【小説】ふつうの愛がわからない 2.憧れの窓辺の君

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※とある女子大生の経験※

最近よく行く喫茶店で密かに気になっている人がいる。

ー窓辺の君

そんなちょっとムズムズする様な二つ名が似合いそうなくらい、
その人はとても綺麗な男の人だった。

名前も年齢も知らない。
その人はいつも窓辺の席に座っている。
黒い服を身に纏っていて、本を読んだり、時折何かをスケッチしていた。
まるで陶器の様な滑らかな肌、神様が丹精込めて創りましたと言わんばかりの美しい輪郭、少し薄めの唇、筋の通った鼻、そして綺麗なアーモンド型の瞳。さらさらと瞳にかかる綺麗な髪の毛。
ずっと横顔しか見たことがないけれど、いつも見るその人は休日の午後の柔らかい光を受けてとても神々しかった。
それこそ”窓辺の君”なんて言葉が似合うくらいに。


大学3年生。極々凡庸なレベルの文系学部に進んだ私は、周りがインターンシップを探し出していることに無意識に焦りを感じていた。

いよいよ就職が近づいてきている。”人生最後の夏休み”だなんて聞く度、心がズンと重くなる。
もう直ぐ期末テストも近づいているし、学生は気楽でいいなんて言われるけど、
たくさんのレポートや試験勉強は正直言って大変だ。

そんな少しや探れている時に見つけたのが、喫茶『隣の芝生』だった。
休日の午後、就職の参考書を試しに本屋で買ってみた帰り、一人でいつも通らない道を通っていた時に発見した古びた洋館のような喫茶店。
普段だったら絶対にこんな入りづらいところに入らない。
でも喫茶店から香ったコーヒーの匂いに惹かれて思い切って扉を開いた。

初めて『隣の芝生』にきた時、本当は参考書でも読もうかと思っていたのだけれど、
そんな俗っぽいものを開いたら場違いが過ぎるほど、どこか神聖な雰囲気が漂う場所で、
そこで一際目をひいたのが、”窓辺の君”だった。


ここに来ると、別の本を読むか、窓辺の君と同じ様にスケッチをしている。
なんだか同じ空間で、あの窓辺の君と同じ行為をしている。それが私をドキドキさせた。
休日の午後、バレない様に彼をみながら彼をスケッチしたりするのが密かな楽しみになっている。

いつか、こちらを向いてくれないかなーーー。いや窓辺の君は、窓辺にいて佇んでいるから良いんだ。

私みたいな凡人なんかと目を合わせてはいけない。
こうやって遠くから眺めながら密かにスケッチをする。そのドキドキ感が楽しいんじゃないか。

ーどんな声なんだろう、恋人はいるのかな、笑った顔はどんな顔なんだろう。

彼はいつもほとんど表情を変えていなかった。
半分自分の妄想も入りながら鉛筆を走らせていく。
何をやっても鈍臭い私だけど、絵を描くときだけは自由になった様な気がする。
誰も干渉してこない。そこは私だけの世界だから。

ずっとこの時間が続けば良いのに。
あれだけ入りづらかった喫茶店だけどあの時思い切って入った自分を褒めてあげたい。
いつしか休日の午後のこの時間は私にとってかけがえのない時間になっていた。

※※※※

「ハムちゃん、プリント見せて〜。あたしプリントどっかに行っちゃった。あの先生持ち込みOKな先生だったよね?」

さきちゃんは大学で出会った友達だ。そして私のことをハムちゃんと呼ぶ。
公子 それが私の名前だけれど、ハムスターに似ていると”公”の字をモジってさきちゃんがつけた。
ちょっと馬鹿にしてるでしょ..。なんて思っても言えない。
さきちゃんのせいで、大学の友達はみんな私のことをハムちゃんと呼ぶんだ。
さきちゃんは”イマドキの大学生”というな風貌をしている。snsをいつも更新していて、バエるところをよく知っているし、サークルにも所属していて、そう言えば今気になっている人がいるって言ってたな。

期末試験になるといつもプリントを見せてとやってきて、私より良い点数をとる。
器用で立ち回りがうまくて、悪い子じゃないけれど、でもどこかあくせくしている子。それが私のさきちゃんの印象。
私はビビリだから、彼女に強くは言い出せない。彼女もそれをわかって私を利用している節があるのも分かっている。でもボッチよりはマシだ。

「ん?この裏に書いてある絵なに?めっちゃイケメン!てか、ハムちゃん絵うま!...6/15 窓辺の君 喫茶『隣の芝生』にて...ちょっとハムちゃんこの絵の人実在するの?!」

しまった。たまたまスケッチブックを切らしていて、そのとき持ち歩いていたプリントの裏に書いた『窓辺の君』の絵を見られてしまった。さきちゃんはこういう話に目ざとい。一度興味を持つと中々引き下がらない。

「う、うん。一応ね」

さっきまでの怠そうな顔が嘘の様に、さきちゃんは目を輝かせている。
どこで出会ったのだとか、どんな人なんだとか、写真はないのか、など...。

「えー!てか窓辺の君ってウケる。じゃあハムちゃんその人のこと好きなんだね。サキ、その人見に行きたい!今度連れてってよ!」

「でも、多分さきちゃんあんまり好きな雰囲気のところじゃないと思うよ。。」

「いや、こんなイケメンがいるんだったら全然大丈夫!ちょうどバイトもその日は夕方からだし。超気になるもん!来週の土曜日約束ね!」

やんわり断ったつもりだったけど、結局、さきちゃんといくことになってしまった。
気が重い。騒がないと良いけれど...。さきちゃんは一度盛り上がると周囲を忘れて騒ぐ習性がある。
あんな神聖な場所に正直さきちゃんは場違いだ。でもこれで他の子に私のこの秘密をバラされてもまずい。
騒ぎそうになったらちゃんと止めなきゃ。窓辺の君いないといいな...。
そう思いながらいつもなら楽しみなはずの週末が鈍色になっていた。