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「フリーランスになったらやりがいを持って働ける」という、逃避型フリーランスの幻想

悩むことが趣味である。

マグロが泳ぎ続けるように、イチローが引退してもバットを振り続けるように、時計の長針が短針を追い抜いても追い抜いても追い続けるように、ぼくは悩み続けている。

それはけっして不快な感覚ではなく、むしろ脳みそが悩みという栄養を欲しているみたいに、悩みが解決したらまた次の悩みを求めているような、そんな気さえする。悩むということにおいて、ぼくは変態なのかもしれない。

今日は、そんな悩みの話をすこし。


先日、コミュニティフリーランスの長田涼くんに声をかけてもらって、株式会社Waseiさんのライブ配信企画「もとくらの深夜枠」に出演させていただいた。

今回は、現役フリーランスの4人で、「フリーランス」という働き方の現実と可能性について考える、という企画。

なぜかぼくのアップではじまり、ぼくのアップで終わるという、「誰得?」感のある演出をしていただいたのだけど、内容はみなさん等身大でトークしていておもしろいので、ぜひ興味がある方は観てもらえたら嬉しいです。

さて、この機会をいただいたので、あらためてフリーランスになってからの2年間を振り返ってみたのだ。

思い返せば、そもそもぼくはなにか「やりたい!」ということがあってフリーランスになったわけじゃなかった。

どちらかといえば「やりたくない!」ということがあって、それが組織にいるとどうしてもやらなくちゃいけないのがくるしくて、逃げるようにフリーランスになったのだ。たとえば毎日決まった時間にオフィスに行くとか、相性の合わない人と仕事をする、行きたくない飲み会に行くとか。

フリーランスを、はじめた動機で分類するなら、やりたいことにチャレンジする「挑戦型フリーランス」に対して、「逃避型フリーランス」とでも呼べるかもしれない。

さて、晴れてフリーランスになって、仕事の環境や人間関係のストレスはさっぱり消えた。これはもう本当に、スッキリ!

ただ、「あれ、意外と楽しいわけじゃないな」と感じてるのも事実なのだ。なんていうんだろう、充実感があるわけじゃないんだよなぁ。

これはなんでだろう、と考えたときに、キャリアコンサルタントの資格を取るために学んだある理論を思い出した。それが、アメリカの臨床心理学者、フレデリック・ハーズバーグが提唱した「動機づけ・衛生理論」というもの。

ハーズバーグが提唱した職務満足および職務不満足を引き起こす要因に関する理論。ある特定の要因が満たされると満足度が上がり、不足すると満足度が下がるというのではなくて、「満足」に関わる要因と「不満足」に関わる要因は別のものであるとする。

満足に関わるのは、「達成すること」「承認されること」「仕事そのもの」「責任」「昇進」など。これらが満たされると満足感を覚えるが、欠けていても職務不満足を引き起こすわけではない。これらは「動機付け要因」とされた。

不満足に関わるのは「会社の政策と管理方式」「監督」「給与」「対人関係」「作業条件」など。これらが不足すると職務不満足を引き起こす。満たしたからといっても満足感につながるわけではない。単に不満足を予防する意味しか持たないという意味で「衛生要因」と呼ばれた。

ハーズバーグの動機づけ・衛生理論 | 人財育成の株式会社HRインスティテュート


この考え方にのっとれば、ぼくはフリーランスになることで「衛生要因」のストレスのもととなる環境から逃げた。けれども、それだけだと「動機付け要因」を満たすことはできないのだ。

どうやら仕事で満足を得るためには、不満足な環境から逃げることだけじゃなく、仕事内容自体にやりがいを感じたり、承認されたりすることが必要らしい。

というわけで、フリーランスになったからといって、やりがいを持って楽しく働けているわけじゃない、という現状がある。たとえるなら、水中でもがいていた状態から、ぷはーっと水面に顔を出した状態。

満足感を得るためには、そこから、さてどの島を目指して泳いでいこうかと、自分が進む方向を決めて泳いでいく必要があるんだろう。では、ぼくが目指していく島とはどこなのか。

そんなことを、最近はずっと悩んでいる。「これだ!」と思っても環境がそれをゆるさなかったり、「やっぱり違うな」と思ったり。

でも、なんとなくの方向性は見えてきた。そのことも、近いうちにnoteに書こうと思います。悩みが解決してしまうのはすこし残念でもあるけど。そしたらまた、次の悩みを見つけるんだろう。

なにしろぼくは悩む変態なのだ。



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