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【正社員に転職活動中】22歳元三ツ星イタリアン調理師KKさんはタイからイタリアまで陸路で渡りワインを買い付け起業を考えたが断念

元三ツ星イタリアン調理師22歳KKさんとは、ご縁があってお伺いした一軒家のシェアハウスでお会いしました。KKさんは20代の仲間と一緒に生活を共にして夢に向かって歩んでいます。

KKさんの特徴は圧倒的な行動力とエネルギーです。「最近話題のあのアプリを仕掛けている社長だよ」と紹介されたら信じてしまうと思います。実際に、Twitterでエンジェルを探して、全員はじめて会う人に企画の内容を説明して、1人10万ずつ10人から100万円を調達して、イタリアンレストランを退社して、タイからイタリアまでシルクロードを陸路で通り、世界中のワインを買い付けに行きました。

この勢いで帰国後ワイン個人輸入商を起業する予定だったけれど、現在、歌舞伎町のバーで店長をやりながら、色んな人に会って自分の経験を積んでいます。いろいろと冷静に判断して、現時点ではスキルが足りないと思い、自分が成長ができる会社を探して現在転職活動中とのことでした。

真剣に転職活動を進めているKKさんとお会いいただける方がおられましたらエントリーフォームからご連絡をお願いいたします。

それでは、KKさんのキャリアストーリーをご覧ください。

K.Kさん 1997年1月千葉県生まれの22歳。現在、歌舞伎町のバーの店長として働いている。いろんな人に会って自分の経験を積んでいます。帰国後にワイン個人輸入商として起業する予定だったのですが、現時点ではスキルが足りないと思い、自分を成長できることを模索しています。

〜幼少期〜
昔から人一倍元気で、あまりよくない意味で有名な幼少期を送ってました。
幼稚園では度々、脱走や、授業放棄。挙げ句の果てには先生にお弁当を投げつけるなどいった幼稚園生でした。(僕は記憶にないですが後日談で聞きました)当時の先生達は、何故か怒るのではなく、反抗期がきたね!成長してる!と温かい目で見てくださってたみたいです。そして始めて恋をします。
この恋がこの後の人生を狂わすとはまだ誰も知るよしがありませんでした。

〜小学生〜
ここでもいい意味ではなく学校内で有名で、怒られない日はないと言ったやんちゃぶりでした。小学四年生からは、甲子園にも出場していた父親の影響でソフトボールを始め、6年生の時には全国大会へ出場するほどになりました。

〜中学生〜
部活は野球部に入部、市内でもかなりの強豪校で、先輩達がとてもきつかったのを覚えてます。野球部の部室は治外法権で後輩が日々、ご指導というなの社会をやってるようなちょっと昭和っぽい部活でした。勉強は二の次でとにかく部活に励む毎日。

そんななか、中学2年生で通い始めた塾で、初恋の子と再会します。顔は石原さとみに激似で、他の子とは遥かにレベルが違う可愛さでした。結局、昔の恋が再熱し、猛アプローチをしたのですが、結果は虚しく惨敗。でも、ずっと願っていれば叶うと信じ、ずっと想いを寄せてました。それと同時に、最高の友達達とありきたりだけど、とても特別な青春を謳歌してました。

〜高校生〜
中学の部活では野球部だったのですが、兼部していた駅伝部の方でまさかのスカウトされ、陸上部の推薦枠で高校に入学しました。毎日走っては走る日々。高校になり練習もかなり過酷になり、毎日20キロは走り込むようになります。

入部時に僕がタイム的には1番遅かったのですが、自分で考え、トレーニングを積み、体のケアや栄養管理など、本格的に誰よりも意識し取り組むことにより、3年時には3000障害で県大会出場。5000mでは学年のエースクラスまで登り詰めました。

この経験を経て、何かを本気で取り組むこと、目標を設定し、達成することの喜びを体験し、今の自分の中での軸になっています。

〜専門学校〜
高校の次の進路選択では、調理師専門学校を選びました。特に料理ができるわけではなかったのですが、僕は誰かになにかをしてあげるのがとても好きでした。例えば、友達の誕生日にサプライズでケーキを作ったりとか。初めて調理師専門学校のオープンキャンパスに行ったときに実演していた料理にとても驚き、僕もこんな料理を作ってお客さんに驚きを与えたい!
と思い、調理師を志しました。

料理はしたことがなかったので1からのスタート。多分入学時には1番料理ができなかったと思います。なので毎日、実習室を借りて練習していたら、
学校の1番偉い先生から「お前面白いから仕事紹介してやる」と言われ、恵比寿にあるウェスティンホテル東京でアルバイトとして勤務することになりました。そこではかなり人手がすくなく、すぐ即戦力として扱われたので、最初はかなりきつかったですが、それ以上のやりがいを感じてました。

スケジュールとしては
6時起床
8時登校
17時下校
18時出勤
0時退勤
2時入眠
を週6でこなしており、
気づけば学校かよいながら、月200時間アルバイトにと精をだしてました。

元々、西洋料理を専攻していたこともあり、夏休みと冬休みはバイトで貯めたお金でイタリアとフランスに行くようにしてました。現地のものに触れ、郷土を理解し料理を深いものはよと追及できるように学生生活の全てを捧げてました。

