米大統領選と日本でのリベラル分断

米大統領選は、アメリカだけでなく日本社会の分断をも浮かび上がらせた。それも、従来からの「左」「右」の分断だけでなく、フェイク情報や陰謀論などの蔓延による左派・リベラル内の分断も生まれている。ネット情報の深読みにはまって悪者探しに興じるより、この社会の根本問題、すなわち経済の拡大による環境危機と1%対99%の格差拡大に集中し、その改善のために大きく手をつないでいくこと。そうしないと人類社会に未来はないのではないか。

米大統領選で見えた社会の亀裂

 米大統領選、みなさんはどうご覧になっただろうか。バイデン勝利が濃厚とされるが、トランプも諦めておらず、まだ混乱は続くかもしれない。
 その混乱に輪をかけているのがネット上の陰謀論的な情報だ。投票日前から投票日後にかけて、バイデンの息子の小児性愛疑惑とか、不正選挙疑惑とか、さまざまな情報がネットを飛び交ってきた。それらについて、日本にいる僕の周りでさえも見方が分かれ、人間関係が悪化するような事態になっている。
 アメリカでは、共和党支持者内や民主党支持者内で分断が生まれている。共和党はブッシュやマケインのようなエリート・エスタブリッシュメントの他に、トランプもいればティーパーティー一派もいる。民主党にも、主流であるオバマやヒラリーやバイデンのようなエリート・エスタブリッシュメントの他にバーニー・サンダースやオカシオコルテスのような左派がいる。
 共和党と民主党のエリート・エスタブリッシュメントは、どちらも軍需産業やIT企業など大企業から多額の献金を受け、大企業や富裕層受けのする新自由主義と自由貿易推進の経済政策と戦争ビジネスを進めてきた。リーマン・ショック以降、格差が広がって中間層が痩せ細ると、不満を募らせた人たちはエリート・エスタブリッシュメントに反感を抱くようになった。それとともに「オキュパイ・ウオールストリート」のような社会運動が盛り上がったし、前回大統領選では中西部ラストベルトの白人達がトランプを勝たせた。一方、民主党は従来は労働者や有色人種など弱者の味方とされていたが、今は金持ちの味方というイメージが強まり、反発する若者層は社会主義への共感を強め左派サンダースの躍進を可能にした。今回、バイデンが当選するにしても、オバマ政権で副大統領だった彼が本当に民衆のためになる政治をしてくれるのか、疑いの目で見る人も多い。

陰謀論の蔓延とメディアへの不信

 今回、SNSでは「バイデンの息子のパソコンから小児性愛の証拠写真が見つかった」「トランプは在任中、戦争をしなかった唯一の大統領だ」といった情報が出回った。前回の大統領選ではトランプを勝たせるために大量のフェイク情報が出回ったこともあり、今回も誰かがこうした情報を意図的に流しているのかもしれない。さらに、右派集団「Qアノン」は、その背景として「トランプはアメリカの軍産複合体と結びついた影の政府=ディープステートとの闘いを繰り広げている救世主だ」「世界を支配する300人委員会が新世界秩序の実現をめざしている」といった陰謀論を広めており、それが日本にもある程度浸透している。Qアノンの支持者は、既存メディアはディープステートに支配されて真実を報道していないと考え、メディアへの不信感も持っている。前提となる「事実」の認識が違うために、それ以外の立場の人と対話が成り立たなくなり、社会に大きな亀裂が生まれている。日本でも、Qアノンの立場を代弁する「Jアノン」なる人たちが情報発信をしている。

