、サイズは2割くらい大きくて、クセが少なく淡白で食べやすいです。
ミュラール種は、フォアグラ用の品種で日本ではあまり生産されていません。餌をたくさん食べさせて、脂肪肝を取る種類です。
シャラン鴨は、フランスで一般的な鴨です。シャラン地方は、鴨がおいしいといわれていました。今は、交配、飼育、屠殺の方法など全て一定の基準があり、それをクリアした鴨だけがシャラン鴨をなのれます。鴨の最高級品です。

日本では、鴨肉は30年前にたくさん輸入をしていました。そのころは台湾産の鴨が多かったようです。でも、日本で育てた鴨に比べてニオイがありました。日本とは水が違うからでした。日本できれいな水で育てると、本当においしい鴨になるようです。だから、次第に国産が多くなりました。ウチで使っている鴨も、産地は3カ所で、京都や岩手や埼玉です。
鴨の脂は14度くらいで溶けるので、鴨の脂が多くて食べにくいと感じる方はスモークにするといいと思います。鴨の脂がチーズみたいにとろけておいしく感じると思います。

鴨肉の栄養は不飽和脂肪酸が多いので、血中コレステロールを低下させる働きがあるといわれています。さらにビタミンA、B、鉄分などの栄養価を含んでいます。
合鴨は脂肪が多いように思うかもしれませんが、14度で溶けるし、粒子が細かいので飽きのこないさっぱりとした味です。
鴨肉を処理するときに、脂が出たら別に保存しておいて、後日にインスタントラーメンなどを食べるときにスプーンに1杯でも入れるとものすごくおいしくなります。
鴨肉に含まれる不飽和脂肪酸の働きを言いました。鴨肉に対して、牛肉や豚肉に含まれる脂は飽和脂肪酸が多いのです。これは食べすぎると血液中コレステロールが多くなり、動脈硬化を招く原因になりやすいと言われています。でも、鴨肉の不飽和脂肪酸はオレイン、リノール、リノレン酸というオメガ3が多くて良質な脂です。

蕎麦屋で鴨せいろを最初に作ったのは、銀座一丁目の長寿庵です。最初は偶然の産物でしたが、その物語がここのホームページに書かれています。
今は代替わりをしましたが、当時の店主はまだお元気で給食に蕎麦を復活させたいと活動をされていた人です。給食の蕎麦でアレルギーを起こした人が多いので、アレルギーを起こさない蕎麦を開発したり、子供たちへの対応を工夫すれば給食に復活できるのではないかと提案をしています。まだまだ蕎麦の普及を目指して頑張っている方です。

社長
今回の砂糖と鴨の話はおもしろかったですね。以前は「鳥南蛮」といって、鴨の代わりに鶏肉を使っていた時代もあります。
今回はここまでです。ご静聴ありがとうございました。


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