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密着!仕分け部署(ファッション窓口)


近年深刻な社会問題となっている「身分申告漏れ」。
我々取材班は仕分け最前線の場で奮闘する1人の県職員に密着取材を敢行した。

「本日はどうもよろしくお願いします。もちろん申請は済ませてますからご心配なく。はっはは。」

今日の主役である山下浩太さんはグレー地にストライプの入ったスーツに紺のネクタイをひらひらさせながら朗らかに笑った。

今日、6月第一日曜日からの一週間は年に2度の身分申請週間である。
申請の現場でいったい今何が起こっているのか、我々は一日、山下さんを追いかけた。


ファッション、音楽、食べる物をその人物に合った身分相応の物とし、それから外れる物を欲する時は申告、申請するよう義務付けた
「身分調整法」の可決からはや20年。
身の丈に合った生活による人生幸福度の上昇を狙ったこの法律は、反対意見も多数ある中で強行採決されたと同時に、人々の生活を一変させていた。

施行直後は国民の戸惑いや反発、政府の示すガイドラインの曖昧さにより、各地でファッションや音楽の部類で大きな反抗運動が起きた。
しかし毎半期毎の細かなガイドラインの改訂や、違反者に刑事罰を適応し厳しく取り締まったことで徐々に人々の混乱は収まり、今では表現の自由派や個性論派は違反者思想としてその活動は下火となっている。


しかし近年、半年に1度の衣服や音楽、食事の申請時に身の丈に合わない衣服や音楽を申請しない、いわゆる「申請漏れ」が多発していた。

「悲しいことですね」

彼らを語る山下さんの表情は重い。

「きちんと申請すれば着ても許される服や音楽を申請しない。街頭の職務質問でボロが出る若者や、単純に申請を忘れて検挙されるお年寄りも増えています」

今日も申請の窓口には沢山の人々が用紙を抱えて不安そうな顔で自分の番を待っている。
オンライン申請も始まったが、やはり窓口に来てもらった方がいい、と山下さんは話した。

「オンラインだとこれは大丈夫だろう、これも…と言った誘惑に負けてしまいます。やはり私共専門家の意見を聞いてもらった方が当然安心ですので、思わぬ刑罰を回避する事が出来ると思われます」

1人の若者が申請書を手に山下さんの前に立った。
申請書とガイドラインを見比べる山下さんの視線が険しい。
どうやらこの20代前半の若者も申告漏れの危険があるようだ。

「えーとこのカーディガンなんだけどね、陽気なオラオラ系、の申請を済ませてるあなたには許可出来ません。この丈の長さだと意識高い系、オンラインサロン運営または会員系、若しくはsns頑張ってネットビジネスに繋げる系、の申請が必要です。臨時でそちらの申請は済ませましたか?」

「あー…まだですね。」

「でしたらこの先、音楽申請に並ぶ前にまず臨時窓口がございますので、まずそこで臨時申請を済ませてください。それから髪の色。えー後ろ髪の緑のエクステに関しましては今回のオラオラ系ガイドラインからはズレますので、即時変更書を出しますから1週間以内に暖色系エクステ、なるべく金色に変えて下さい。1週間以内であれば職務質問の際にこの用紙が有効となります。なのでお早めに。」

変更書片手に臨時窓口に向かう若者はやってしまった、という顔だ。
次に立った60代男性にもやはり問題があったようで、山下さんの厳しい声が響く。

「ですから鈴木さんね。半年前も申し上げました通り、この赤茶色のベレー帽は「文化人」枠なんです。緑、もしくはグレーのハンチング帽にご変更をお願いします。検挙されて困るのはご自分とご家族ですよっ!即時変更書を出しますから1週間以内のご変更を。うっかりしてた、では次は済まされませんからね!」

肩を落として音楽窓口へ歩いて行く老人の背中は寂しいものだった。

今日はその他にも体育祭盛り上がっていこう勢、の申請をしていないのにメガネをかけたままサイドをツーブロックにした高校生男子、クラブで女を狙う項目に×を付けたにも関わらず、ケンゾーのシャツを(2着も!)持った大学生男子、キャバクラで働いているにも関わらず髪も染めず、タバコも吸わず、インスタグラムも更新しない20代前半の女性、バーバリーのマフラーを巻いた40代女性、などが山下さんから厳しい指導を受けた。

「若いうちから間違った格好をしていると、身の丈に合っていない事や、間違ったカッコ付け方などで周りから好奇の目で見られたりからかわれたり、と言った事を引き起こします。そう言った虐めや辱めを防ぐための法律なので、守った方が確実に幸せなんですけどね」

音楽窓口で週に一度はパーティで盛り上がる、の項目に×を付け、お酒が嫌い、に○を付けたにも関わらずマーティン・ギャリックスを聴く、という若者を横目に見ながら山下さんはため息をついた。

「個性論者や表現の自由論者の言う事は特に若い人の関心を引きつけます。ですが仮に虐めや陰口、シカトなどの被害に遭った時彼らは被害者に自己責任を押し付けます。責任も取れないなら言わないでくれ、これが本音です」



一日の取材が終わった。しかしこれから6日間、山下さんの休みはないと言う。

「皆さんの生活がかかる一週間です。疲れたなんて言ってられません、頑張らないと!」

近年、スマートフォンの急速な普及と共に、海外の文化や新しい流行が個々人にダイレクトで入ってくるようになった。
だがその一方で、間違ったファッション、キャラ違いの音楽、その人の人間に合っていない食事も大きな問題になっている。

取材を終え、帰路に着く山下さんを送った車中、ポツリと漏らした一言を我々は聞き逃さなかった。


「本当はね、私も長い黒のトレンチコートなんて少し憧れますけど…そうすると今着てるこのスーツももう少しスタイリッシュなものにしないといけない。尖りのある靴も。地面に着きそうなマフラーもしなくちゃいけない。バーニャカウダも嫌いですし。結局全部を変えないといけないのでね…」


去年、政府が発表した最新の国民人生幸福度の数値は、これまで世界一だったブータンの数値に迫るものとなった。
しかし我々が現場で見た、聞いた人々の声。

幸福とは何なのか、もう一度根底から考えてみる必要も、今の我々にはあるのかもしれない。





※登場した人物は全て仮名であり、この人物の特定行為は身分申請法、余分業務禁止法により固く禁じられています。御了承下さい。

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