〜社会人〜
就職は名古屋にある、イタリアが本店の三ツ星レストランの直営店へと決まりました。親戚の縁故でかなりハイレベルな現場での就職でした。調理師業界でのあるあるなのですが、1年目は調理師志望でもサービスを担当しなくてはならないので、サービスとして勤めました。

飲食の世界はやはり過酷で、1日14時間労働。激務をこなして帰ったら寝るだけの生活になってました。給料は手取り15万円程しか貰えず、それでも、俺は夢を掴む。みんなを見返したいという一心で、寝る間を惜しんで仕事以外でも勉強を怠ることはありませんでした。

5年後には本店であるイタリア フィレンツェに行くと決めていたので、貯金も始めてました。
生活費で7万 貯金を5万 教材費に2万
と給料日にはすでにお金がない状態の生活をしてました。それでも飲食なので食いっぱぐれはなく、上司の皆様にはとても可愛がられていたので、なんとかその日暮らしをできました。

夢があるとは言えとても辛かったのを覚えてます。休日は食べるお金もないので、職場から余ったパンをもらってケチャップをつけて泣きながら食べてました。苦しかったです。何故こんなにも苦しい想いをしながら夢に向かってたのは後ほど記載します。

〜職場を退社〜
入社して1年が過ぎた頃。ある事件が起きます。
身内のおじいちゃんが倒れてしまいました。

飲食の勤務ではよく言われている言葉があります。
親の死に目に会えない職業。

その通り、急に会社を抜けることはできずにすぐ飛んで実家の千葉に戻ることができませんでした。

無事一命はとりとめたのですが、そのときふと思ったのが、俺は何のために生きてるんだろう?ということでした。

僕のモチベーションの核となってたのは、大事に育ててくれた親に親孝行したい。10年以上片思いしてた初恋の子を見返したい。成り上がりたいという思いでした。

けど、それって親の死に目に会えなくなるより大事なことか?と疑念を抱くようになりました。

仕事も順調でどんどん新しい仕事が与えられて楽しくなってたのですが、この前決まった道を歩んだら後悔する。俺は俺がやりたいことを常に100%でやりたい!もっと大事なものがあると気づき、自分で考えても仕方がなかったので、沢山の人に会うようにしました。

初めて行動を起こしました。

そして御縁があって、僕がワインが好きだったので、ある人が、ワインの個人輸入商をやれば?まずはそのためにクラウドファンディングで100万円調達しよう、そのお金でワインの現地に飛び、そこで見つけたワインを売ろうと。アドバイスをくださいました。

確かに個人でできれば、自由がきくし、なによりも面白そう。何故か自然と俺にはできるなと思い、気づけば3週間ほどで100万円を調達してました。

調達方法についてですが、当時、クラウドファンディングアプリ porca
がリリースされたことでクラウドファンディングが流行ってた時期でした。

そこでTwitterで若い人にお金を出資してみたいって人を探し、あったこともないのに企画の内容を説明して、1人10万ずつ10人から調達に成功しました。その100万を持って、会社をすぐに退社。でもそう簡単にはいかず、そもそも親戚の縁故で入社してたので、家族、親戚、職場とかなり揉めました。

本当に苦しかった。

一番の味方でいてくれたはずの人達がみんなに怒られ、挙句の果てには母親に心中を迫られるレベルでした。

ですが、それでも俺はやりたいんだ!人生本気で変えたいんだ!と押し切り、反対のまま海外へ旅立ちました。

〜海外での活動〜
今回の企画としてはワインの歴史はシルクロードにあると睨み、タイからイタリアまでシルクロードを陸路で通り、現地で見つけたワインを売るというコンセプトでした。

4ヶ月くらいの長旅になるので正直なところ100万円では足りませんでした。
ですが、Twitterを介して現地の人と知りあり、ご飯をご馳走してくれたり、宿に泊まらせたりしてくれたりと、縁があり旅を続けられました。

それでも旅は過酷で、砂漠で野宿したり。ホームレスと野宿をしたり。
水たまりの水を飲んで飢えをしのいだり、挙句の果てには野犬に襲われたりして何度と死にかけました。

なんとかイタリアまでたどり着くことができ、憧れだったワイン畑を見に行き、現地での知見を深めました。そして帰国し、パトロンへのリターンとして買い付けてきたワインも届け、企画は無事に成功して終わりました。

今回の件でかなりの成長を遂げることができたと自負しています。

〜現在〜
2018年12月に帰国し、御縁があり、歌舞伎町のバーで店長をやりながら、色んな人に会い自分の経験を積んでいます。元々帰国後やる予定だったワインの個人輸入商ですが、現時点ではスキルが足りないと思い、自分の成長ができることを模索しています。

とにかく、楽しい仕事がしたい。給料よりも、刺激的、やりがいのある仕事がしたい。そんな軸を持って現在活動しています。


お願い
いかがだったでしょうか?KKさんのキャリアストーリー。続きがどうなっていくのかとても楽しみです。KKさんの転職活動を応援いただける方がおられましたら、サポートをいただければ幸いです。お会いいただくことができる場合には「個人面談希望エントリーフォーム」からエントリーいただければ幸いです。

お知らせ
ジョブウェブの佐藤孝治は、本質的なキャリア支援サービスを実現するために、現在は毎月20人の枠でキャリア面談を行なっています。詳しくは「ジョブウェブ代表佐藤孝治のキャリア面談を受けてみませんか」をご覧ください。




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