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河上 和宏さん INTERVIEW.12

 取材に伺ったその日も、庭先に車を停めると、いつもと同じように穏やかな笑顔で自宅から出てきて私を迎えてくれた。
 天竜川の東側、東伊那という果樹栽培の盛んな里山エリアで暮らす河上さん。そんな河上さんとは私が移住してしばらく経った頃に「ヤギを飼ってる面白いオジサンがいるよ」という知人の紹介で出会った。まだ3年ほどのお付き合いだが、何だか昔から知り合いのような、ふとした瞬間に父親にも少し面影を重ねてしまうような方だ。
 
 河上さんは福井県生まれ、小学校から高校までは金沢で過ごし、京都の大学に進学以降は西陣で長く暮らしてきた。西陣といえば京都の中でも風情ある路地が数多く残るエリア、通りを歩いていると舞妓さんとすれ違ったり西陣織の機織りの音が聴こえてくるのだろうか。趣あふれるまちの一角に生活の拠点があるなんて何とも贅沢で羨ましい。

「西陣での暮らしも気に入っていたけれど、リタリアしたら信州に住みたいとずっと考えていました」
 
 元々山が大好きで、八ヶ岳界隈などもよく訪れ、そのたびにどこか良いところがないかと見て回りながら遊んでいたそう。そんな中、子どもがたまたまアルプス子ども会(駒ヶ根を舞台に活動する野外教育団体)に参加するようになったことをきっかけに、親子イベントなどで自身も駒ヶ根に遊びに来るようになった。そしてアルプス子ども会の仲間がこちらに移り住んだという話を聞いて移住への想いを募らせた。「ヤギも飼いたいから住宅地や別荘地ではなく里山が良いなぁ」と考えていたところ、子ども会を通して繋がった地元の方に良い土地を紹介してもらい、その方の仲介で購入できることになった。河上さんという人柄あってのことだが、まさにご縁だ。
 
 2007年、アルプスの絶景を望むその場所に思い切ってログハウスを建て、そこから10年ほどは京都で仕事をしながら駒ヶ根に通う二拠点暮らし。そして仕事がひと段落した2017年に駒ヶ根へ本格移住したそうだ。
3年前には看護師をしている娘さんも一緒に暮らすようになったという。「動物の世話や畑仕事が好きなのでとても助かっています」
 
 料理やお菓子作りが得意な河上さん。ご自宅を訪ねるといつもおいしいお菓子を作って待っていてくれる。今日もヤギミルクを使った抹茶のロールケーキを用意してくれていた。取材をしなければいけないのにフォークの手が止まらない。。。

 駒ヶ根暮らしは心地よく、想い描いていたものだったという。還暦を過ぎて移り住んだので、身軽だったことも良かったそうだ。
「気候も良いし、とにかく人が良い」
ヤギを飼ったことでご近所さんとも親しくなった。ヤギを見に来てくれる親子がいたり、絞りたてのミルクを配っているとおじいちゃんやおばあちゃんが「昔ヤギの乳しぼりの当番をやっていてね—」と昔話をしてくれる。時には物々交換もあったり、最近はご近所の方とチーズ作りにもチャレンジ。ヤギをきっかけに交流の輪が広がっている。

 そして河上さんは現在、ご自宅のログハウスを改装して民泊施設を営んでいる。元々喫茶店やペンション経営に関心を持っていたが、纏まった開業資金を準備するまでに至らず商売としてはあきらめていたそうだ。しかし自宅を建てた後、友人たちが訪ねてきて色々な手伝いをしてくれたお礼に大好きな料理を振る舞っているうちに、「ちゃんとした商売ではないけれど、ふと『民泊ができるかもしれない』と思い立ったんです」。行動力のある河上さんはそこから保健所などへ相談に行き民泊営業の届出を出して、約半年後に「LOGHAKU CAPRI」をオープンした。
 日常の楽しみの延長線上にできたこの施設の醍醐味は、なんといってもオーナーとの距離感だ。「こちらの想いとお客様のニーズが合っているか、ミスマッチがないかの確認は大切だと思っています」と語る。予約を受ける際には、水回りが共同であること、料理を一緒に作って食べること、やんちゃな愛犬(ラブラドールレトリーバーのsissi)がいることなどを事前にお伝えするという。決して万人受けするわけではないと言うが、移住を検討している人や駒ヶ根の里山暮らしを体験したい人などには絶オーナー、絶好の場所だ。

 

 「例えば薪ストーブの温かさや空気感は、実際に使ってもらわないと分かりません。ビジネスではなく、純粋に自分が楽しんでいるこの暮らしを共有したいし体験してほしいと思っています。友達の家に遊びにいく感覚で気兼ねなく来てほしいし、一緒になってゆるやかに楽しめたら」とほほ笑む。
 
