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【書評】ダニエル・デフォー『ペストの記憶』--挨拶ができれば生き残れる

 コロナは全世界を覆い尽くす疫病である。僕の人生ではこれは初体験だが、人類全体にとってはそうではない。20世紀初頭にはスペイン風邪があったし、もっと前にはペストがあった。
 というわけで、ダニエル・デフォーの『ペストの記憶』を読んでみた。18世紀の作品だし、と身構えていたけど、登場人物たちの感覚がすごく近代的なので驚いた。
 テクノロジーがアナログなだけで、ロンドンという大都市で暮らす人々の感覚は現代の東京とたいして変わりがない。だからこそ、彼らがベストに襲われた時の感じも読んでいてよく理解できる。
 病人が出て家ごとロックアウトされても、監視人を騙して逃げ出す人々。自分の体にペストの印が現れたショックで死んでしまう女性。
 でも大きく違うのは、そこにキリスト教的な感覚が絡んでいることた。神が助けてくれると決めている人は、何がどうなっても生き残るだろう、という確信を語り手が主人公が語ったりする。まあ、でも今だって、実際にはわりと皆宗教的な感覚を持っているから、そこまで変な感じはしなかった。
 僕が好きだったのはこの挿話だ。ロンドンを逃げ出して、集団で小さな町から少し離れた森に暮らす一団が出てくる。最初は町の人々に嫌がられていても、だんだんにちゃんとした人達だと彼らに納得させ、支援を得続けることに成功する。
 そのうち、逆に町の方がペストにやられてしまう。そうするとこの集団はより自分たちを孤立させて、まんまと生き残ることに成功する。人当たりが良かったり、ちゃんと挨拶したりできることが直接生存に繋がっている。デフォーはなかなか良い点をつかんでるじゃないか、と思って感心した。
 そしてまた、訳者の武田将明さんがすごい。実際にロンドンに行き、作品に登場する細い通りや広場、店などを回ってみる。そして写真を撮り、昔の地図に照らし合わせて、死体が大量に埋められたのはここらへんか、何て考える。
 あとがきがそのまま冒険物語になっていて、こういうのもすごく面白いよね、と思った。18世紀もまた現代であり、18世紀人から学ぶことは多いと気づかせてくれた著作だ。

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