911以降の「裏読み」の果てに

 白状すれば僕自身も、陰謀論的なるものから全く影響を受けずに来たわけではない。思い起こせば、陰謀論的な「裏読み」に興味を持ち始めたのは2001年の911テロの時だったと思う。
 世界貿易センタービルに飛行機が突っ込み、ビルが崩壊したことだけでなく、その後アメリカによるアフガニスタンやイラクへの攻撃(対テロ戦争)という展開を見て、僕は「なぜ、こんなことが?」と思わざるを得なかった。飛行機が突っ込んだだけでビル全体が崩壊したのも不思議だったし、それを理由に西アジアで戦争が起きたのも不可解だった。それで、「911テロはCIAの陰謀だったのでは」的な裏読み情報を探すようになり、アメリカの軍産複合体があの事件を利用したと考えざるを得なくなった。
 さらにその後、戦争を終わらせてくれると期待したオバマ政権に代わっても中東での戦火はやまず、その失望から、民主党も結局は戦争システムの一部をなしているのだ、と考えるようになった。こうした「裏読み」を重ねていくと、あのQアノンの主張とそれほど遠くないところに行き着いてしまう。だから、この虚実入り乱れた情報の海の中、陰謀論に傾倒する人たちの気持ちもわからないでもないのだ。
 陰謀論の特徴は、「真の黒幕」捜しにあると思う。軍産複合体というものは、かつてアイゼンハワー大統領が「企業と軍隊の融合が民主主義の脅威になる」と警鐘を鳴らしたように、やはり実在する脅威だと思うし、世界の軍事予算の半分を占めるアメリカの軍事ビジネスがアメリカの民主主義を大きく歪めているのも事実だろう。だが、差別主義者で人権や環境問題に無頓着な大富豪のトランプが本当に軍産複合体をやっつける正義の味方なのかどうか。
 さらに陰謀論は、資本主義の根幹である通貨発行権を独占するユダヤ金融資本、フリーメイソン、さらには爬虫類タイプの宇宙人の陰謀まで、真の黒幕を求めてとめどなく発展していく。こうした情報はSNSで広がり、いったん関心を持つと、それを裏付けてくれる情報ばかりを受け入れる「認知バイアス」が働く。といって、こうした論のすべてが嘘とも言い切れない。どこかに虚実の境目があるのだろう。
 陰謀論にとらわれ、「真実」を求めてネット世界を徘徊する人たちを突き動かしているのは、おそらく不安感だろう。自分のいる世界を意味づけたいという欲求から、いつしか荒唐無稽な物語にはまってしまう。ネット情報をあさり、世界観を共有する仲間とともに未来を憂う。そんなタコツボのような小宇宙が、気がつけばあちこちにできている。
 目の前の黒人が受けている差別に怒っている人と、宇宙人による世界支配を本気で心配している人がどこで折り合えばいいのか、見当もつかない。こうして社会はバラバラになる。

日本でのリベラル分断

 そして最近、この陰謀論による分断が日本社会にかなり影を落としつつあると感じる。SNS上では、リベラル層の中で小沢一郎の支持者や山本太郎の支持者に、今回トランプ支持を公言する人がけっこう見受けられる。良識的左派・リベラルを既得権益層とみて反発する人たちの中に、QアノンやJアノンの主張に共感する人たちがいるのだ。
 その気持ちもわからないでもないが、しかし、そうした主張や裏情報を、政治的意図を持って誰かが捏造し拡散しているとしたらどうだろうか。何が真実かわからなくなった世界で、ある方向に人々を誘導しようとする人たち。僕らは、ネット世界を渉猟して「真実」を見つけたつもりが、実は人々の洗脳を企む誰かの掌の上で踊らされているだけなのかもしれない。他にも、「地球温暖化論は嘘だ」「コロナは陰謀、マスクはやめよう」「南京虐殺はなかった」「慰安婦などいなかった」「韓国系の人たちが日本を支配している」といった、「これが隠された真実だ」的な言説は巷にあふれ、不毛な分断が生まれている。

“つながり”のない人は極論に走りがち

 周りを見ていると、たとえば共産党とか、生活クラブとか、9条の会とか、公明党とか、組織のしっかりした政治団体や社会活動グループなどに帰属している人は、こうした陰謀論に乗りにくい感じがする。自分の帰属する団体内で共有されている世界観があり、それに乗っている安心感や帰属意識があると、「隠された真実」といった情報に出会いにくいし、出会っても簡単に信用しないのだと思う。
 反対に、既存のグループに帰属意識を持たず、すべてを等距離に俯瞰する位置にいたいと思う人は、目に入る情報をいつも自分で検証しなければならない不安感があり、「既存の世界観の裏側はこれだ」的な陰謀論に引っかかりやすくなるのだろう。

「裏読み」と「悪者探し」の迷路から抜けるために

 裏読みと悪者探しの泥沼にはまり、陰謀論を信じ込んで知らないうちに誰かに操作されたりしないためには、どうすればいいのだろうか。
 ネット上には最近、ファクトチェックのサイトができている。一次情報を遡り、どこにファクト(事実)があるのかをできる限り検証することは大切だ。だが、そのファクトチェックする人自身にバイアスがかかっているのではないかという疑いもぬぐいきれず、完全に泥沼から抜けることにはならないかもしれない。
 僕が思うのは、まず、溢れる情報を渉猟する前に、「お金より生命」「ひとりひとりの尊厳」といった、僕らが大切にするべき普遍的な価値を確認すること。その上で、「誰が黒幕なのか」と悪者探しにはまるのではなく、この資本主義社会のシステムが、経済の拡大による環境危機と1%対99%の格差拡大にという問題を生んでいることを再認識すること。そして、その改善のために“つながり”をつくり、ローカルな暮らしの中で、農とか地域課題の解決とか、具体的な営みを重ねていくことだ。そうすることで、SNS上の洗脳合戦と違う、リアルで共同的な生活の土俵を確保することが求められているのだと思う。


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