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ココロの物語 7話 ホタルの光

僕の名前はココロ。
心地のいい夜になってきた。
家の窓を網戸にして過ごす夜になってきた。
外ではカエルたちが田んぼから
「ゲロゲロ、ゲロゲロ」
と大合唱をしている。
このオーケストラが僕は大好きだ。

そんな名曲を聴きながら
家族そろって晩御飯を食べていると、
父ちゃんが急に
「…今日はみんなでホタルでも見に行くか。」
と言って家族で散歩に行くことになった。
ホタルを見に行くといっても
玄関を開けて、家の前の橋を渡れば
もうホタルたちはキラキラと光って飛んでいる。
妹は「あそこで光ってる!あっ、こっちにもいた!」
と母ちゃんの手をひっぱり、走り回って喜んでいる。
僕は、少し離れたところで
何十匹と飛ぶホタルたちが夜空に描く、
光の線を、大きな石の上に座り見ていた。

すると、父ちゃんが僕の横に座り、
「ココロ、ホタルの寿命を知ってるか」
と聞いてきた。
僕は学校の授業でホタルの勉強をしていたので、
「ホタルは2週間くらいで死ぬんだよ。…かわいそうだね」
と父ちゃんに答えた。
父ちゃんは僕に顔を向けず、
夜空に輝く無数のホタルを見ながら
「父ちゃんはそうは思わないぞ」
と答え、ゆっくりと話し出した。

ほとんどの大人は
ホタルの寿命は短い、かわいそうだ。
と伝えるが、ホタルはこうして
光輝く成虫になるまでに約1年間、
水の中や土の中で生きてきているんだ。
水中ではいろんな天敵から身を守り、
ときに、川の激流などの環境を生き抜き、
しっかり餌を食べて成長し、
成虫になるためにの準備をし、
そして、こうして成虫になり輝いているんだ。
ホタルは光り輝くために
ずっと全力で生きてきているんだ。
それを「短い命でかわいそう」と簡単に考えるのは
ホタルたちに失礼だと思う。

ヒトより命が短いホタルがかわいそう
と言ってしまったら、
200年以上生きるクジラにしてみれば
ヒトは全員かわいそうに思われてしまう。
父ちゃんは、ホタルもヒトもクジラも
単純に命の長い、短いではなく
どう生きてきたかだと思うんだ。

一切の後悔がなく今、光り輝いているホタルは
「かわいそう」じゃなく、「かっこいい」
と見てあげるほうがいいと思うな。

…ココロ。
「自分の人生は、自分で考え、決断し、行動したらいい。
振り返った人生(みち)に後悔という足跡は残すなよ。」

いつも無口な父ちゃんが、
静かに、でも力強い言葉で
ゆっくりと僕に伝えてくれた。

「うん、大丈夫。わかってるよ。」
と僕は父ちゃんに小さく答えた。

「…よしっ、そろそろ家に帰るかっ!」
っと父ちゃんがいつも通りの声で言った。

家までの帰り道。
前に歩いている父ちゃんの背中は
いつもよりずっと大きく見えた気がした。

僕の名前はココロ。
この日記は未来の僕に送る手紙…。


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