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泣きながら読んでしまったやつ


(特に好きな5、6、7を貼り付けました。)

泣きながら読んでしまったのです。うんうん頷きながら。
もお〜、わかるう〜。涙 って。共感しかなかったです。ほとんど当てはまったので。
この記事自体載せようか載せないか悩んで、途中まで書いて1月から下書きに入れっぱなしで。本当はすぐに載せたいくらいの共感で興奮していたのだけど。笑


どこかでお互い間違えて、いまは傷つけ合うだけになってしまって、もうすぐバラバラになるわたしたちだけれど、この子どもたちふたりぶんの命が世界にある。その分だけ、わたしは彼と、とてもかけがえのないことをしたのだ。
彼じゃなかったら、きっとこの子たちも、この子たちではない。

もうふたりに出会ってしまって、とても好きになってしまったので、他の子ではいやだった。この子たちでなくちゃ。
そしてそれは、彼とわたしの組み合わせだけで起こった、わたしたちだけのちいさな奇跡だったのだ

0661.心配と不安と恐怖の中で生きないために5


↑大好きなフレーズ。
目からウロコシリーズ。(?)
みおさんの文章は気づきが多いので、傍線引っ張りたいので本にしてほしいのです。だってこんなこと考えて自分のパートナーと過ごしたことがありますか?(誰にきいているのでしょう。笑)あんなに憎しみいっぱいの相手だったのにこの文章を読んだ日以来、わたしの心の中に深く沁み込んでいって軸になっていきました。

たとえばひどい喧嘩をしたあとで、その相手が二度とこの家に戻ることはなく、怒りにまかせて投げつけたひどい暴言がその相手への最後の言葉かもしれない、となったとき、玄関から出てゆく相手の背中を見つめていて感じるのは怒りと憎しみだけだろうか。

0662.心配と不安と恐怖の中で生きないために6


彼が私にしてくれたこと

0662.心配と不安と恐怖の中で生きないために6

これもまたマンガでいう
「!!!」
というじょうたいでしょうか。そんなこと考えたこともないし、書き出したこともない。みおさんは何個も書いていました。それを読みながらわたしも旦那がわたしにしてくれたこの22年分(長く付き合って結婚したので)を振り返りました。そこで、人は思いやりのかけるところや、優しさのかけるところ、愛情のかけるところが一緒ではないということに気づきました。
例えば、わたしは料理があまり好きじゃないのですが、それをこなす原動力をくれるのは旦那や子供たちで自分ひとりならたぶんこんなに作ってないし(独身時代はチャリンコで通勤していて、その帰り道にビールとコンビニチキンを買って帰るのが多かった。それが夜ご飯。激しく栄養不足!笑それほど作らなかった。。)、ましてやそこまで想えない人には料理すら作らないかもしれない。とか。


旦那の愛情のかけかたは記念日や誕生日のプレゼント(結構いい値段のものを買ってくれるが、わたしは物より心だったり思慮深い言葉がほしいと思っていた。)で、
あんなにあーしてやったの、こーしてやったのに。って喧嘩のときに言われるけど、
あたしがほしいのはこういうことじゃねー!
モノで解決すなー!
って、男性のプレゼント攻撃を突っぱねていたのです。(そのときはしっかりもらうけど。笑 喧嘩のときに、いー!ってなる)プレゼント攻撃がまさに男性のそんままの気持ちだったなんて。しらんがな。
女子は感情の生き物よ?
感情には感情が欲しいわ。
人間らしい言葉が欲しいわ。
って。




ばななさんの本(note)でこういうのがありました。
いろいろ箇条書きにしますが、文章は変えていません。↓


母親は男の子を育てるとき、全肯定です。褒めれば伸びるというレベルではありません。彼の存在全てを肯定しているのです。
つまり男の人は土台がそもそも全肯定だから、批判に弱いし、打たれ弱いのです。
そんな感じだから絶対に好きな女性には自分を責めないでほしいもの。それがいいとか悪いとかじゃなくって、成り立ちなんだからしょうがない。
それがわかっていると、男女の差から来る問題がすごく理解できて、対処も楽になります。

吉本ばなな 嵐の前の静けさ どくだみちゃんとふしばな4


2018年ころから私たち夫婦は不穏な空気になっていました。今思うと、2018年は人生のターニングポイントだったのかな。この頃から夫婦以外でもいろんなことがうまくいかなくなってきたから。これまた3年くらいケンカばかりしていました。最近友人からは、もうケンカがコミュニケーションなんでしょ?と言われるまでに。
おお〜!新しい!そういう解釈もあるんだな!って妙に感動したり。え

今も不穏なときはあるけど、数年前よりは落ち着いていてきたし、抜けた感じもあるかな。


男女って理解しあうのはほとんど難しいと確信しています。でもそれはネガティブなことじゃなく、そう思っていたら、何でもないことなのではないかなーと。とりあえずちょっとずつ壁を乗り越えてみての結論。
ばななさんが↑で仰っているように、なんでこういうの?なんでこうしてくるの?なんでなんでなんで‥‥‥。じゃなく、もうこうだから答えは一つ!考えるだけムダ!そうだと思って生きていけばそっちのほうがお互いにハッピーだ!
ということなんでしょうか。。なんでって投げかける時点で全否定だもんね。


否定さえしなければいいのね。
責めなきゃいいのね。
はいはい。
努力しますよ。





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