【短編小説】宝くじ研究会
とあるビルの会議室に、数十人の人々が集められた。部屋の前方にあるホワイトボードには、『宝くじ研究会』と大きく書かれている。
彼らが集まった目的はただ一つ、宝くじにおける高額当選番号を自分たちで計算し導き出し、その理論を確立させ大儲けしようというものだった。
数学者、物理学者、天文学者、心理学者など学者と名の付く人間は片っ端から集められた。その他にも、競馬や競輪、パチンコなどの博打で今まで生計を立ててきた人まで召集された。
彼らは、各々自分たちの研究分野の知識を共有し合い、これまでの宝くじの高額当選番号と照らし合わせ、その傾向と法則性を導き出そうとした。
一回の会議では結論にたどり着けることもなく、その後、週に一回この会議室に集合し、話し合った。彼らはそれぞれの分野では第一線で活躍する名の知れた学者がほとんどで、毎日研究で忙しいにも関わらず、この会議を欠席するものはほとんどいなかった。それだけ彼らは本気だった。
数年が経過したある日、ついにその理論が完成した。そしてその理論を搭載し、高額当選番号を算出するコンピューターが多額の費用で作られた。
彼らはさっそくそのコンピューターのボタンを押した。するとコンピューターはシュンシュンシュンと音を立てたのちに画面に数字の羅列を表示した。
彼らはその番号の宝くじを購入し、発表日を待った。
そして発表当日、結果は三等の賞金が当選した。
彼らは喜びはしたものの、納得のできる結果とは言えなかった。彼らは最初から一等を目指していたからだ。
「おかしい、まだまだ我々が見落としているところがあるのかもしれない」と数学者。
「だが、あともう少しだ。ようやく希望の光が見えてきた」と天文学者。
そして彼らはもう一度自分たちの理論を見つめなおした。週に一回の会議も二回三回と増えていった。それほど彼らは本気だった。
数か月後、新たな理論が完成した。そしてその理論を搭載したコンピューターが多額の費用のもと作られた。その費用の中には、先日当てた三等の宝くじの賞金も入っていた。
彼らがボタンを押すとコンピューターはシュンシュンシュンと音を立てたのちに画面に数字の羅列を表示した。
彼らはその番号の宝くじを購入し発表日を待った。
そして発表当日、結果は二等の賞金が当選した。
彼らは喜びはしたものの、まだまだ納得のいく結果ではなかった。一等でなければ意味がないからだ。
「うむ、まだ何かが足りないらしい。どうしたものか」と物理学者。
「しかしあと一歩のところまで来ました。ここが踏ん張りどころです」と心理学者。
そして彼らは、さらにもう一度自分たちの理論を見つめなおした。会議の頻度も週に四回五回と増えていき、ついには泊まり込みで話し合いが行われた。
彼らは本来の自分の専門分野の研究のことなど忘れ、どうしたら一等が当たるのか、ただそれだけのことを考えた。そしてそれぞれの研究室には行かなくなってしまった。
すると各々の研究室では、彼らの助手たちが困惑の表情を浮かべていた。
「この頃先生が研究室に姿を見せない。これは一体どういうことだ」
「先生がいてくれないと一向に研究が進まない。連れ戻さねば」
それぞれの研究室の助手たちは血眼になって研究室に来なくなってしまった学者たちを探し回った。
そしてついに、彼らの居場所を突き止めた。とあるビルの一室の前に、数十人の助手たちが集まり、そっとドアを開き、中の様子をうかがった。
すると中では、彼らの先生たちが奇妙なコンピューターの前で歓声を上げていた。
「ついに完璧な理論が確立したぞ! どこからどう見ても完璧だ、間違いない」
「ああ、この理論に従えば確実に一等を当てることができる。我々は億万長者だ」
「あとはこのコンピューターにデータを読み込ませるだけだ」
助手たちは顔を見合わせた。
「一体先生たちは何をしているのだ?」
「わからない、何かの研究が完成したようだが……」
すると助手の一人がホワイトボードに書かれている『宝くじ研究会』の文字を見つけた。
「どうやら宝くじの一等を当てる研究をしているようだ」
「そんなばかな、当てれるはずがない」
「いやしかしこのメンツならあるいは……」
助手たちが話し合っていると、中からまた声が聞こえた。
「どうやらこの最新のコンピューターでも読み込みまで一晩かかるらしい」
「それは仕方のないことだ、なぜならこの理論は非常に難解で今までにないものだからな」
「最新のコンピューターでも我々の理論を理解するのにそれだけ時間がかかるということだ」
学者たちは互いに笑い合った。
「しかし一晩とは長いな。我々もここ何日もまともに寝ていない。読み込みが完了するまで帰って寝ることにしよう」
それもそうだなと学者たちは口々に言い合い、帰り支度を始めた。
「まずい、出てくるぞ」
助手たちは物陰に隠れて学者たちが出ていくのを見送った。
「どうしたものかな」
「しかしあんなものがこの世にあっていいのだろうか」
「いいわけがない。宝くじの一等が必ず当たるコンピューターなんて、宝くじの意味がなくなってしまう」
「その通り、宝くじは当たるか当たらないかわからないからいいんだ」
助手たちは話し合い、コンピューターを壊してしまうことに決めた。部屋の中に入り、コンピューターの前に立つ。
「しかしすごいな、本当にこんなもの作ってしまうとは」
「そのやる気と精力を自分の研究にあててほしいものだ」
「このコンピューターが破壊されているのを見たら、また研究に戻ってくれるだろう」
助手たちは金槌やバットを持ち寄り、コンピューターをボコボコに破壊してしまった。そして部屋中に散乱している膨大な資料も燃やしてしまった。
そして翌朝、学者たちは破壊されたコンピューターがぽつんと部屋の中央に立っているのを発見した。
呆然と、閑散とした部屋を眺めたあと、一人の学者がぼそりと、
「また最初からか」とつぶやいた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?