陣中に生きる—28
十月二十二日 晴
― 敵の猛反撃 ―
昨夜は、<こんどは大分さがったから、いくらか安全になるかな>
と、みんなホッとして新しい壕に寝た。
ところがままならぬが世の習いで、昨夜ほど猛烈危険な砲撃はこれまでになかった。
日中のわが砲撃に腹を立てたか、損害をごまかそうとしたのか、それとも戦力を誇示しようとしたのか、とにかくその乱射乱撃はもの狂おしいばかりだった。
しかもその弾着点は、これまでになく近かった。
土くれが幕舎に降ってきたことも、陣地がグラグラ揺れたことも、一再ではなかった。
ことに二十時、一時、三時のが猛烈で、とうとうろくに眠れなかった。
ようやくそれがやむと、早や夜明けだった。
豪からはい出してみると、昨夜とは打って変って、これはまた何というのどかさであろう。
朝靄があたりにたな引き、木々の梢がほのかに浮いて、春の海の島かげのようである。
しかし今朝の兵隊たちは、本気になっていた。
景色よりも、あたら命を考えていた。
どの分隊も懸命に、壕の補強をしていた。
靄はいつの間にか晴れていた。
ようやく朝食がきて、それがすむと八時過ぎになっていた。
一服して事務に取りかかる。
砲手たちには、もう一つの新しい壕をつくらす。
前面はうそのように平静がつづき、昨夜のことはまるで悪夢のように思い出された。
<彼は夜間にうごめき、われは昼間に活動する>と言えよう。
十三時四十分、第二回目射撃命令。
銃声はあまり聞こえず、なんのための射撃か分かりかねた。
少しばかりの銃声も、大分遠のいたかに思われた。
晴れ渡った青空を、名も知らぬ小鳥の群が、いかにも仕合せそうに飛んでいった。
歩哨が茫然と、いや、うらやましげにそれを眺めていた。
友軍機が人なつこく、低空を飛んで行った。
何かビラをまいたので、菊池を遠くまで拾いにやってみる。
だが、ボロボロになって何も分らなかった。
無聊に苦しんだでいた折柄、惜しいことだと残念がる。
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