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ガンジス川に夫を殺しに行ってきた ①

インド・バラナシのガンジス川は、いわずもがなヒンドゥー教の聖地である。
インド人にとって、この川に還ることは最大の喜びなのである。 


もちろん夫はヒンドゥー教の信者ではない。
この計画は結婚前から立てていた。
白馬に乗った王子様が来てくれる…そんな妄想の変わりに夫を殺す妄想を毎晩していた。


私だって昔から、こんな女だったわけじゃない。
いつか素敵な人と結ばれて、死が2人を分かつ時まで…幸せに暮らす。
可愛い子供と、周りが羨む家に住み、セレブとは言わないまでもフェイスブックでイイね!される未来を夢見ていた。
いや、安泰な未来を信じて疑わなかった。


人生の計画が狂いだしたのは、30代中頃になってからだ。
本当はもっと前から気づくべきであったが、30代前半は全く周囲の変化に無頓着に暮らしていた。
まだまだ20代と変わらず身体は元気で、年上のお姉さんにご教授願いたい年下の男性からもモテるようになり、ますます調子に乗っていたと言ってもいい。


ある日のルノアールにて。幸運は私以外にやってくる


「六本木ヒルズに住んでいるIT社長と結婚するの! 彼は帰国子女だから、女が家事をするなんてナンセンスなこと言わない。やっぱ海外経験のある男性は楽でいいわー」
自身はパックツアーで、ハワイと台湾、グアムしか渡航経験のない舞がのたまった。


新宿歌舞伎町の老舗喫茶店・ルノアール。
子供が入って来ない長居の出来る喫茶店で、アラサーになってから2人で通っていた。
舞子は読者モデル友達だった。
まったく気が合わなかった。


距離を置こうとした時期もあったが、舞のポジティブ過ぎる性格で、まさかの長い付き合いになっている。
舞は根っからの男好きで、女子力の塊だ。その分、知性や学歴を一切持ち合わせていない。必要性も微塵も感じず生きている。


「遊ばれているんじゃないの? 結婚なんて口先かもよ?」
私は、性格の悪さを全く隠すことなく舞に聞いた。
「華子ちゃんって心配性なんだからぁー。大丈夫だよ、オレの女神だってベタ惚れだもん。心配ありがと」
ああ、そうですか。ちなみに心配はしていない。
彼の職業もセリフも全てうさんくさい。
まぁ男にまた騙されているんだろうなーと思いながら、アイスコーヒーを飲み干した。
いつもより苦味を感じた。


くだらないルノアールから一週間後。
舞からラインが届いた。
「華子ちゃんが心配していたことを彼ぴっぴに話したら、安心材料に♪と婚姻届を出してきましたぁああああああ」


どひゃぁあああああああああああ。私は驚きを通り越して、腰から砕け落ちた。
婚姻届を持って、役所で記念に撮ってもらったツーショットも届いた。
今まで、加工アプリや盗撮で、イケメン風の画像しか見せてもらっていなかった。送られてきた初めての旦那になった彼ぴっぴの正面写真は、想像以上に普通であったが優しそうだ。
いつも歪んだ見方をしていたが、純粋に羨ましくなった。


「いつまでもお幸せに」
私のラインの返信は本心だ。
舞を勝手に下に見て、勝手に将来お先真っ暗を決めつけていた。
舞に訪れたシンデレラストーリーは、私の未来も明るくしてくれた。
「舞が幸せになれるんだから、私が結婚できないわけない」
私はやっぱり性格が悪いのであった。

そして、私はプライドをいったん神棚に預けて、婚活に慢心したのであった。

地獄を見て、さらなる地獄を考え始める


舞の結婚報告時。私のラインにいる男達は、結婚には結びつかないものだった。
イケメンでもグレーゾーンの仕事だったり、夢を追っているほぼ無職だったり、華子をセフレとしか見ていなかったり。


数少ない女友達にセッティングをお願いしても、自身の夫(もしくは彼氏)に比べて、一回りスペックが下がる男しか紹介してもらえなかった。


しかも、女友達を挟んでいるだけに、交際を断りにくいケースに見舞われ、ほとほと疲れてしまった。
そして婚活ビジネスに飛び込んだ。というか、そこしかなかったのである。

「いつからだろう、モテなくなったのは…」
婚活パーティの帰り道、見た目重視で買ったハイヒールによる靴づれの痛みもあって、涙が出てきた。


婚活パーティの男性達は、皆、魅力にかけていた。そして、魅力のなさを補う性格の良さも財力も持ち合わせてなかった。たぶん。
過去に抱かれてきた男たちに比べて、容姿はずっとずっと落ちる。
なんだか生々しい生命体であった。
それに加えて、華子よりも可愛くはないが、性格の良さそうな若い女がナンバーワン人気だったのである。


日本の男はロリコンである。実感した。特に婚活市場で『若さ』は最大にして最強の武器である。辛い。


「好きな人と結婚したい」
「好きになれそうな人と結婚したい」
なんだかんだ、私は結婚よりもちゃんと恋愛もしたいのだと気付いた。
「あまい」
恋愛の経験ならある。
そして幸せには結び付かなかった。
私のタイプは変わっていない。色気と影のある遊び人がタイプなのだ。結婚向きじゃない。


私の今、求める幸せは、世間からの評価と生活の安定だ。お金だ。好きでもない仕事をしながら、やっと家賃を払う生活から卒業したいのだ。
「高給取りじゃなくても保険金があれば生きていけるんじゃない?」
ふと、頭に浮かんだ。そして、涙が引いた。

目的変わると同じ世界が違って見える不思議

恋を探すのではなく、獲物を探す。目的が変わると苦痛だった婚活パーティも、抵抗のあったマッチングアプリも、余裕でこなせるようになった。

そして、私は努力の甲斐があり夫を手に入れた。1回じゃ顔が覚えられない印象も気も弱いステキな夫だ。

そして決め手は。

「結婚に望むこと? 普通ですよ。きちんと3食作ってくれて、癒してくれたら充分ですよ。華子さんの年齢的に子供は産めないかもしれないけど…。僕は子供はどちらでも良いので、心配しなくても大丈夫。うちは両親も亡くなっているから姑問題もない。華子さんはラッキーですよ。結婚してあげますよ」

妙にイラつくステキなプロポーズだった。殺すのに不足なし。

結婚式はせず、将来の心配をする妻として生命保険加入をすすめ、生活が落ち着いたら新婚旅行に行こうと約束。

あやしまれない程度に結婚生活を楽しみましょう。

生きる糧になります! 御朱印代にいたします!