今週のMornin#12
海は広いし大きくて、優しくなければ親切でもない
海に行けばなんとなくなんとかなるような気がして、力を振り絞って振り絞って家を出て、海に着いたはいいものの、やっぱりどうしようもなく無力で仕方がないことに、何度も勇気付けられ騙されて。結局何も得られていないような気持ちで家に帰る。海ならどこでも。
今週のMornin
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久しぶりに新宿御苑に行った。真昼間、日差しが肌に刺さる中。日傘を刺して歩いていたがなんとなく力尽きて、日陰でベンチで休んでいた。駅の自販機でミネラルウォーターを買い、歩きながら水を飲み、御苑に入り水を補充し歩き回り、くたびれたらまた水を飲み。植物みたいな時間だった。
久しぶりに植物園に行った。植物は成長するので、上に伸びていったり横に伸びていったりする。なので、なんとなく写真を撮ると流れが見える。縦に横に斜めに。その空間と時間諸々の構図を切り取り写真を撮る。少しだけ現実逃避ができて、少しだけ救われた。
写真の反省
百日紅、文字通り100日ほど咲いている赤や白やのお花だ。
英名は「Crape myrtle」
確かにお花の形がマートルに似ているがマートルではない。マートルのような不思議な香りはしないので花を近づけるたびに少し寂しい気持ちになってしまう。
写真を見ていくと、右上が少しお花が切れているのでそこはトリミングしたほうがスッキリする気がする。ただ、これはこれでちょっと窮屈な感じもする。構図はやはり難しい。
色の分離は気持ちがいい。日光がちょうど真上から降り注ぎ、少し見上げた構図でも陰影が残る。緑・赤・青・白と、4つのトーンのグラデーションもなく、見るコストが少なそうで流せる。軽い写真だ。
夏のお花は冬より儚い
お花・木々を撮ることは、夏が一番適しているようだ。緑の中でお花の黄色やピンクや赤や紫等々、彩度の高い色が映える。青空も綺麗で、入道雲が写っていたらなおのこと。枯れていく様をあまり見れないのは夏の魔法なのか、冬よりも枯れていくお花を見る機会が少ない。去り際も潔いということなのか。
夏の折り返しはどこで折り返す
目に見える。夏が終わっていくことにどうしようもなく焦る姿が。夏を謳歌することがタスクかのように。楽しめない人間がまるで罪かのように。夏にふる雨は罪なのか。入道雲とひまわりばかりで丸く治るのか。
去年は12月ごろまで咲いていたひまわりがいた。それくらいの強かさで夏が過ぎる様を眺めていきたい。夏の夜にしかできないことなんてない。
惰力を養う
どうにもできないものものに対して、無力に戦うことばかりの人生だった。おおよそ誰かの敵になってしまい、敵によって靡き避けて生きれない時は、決起しほどほどに戦い、やはり力が足りずに逃げていく。そういう人生だった。おそらくこれからも。
仕方がないのだろう。こういうものは性格以上だ。誰かを傷つけないために生きること、そのものが不可能なのであるから。明後日に死のうと思っても、その次の日に死のうを思う人を傷つけてしまうだろう。なら、明日のうちに死ねばいいのだが、そういうことができない人間なのだ。
今週もみんなで写真を撮りましょう。ただ、残暑に気をつけて。
写真集やらZINEやらを作るお仲間を募集しています。連絡いただけたら犬のように付き従いますのでよしなに。
覆水盆にかえしましょう。
夏はアイス、秋は焼き芋、冬はおでん、春はさくらもちを食べます