見出し画像

車いすの天才ホーキング最後の共同研究者

ロンドンのウェストミンスター寺院には、人類史に残る偉人「アイザック・ ニュートン」と「チャールズ・ダーウィン」の墓があります。

そんな畏れ多い場に埋葬されているのがあの車いすの天才「スティーブン・ホーキング」です。

以前に簡単にその科学的業績について触れました。

彼が2018年に亡くなる間際に、最後の論文を発表しました。

その共同研究者トマス・ハートッホ(Thomas Hertog)は、今でも遺志と意思を持ち、関連する一般書を発行しています。
(あいにくまだ読んではないですが、ホーキングの名前も入ってるのでいつか和訳されるでしょう)

そんなハートッホに関する記事が目に留まりました。(タイトル画像も下記より引用)

なかなか素敵なタイトル画像ですね。何となくほほえましい師匠と弟子を連想されます。

上記書籍についても言及しており、やはりタイトルどおり「時間の起源」で最終論文を砕いて説明しようとしているようです。(多分前段はマナーとしてある程度確立された定説だと思いますが)

以前に投稿でふれたとおり、ホーキングは自説を何度か転回し、最後は(当初渋っていた)ホログラフィ原理を踏まえてインフレーションの過程を数学的に説明しました。

タイトルは「永久インフレーションからの滑らかな離脱」。

ちょっぴり踏み込んでその要旨を書くと以下のような感じです。

インフレーションにもいくつかモデルがありますが、そのきっかけは「量子的揺らぎ」であろうとされています。
そしてその揺らぎは1つでなければいけない理由は今のところ証明できず、従ってそれが無限に続く「永久インフレーション」モデルがありました。

ただ、無限を導入すると今の物理法則では厄介なことが起こるため、その閾値をホログラフィ原理(AdS/CFT対応)を使って存在確率を計算し、局所的にほぼゼロになる箇所もあることを示し、宇宙は有限であることを証明しました。(勿論その確率を計算する形状にはモデルを仮定しています)

上記は検証は出来ないため、極めて数学的な産物です。以前にも触れましたが、ホーキングは数学的に正しければそれが存在するかはあまり頓着しない方でした。(その対照が大学の先輩にもあたるロジャー・ペンローズです。)

上記のNature記事を読む限り、ハートッホも同じ主義のようです。

というのも、宇宙開闢があったかどうかを論じる特定の哲学者のアプローチを否定しており、自分の流儀(要は仮説に基づく数学的な技法)での議論を望んでいるようです。(記事ライターの書籍を読んだ感想です)

ちょっとだけ補足すると、哲学的な議論だとどうしても我々の価値観を前提とせざるを得ず、あたかもその観察者である人間が正しいということを暗示しているように錯覚しがちです。

そうでなく、自然を自然として数学という論理的に正しい(価値観は持たない)手段で客観的に描写すべきである、というのがハートッホの主張のようです。(おそらくはホーキングも)

個人的な意見としては、それは高度な数学を要求することを意味して議論が閉鎖的になりがちです。

ここは議論を1つの土俵に閉じ込めずに、それぞれの舞台・それぞれのルールを用意するしかないかなと思います。

科学も厳格には仮説のパッチワークですので、宇宙という全員が演者の究極の舞台を理解するには、科学・非科学それぞれを尊重するところが初めの一歩かなと感じました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?