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自殺観の歴史的変遷 ②

はじめに


 コロナ禍の中で社会的活動が制限され、特に女性や若者の自殺者数が増加している。当然自殺というのは防がれるべきものであるし、背景に様々な社会的要因もあることから、社会的な取り組みも必要である。
ただどのように対策していくのかを考える上で、社会が自殺という現象に対して、どのような視線を向けてきたのかということを知ることは大事なことである。それは歴史的な流れの中でも変化をしていくものでもあり、歴史を振り返ることは現代においても意義があることだと思う。

前回は古代における自殺観について振り返ったが、今回はその後西洋においてどのような見方が中心になっていったかを見ていきたい。

古代ギリシャのストア派

古代エジプト、ギリシャにおいて、特にストア派といわれる哲学的な立場については自殺を許容する考えが中心であった。

ゼノン(ストア派)

 ゼノン(BC335年 -BC263年)は、古代ギリシャの哲学者でストア派の創始者である。伝えられる彼の最期は次のようなものである。彼は帰り道で転倒し足の骨を折ってしまったが、地面に対し「いま行くところだ! どうして私を呼びたてるのか!」と言って、自ら息を止めて死んでいったという。ストア派(現在のストイックの語源)の哲学は如何によりよく生きるか(ひいては如何に死ぬか)を探求していった哲学である。

キリスト教圏において

 
 しかし、その後ストア派などの思想、哲学は西洋文化の中で中心的役割を担うことはなかった。
特にローマ帝国においてキリスト教が国教化(392年)された以降は、中心的な役割を担ったのはキリスト教であり、特にカトリック教会であった。
カトリック教会はごく初期の段階から自殺に対して反対をしている。
6,7世紀において、自殺の道を選んだものは破門の上、葬送の儀式を拒否されることが成文化されていた。


フィリップ・ド・シャンパーニュによるアウグスティヌスの肖像画。
17世紀(1645年頃〜1650年頃)


アウレリウス・アウグスティヌス(354年~430年)は、ローマ帝国(西ローマ帝国)時代のカトリック教会の司教だが、モーゼの十戒の一つ「汝殺すなかれ」という掟が、他殺のみならず自殺にも当てはまると解釈している。

 トマス・アクィナス像、15世紀、カルロ・クリヴェッリ作

その後もキリスト教圏においては自殺を禁忌とする考えは主流であり続け、トマス・アクィナス(1225年頃 - 1274年)は自殺が禁止される理由として、

  1. 自殺は、自然の摂理(人間は自然と自らを愛するはずである)に背いている。

  2. 自殺は共同体を毀損している。

  3. 自殺は生命を与えた神への冒涜である。

といった点を上げている。

こういったキリスト教の指導者たちの影響もあり、ヨーロッパの多くの地域では、自殺者の埋葬に聖職者が立ち会うことはなく、墓地として聖分された土地に埋葬されることもなかった。
フランスでは自殺者の遺体は顔を下にして市中を引き回されたすえ、絞首台にさらされた。17世紀のフランス刑法では、絞首台にさらされた後下水道か町のゴミ投棄所に投げ捨てることを求められた。
ドイツの一部の地方では、自殺体は二度と故郷に帰ってこないよう、樽につめて川に流された。

サンドロ・ボッティチェッリによるダンテの肖像画(1495年)

同時期の文学的な表現をみてみよう。ダンテ・アリギエーリ(1265年 - 1321年)は、フィレンツェ出身の詩人、哲学者、政治家である。

自殺者の森:ハーピーと自殺
ウィリアムブレイク  1824年頃から1827年頃


彼の代表作である「神曲」の中で、自殺は自分自身への暴力と考えられ地獄に送られ、木に変えられている姿として表現している。
自殺したものは、死ぬこともないが動くことも出来ない状態で、生き続けている姿として描かれている。
これもキリスト教圏の自殺に対する考えの文学的表現であると思われる。

 西洋においては一貫して自殺に対しては厳しい視線を注ぎ続けている。
自殺というものは、他者、共同体に与える影響により、厳しく処罰されるべきであると考え、実際に刑事罰になる国もあった。
宗教的な理由からも人が自殺をするのは絶望に陥っているからであり、それは神の恩寵、救いに希望を抱くことができない状態になっており、信仰を失い悪魔に負けたからだという視点からも厳しく対処された。
その影響はルネサンス以降の近代化の流れが生じるまで続いていった。

 その後、近代化していく中で、理性的な人間を理想とする考えが生まれていく。その中で古代ギリシャの哲学、思想にも再注目され、自ら死を選ぶ権利があるという視点が復権していく。

次回は、理性的な人間を理想とする中での自殺観の変化と、同時に精神医学的な視点からの自殺を予防すべきという考えの変遷をみていきたいと思う。


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