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ベーシックインカム・パーティ


「これだ!これを実現するしかない!」

都内の私立北山大学4年の上澤信明は、就職活動で1社からも内定を得ることができずに大学を卒業。しばらくは塾講師のアルバイトで食いつなぎながら就職活動をすればいいと思っていたが、次第にそのアルバイトもめんどくさくなり、卒業して3カ月ほどしてニートに。実家の両親からの仕送りも止まり、預貯金も残り僅かとなったある日。いつものようにネットカフェのPCで巨大掲示板を眺めていたら「ベーシックインカム」という用語に出会う。国民に最低限の所得保障をするために定期的に一定額を支給するというベーシックインカム。その理念を知った上澤は、「これだ!これを実現するしかない!」と発奮。すぐに図書館で関連書籍を借りてきたり、母校の北山大学を訪れてそれまで全く面識のなかった政治経済学者の住岡をアポなし訪問、ベーシックインカムについて教えを請う。訝る住岡教授だったが、上澤の熱意に押されて、週一でベーシックインカムに関する個別レクチャーをすることを約束する。通りすがりにその話を聞いた住岡ゼミ3年の渋木美帆は、自分もそのレクチャーを受けたいと頼み込み参加することになった。レクチャーを受ければ受けるほど、ベーシックインカムの実現は夢のまた夢だと思い始める上澤。それに対して、興味本位で話を聞きに来ているだけのはずだった渋木は、ベーシックインカムの実現可能性を卒論のテーマにすることを決意。その参考資料を集めるべく、渋木は上澤に発破をかけて「ベーシックインカム実現検討会」を立ち上げることを提案。戸惑う上澤を強引に会の代表に据えて、早速ネット上で学内外を問わずメンバー募集を始めた。


「体たらくニートと大学生が、怠けきった団体をやっている」

募集告知は皮肉な形でネット上を賑わせた。「体たらくニートと大学生が、怠けきった団体をやっている」という非難が飛び交うように。募集告知するブログが炎上する中で、怒った上澤は思いつくままベーシックインカム実現への道のりを書き殴る。それをさらに渋木が論理的にまとめ上げ、会の理念や募集告知の内容に厚みをもたせた。すると、徐々に好意的な反応や理解を示す声が出始め、ブログの炎上も収束し、会のメンバーも急速に増加。はじめてオフ会を開いてみると、想像以上に熱い志を持ったニートやフリーターが集まった。オフ会が終盤に差し掛かった時、ケイケイと名乗る30代前半の男性が「ベーシックインカムを実現するために、この会を政党にしましょうよ」と突然提案。静まる周囲を気にせず、ケイケイは数年間有名議員の秘書を勤めていたことなどを語り始めた。呆気にとられていたオフ会メンバーたちも、ケイケイの説得力溢れる国政展開話に唆され、「もしかしたら本当に実現できるかも」「俺たちの代表を国会に送り込めるかも」と本気で期待を膨らませ始める。それを「待て待て」とたしなめようとする上澤を制し、「次の総選挙で上澤さんを国会に送り出しましょう」と渋木が笑いながら提案。唖然とする上澤を尻目に、満場一致の拍手で、「ベーシックインカム党」の結成、その第一号議員として上澤を擁立することが決定した。


「まともな職務経験もないのに
ベーシックインカムを提唱するのは虫の良い話だ」

翌日から、促されるまま上澤は、北山大学前の交差点で顔を売り込むための辻立ちに出た。党の理念や主張をわかりやすく渋木が演説草稿にまとめ、ケイケイが議員秘書経験を活かした演説指導をし、上澤が登下校する学生たちに向けて演説する日々がはじまった。オフ会に参加したメンバーを中心に、演説の聞き手となる桜を動員。演説の様子を動画サイトにアップしたり、ネット上での情報発信を積極的に展開。わけもわからぬまま辻立ちをくり返していた上澤だったが、周囲の熱気に感化されていき、演説もどんどん上達していった。

選挙告示が近づき、上澤は立候補者による公開討論会に参加することになった。そこで政権与党である民自党のライバル候補から、「まともな職務経験もないのにベーシックインカムを提唱するのは虫の良い話だ」と糾弾される。それに対して上澤は、既卒ニートの自分がベーシックインカムを提唱するのはおこがましいのではないかという迷いがあったことを吐露。しかし、サークル・党の結成や立候補準備を通じ、多くの既卒・ニート・フリーター仲間との絆が生まれ、迷いがなくなったことを強調。ベーシックインカムの実現は、生活・経済基盤の安定化のためであり、そこから雇用環境の改善、働きがいのある仕事の創出などが欠かせないという想いを強くもつようになったと訴えた。


「辻立ちに行ってきます」

そして迎えた選挙は惜敗。はじめての国政挑戦は失敗に終わった上澤だが、現職の国会議員から既卒・ニート・フリーターなどの就職支援に関する勉強会への参加を勧められる。それと同時にベーシックインカム党は政治活動だけでなく、渋木とケイケイを中心に、既卒・ニート・フリーターの生活・就職支援活動を展開することになった。新たな門出となるベーシックインカム党の新事務所開きの日。上澤、渋木、党のメンバーたちが集まる中に、一人の見知らぬ青年が現れた。彼は10年近く自宅から一歩も出たことがないニートだった。ネットで選挙運動を繰り広げる上澤たちの活動を追ううちに、自分も何かしたい。社会を変えていきたい。そう思ったと、少し恥らいながら静かに呟いた。社会はそうそう簡単に大きく変わるものじゃない。それでも、自分たちの政党結成や国政挑戦によって、一歩踏み出すことができた人がいた。その青年の訪問に勇気づけられた党のメンバーを背に、上澤は「辻立ちに行ってきます」と楽しげにいつもの交差点へと演説に向った。

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【 初出 】

2015年 電子書籍
『 ベーシックインカム・パーティ 』


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