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短文学集

25
筋も思想も体系も、全部気にせず楽しむことを短文学と称して日々の感傷を綴る。
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2019年9月の記事一覧

無水の金魚鉢

無水の金魚鉢

 ああ、今朝が夏との境目なんだな。見上げた空の高さでそう気が付いた。どうして高く見えるのか、取り留めもなく考えてみる。やはり、雲のせいだろうか。夏の、あの豪快に絵具をぶちまけたような入道雲に比べて、今頭上にある雲は繊細に筆を幾筋も走らせたようで、全体的に淡い。この筆づかいが、秋の訪れを感じさせるのだろう。

 きっとこの辺で、一番に季節の境目に気が付いたのは私だ。何しろ平日の朝からこうして公園のベ

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隔たり

隔たり

 隔世遺伝という言葉を知ったその日、なるほど、と思った。色々なことに合点がいきはじめた。脳を駆け巡ったのは、問題を解決した時の爽快感よりもむしろ、何か仄暗いものだった。この時、一つのジグソーパズルが完成したが、はじめから酷く歪な画だったみたいだ。
 僕が、その隔たりだ。そう、思えば、納得が、いった。そう考えることをやめられなくなってしまった。年の暮れに一族が集まったあの席で、祖父が誰かを評して言っ

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泡と煙

泡と煙

 傾けた缶から落ちる液体が、その流れを絶やした。喉を過ぎるのはアルコールを含んだ吸気ばかりで、そのことが惜しくて堪らなかった。オンラインゲームに興じる隣人の声に邪魔されぬよう、あの壁の薄い安アパートの自室から三百五十ミリの僅かな楽しみをせっかく連れ出してきたというのに。
 普段は人気のないこの坪庭ほどに小さい広場の前の路地を、場違いに騒がしい浴衣姿の一団が行き、発泡酒に余計な苦みを足して去っていく

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