「やさしいあなたを知っている」と伝えるのは、一つの愛情表現かもしれない
あの人は、電車の扉の位置がわかるのかな──。
初めて目の不自由な方に声をかけたのは大学4年生のとき。2011年の夏。
短期インターンのために上京し、乗り換えの電車を待っていた朝だった。
田舎から出てきて人の多さに慣れず、下を向いてばかりいた。
そんな中、左右違う色の靴下を履いている女性の存在に気づいたのだ。目線を上げると、その人は白状を持っていた。
ホームの中央あたり、点字ブロックのない場所に立っていたのを見て冒頭の疑問が浮かんだ。
自分の中にうまれた素朴な疑問をほおっておけず、声をかけた。女性の待っている電車がわたしと同じだったので、到着した電車に一緒に乗りこんだ。
わたしのほうが先に目的の駅についたので「ここで降りますね。お気をつけて」と伝えると、女性はこくっと頷いた。
目の前で起きたことの「その後」を考える
あれから月日がたち、3年ほどまえから東京で暮らしはじめた。今でもたまに街なかで見かける人に声をかけることがある。
目の前にいる人に起こっていることの「その後」を考えて、声をかけたほうがいいんじゃないかと思ったときは。
あるときは、地下鉄で行き先の出口がわからなくなったという目の不自由な方に、またあるときは目の前でハンカチを落とした方に、またあるときは走っていたはずみで髪ゴムがほどけて落ちたのに気づかないまま行ってしまった女の子に…。
(ダッシュして追いかけたの、不審者と言われないかヒヤヒヤした)
そもそも、そんな場面に出くわすことは頻繁にあるわけではないし、「必ず毎回声をかけられているか?」と言われればそうではないので偉そうなことはまったくもって口にできる立場にないのだけれど…。
行動できた日もできなかった日も、なにかあるたびに夫に話を聞いてもらっていた。とくに、自分が行動できなかった日は「その後」を想像してとてつもなく落ち込むから。
うんうん、と頷いてくれる夫に救われていた。
やさしさを肯定すること
2020年に入ってからのある日の夜、夫が「あのね…」と話し始めた。
仕事で移動していたときに、地下鉄の乗り換え通路で道に迷っていた白状を持つ人に声をかけたそうだ。話を聞くと同じ路線に乗るようだったのでホームまで案内した、ということだった。
いつも聞いてもらってばっかりだったけど、夫が外でそういった行動をとってくれていたことを知って素直に嬉しかった。
「知らなかっただけかもしれないけど、そういうことするんだね」と、ちょっと意地悪っぽく言ってみた。
「しおりちゃんだって、そうしてるでしょ」
間髪入れずに返ってきた言葉に、目頭が熱くなった。
わたしはいつも心のなかで自分の行動に迷いがあったから。「余計なお世話だったかも」「正しくサポートする知識がなくてかえって困らせたかも」と思うこともあった。
だから、本当のところは行動できたときこそ、話を聞いてもらって夫に頷いてもらうことで、「大丈夫だ」って確かめたかったのかもしれない。
ずっとずっと「やってよかった」と自分自身で単純に認めることができていなかった。密かにフタをしてきた心の中のモヤモヤは、夫の一言によって消えていた。
"人にやさしく"
曖昧になった記憶の中、あの夏の朝に出会った女性は、わたしが電車を降りるときに「ありがとう」と言ったような気もしたし、それは気のせいだったかもしれないとも思うようになった。
今となっては答え合わせもできないのだけれど、わたしはこれからもできる限り、なにか困っている人に気づけたら声をかけたいと思う。
そしてあの日の夜、夫はわたしがそうしているから「自分もそうしようと思った」と言ったわけではなかったけれど、わたし以外の人に向けられたやさしさにふれて今までの自分も救われた気がした。
「やさしいあなたを知っている。わたしもあなたのように、やさしくありたい」と、夫に伝えたい。
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目の不自由な方に声をかけるときには、心がけるとよいことがいくつかあります。
2011年当時のわたしはこういったことを知りませんでした。知らなくても声をかけることはできましたが、心にモヤモヤがありました。ここまで読んでくださったみなさんにも、知ってもらうきっかけになれば幸いです。
(写真はいつかの横浜大さん橋にて。わたしの前をあるく夫)
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