【小説】ふつうの愛がわからない 1.思うままにいきたいけれど

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ふつうの愛がわからない。ふつうの恋はもっとわからない。

「え〜。やっぱりあおいさんもっと遊んだほうが良いですよ。もったいないですって。遊んだから気付くこともたくさんありますよ。やっぱり歳とってから後悔しても遅いですから。」

行きつけの美容院で髪を切りながら、もう何度目かわからない言葉をかけられた。
マサさんは今年40歳になる美容師さん。
髪を思いっきり短くしたい。刈り上げたい。と伝えた時に
『いいですね。似合うと思いますよ』とすぐに声をかけてくれたのが嬉しくて、それ以来いつも髪を切ってもらっている。
マサさんは言葉の少ない私の思いを汲み取って、なりたいスタイルを叶えてくれるスペシャリストだ。
でも、時折相容れないことを言う。マサさんはなんでそう思うんだろう。

「う〜ん。確かに色恋に限らずもっと色んな人に出会いたいとは思いますよ。でも別に恋愛じゃなくてもなあ。恋人はやっぱりお互いを思い合って成長できる人がいいし、丁寧に出会いたいです。」

相変わらず真面目ですね〜なんて言葉を正面に映る変わっていく自分を見つめながら聞いて、
私の思考は”なぜ年配者はもっと遊べというのか”に支配されていった。
24歳を迎えてから、色んな人に言われる。『もっと遊んだほうがいいよ』『若いうちが花なんだから』『今のうちに彼氏見つけて結婚したほうがいい』
言っている意味は理解できるけれど、納得ができない。
遊んだほうがいいだなんて、若い時の遊んでた自分を肯定したいだけなんじゃないの。
恋人がいないと、結婚していないとそもそもいけないの?とか。
偏屈なのは自覚しているけれど、どうしても過去の後悔を押しけられている様なそんな気がしてしまうのだ。

「あ、また考え込んでました?」
「いや、何も考えてないです。ぼーっとしてただけです」

嘘をついた。思いっきり考えている。

「それぞれの生き方でいいと思うんですけど、あおいさんはどこか何かを抱え込んでいそうな感じがするんです。もっと解放したら良いのにって、思ってしまうんですよね」

バリカンで後頭部を刈り上げながら、マサさんはそう言った。

抱え込んでいるか...今まで、人よりは思うままに生きてきたほうだと思う。
リクルートスーツは着なかったし、今は特定の組織に属さないで複数の仕事を掛け持ちしている。
思ったことは我慢できないから言ってきたし、行動してきた。
それで孤立したとしても自分が正しいと思ったら曲げなかった。
人と感覚がズレていることは自覚している。それでも、私は自分が間違っているとは思えなかった。

「そりゃ抱え込みますよ。こんだけ色んなものや情報に溢れて、損得ばっかではかられる世の中でなんも考えないで生きるほうが難しいし、正解なんてないからいつも悩みます。」

言ってから、またやってしまったと思った。
なんで私はこういう言い方しかできないんだろう。自分でも気づかなかったことに気づいてくれたマサさんに感謝こそすれど、こんな責める様なこと言ってしまうのは違うじゃないか。自分のバカ。

「ははは、あおいさんはブレないですね〜。確かにそうかもしれませんね。僕も、自分の固定観念でばっか喋ってたかも。ごめんなさい」
「いや、マサさん、謝らないでください。ありがとうございます。私多分最近思う様に生きれていなかったかもしれないです。マサさんの言葉で気づきました!」

マサさんは鏡越しに目を合わせて、ニコッと笑ってくれた。

「はい。終わりました。今回もバチッと決まってますよ〜。」

鏡を見せながら綺麗に刈り上がった後頭部を見せてくれる。

「やっぱ相変わらず天才ですね〜。サイコーです!」

髪を切りながら、私は自分を見つめ直せるこの時間を大切にしたいと思った。
自らを振り返り、新しいスタートを切る。
マサさんと出会って、髪を切るということをその様な時間だと思う様になった。

時刻は土曜の午前12時。これからお昼ご飯を食べて、その後行きつけのカフェに寄って一度頭を空っぽにでもしよう。
私がどうしたいか、心の声が聞こえる様に整えよう。
そんなことを思いながら、お会計を済ませる。

「またいつでもお待ちしています。いつでも連絡してくださいね」
「マサさんありがとうございました!はい。またきます。マサさんも良い午後を!」

あおいさんも、良い午後を!そんな言葉を聞きながら、
セミの声が響く都会の喧騒の中へ歩き始めた。
何か良い1日になりそう。そんなことを思いながら。