 河上さんの人柄と異日常の心地よさにお客様はみな大満足して帰ってゆく。既にリピーターさんもついているそうだ。そして意外だったのは地元の方の利用が多かったこと。ある時は隣町の70代のおばあさん3人組が日頃の忙しさから離れてゆっくり過ごしたいとここを選んでくれた。またある時は近隣に住むファミリーが、子どもの就職前に思い出づくりで訪れた。子どもに色んな体験をさせたいと尋ねてくる人もいる。この週末には地元の中学3年生が吹奏楽部の引退記念で合宿。楽器もってきてアンサンブルなどを練習するそうだ。隣の家が隣接していないから近所迷惑の心配もないし、子ども達だけで過ごす合宿なんてそれだけでワクワクが止まらない。
 
 「田舎くらし」と聞くと自然あふれる環境の中でゆったりした時を過ごすイメージがあるかもしれないが、実際はやらなくてはならない手仕事が多く、とても「ズク」(根気、やる気、精を出すなどの意味を持つ長野県の方言)が必要。それを実際に手間暇惜しまずやっている人、ましてや体験できる場所となるとこの地域でも思いのほか見つからないものである。CAPRIが地元の人にも重宝される場所になっているのは納得で、河上さん自身もそんなお客様の喜ぶ顔を見るのが嬉しいと語る。
 
 CAPRIではヤギの散歩、乳しぼり、パン・スイーツ作り、薪ストーブを使った料理、野菜収穫、薪割り、草刈り、焚火(焼き芋・マシュマロ・コーヒー)体験などができる。近隣の果樹園でりんご狩りをすることも。
「地域の人と共同することでもっとたくさんの体験が可能になると思います」。
 東伊那というエリアに人が集まって、東伊那というキーワードで結びついて、地域の魅力を面でアピールしていきたいと感じている。CAPRIでも地元農家さんの食材やジュースなどを食事で提供すると、お客さんは美味しいといって帰りに買って帰る。この循環を東伊那だけではなく駒ヶ根全体にももっと広げていきたいし、駒ヶ根にある民泊の人たちを纏めて紹介することで、それぞれのお客様にあった駒ヶ根暮らしの体験を選択できるようになったら、と夢を語る。
 
 移住して自治会や地域にも積極的に関わっている。多趣味の河上さんは音楽にも明るく、近所の教会では「1曲持ち寄り音楽パーティー」というイベントを定期的に開催。またピアノ教室の子ども達とポップスのコーラスをやったり、地域の文化祭でも子ども達と一緒に歌ったりしている。
 一方、多くの関りを持つからこそ感じる課題もある。「自治会の会費や役、行事など、古い慣習のまま続けられていることもあります。価値観も多様化しているので、時代の変化や住人のニーズに合わせて組織の在り方も見直しが必要な時だと感じています。変化しながらも大切な人との関わりが残せるように試行錯誤していきたいですね」。
 
 最後にこれから移住される方に向けて、「移住してどんな暮らしがしたいのか、いっぱい想像を膨らませてみましょう」というメッセージを伝えてくれた。駒ヶ根と一言でいっても、町中なのか別荘地なのか里山なのか、選択肢がたくさんある。「実際に暮らしてみて変わってゆくのもあるのもあるけど、自分なりの暮らしの夢を色々持ってみてほしい。そして人とのつながりを積極的につくっていくことで意外な方向性や可能性がでてくるものです。「あの人、こんなことも出来るんだ」というような再発見から、また次の楽しいコトがつくられてゆく。私もできるだけたくさんの方とチャンネルをつくることを心掛けています。」
 
 河上さんと話をしていると、私も移住した頃の初心を思い出す。確かに実際に暮らして変わった部分もあるけれど、私がこの地域で感じた幸せや喜びを誰かと共有したい、自分が救われてきたように少しでも誰かの役に立ちたいという根っこの部分は同じだと感じる。これからも河上さんのまわりには「ゆるやかな共感の輪」が人がってゆくのだろう。
移住したい人には本当におすすめの場所。私もまた深呼吸しにこよう。


河上 和宏 Kazuhiro Kawakami

福井県出身、京都と駒ヶ根の二拠点生活を経て、2017年に駒ヶ根へ移住。
娘、愛犬のsissi、ヤギのゆき・はな・めいと一緒に里山暮らしを楽しみながら、自宅を改装した民泊施設「LOGHAKU CAPRI」を運営している。
詳細はInstagramへ⇒ https://www.instagram.com/loghaku_capri/

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