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【短編小説】イエローカード

 とある雨の日の夜、僕は近所のコンビニに向かっていた。

 じめじめとした空気が夜の街を包み込み、若干のけだるさと憂鬱さを演出している。頭上から聞こえてくる雨とビニール傘のこすれる音が、うざったくて足取りを重くする。

 コンビニに到着し、店内に入る。

 店内には僕以外に客が一人と、レジに店員が一人。住宅街のど真ん中にあるこのコンビニは、いつも客数が少ない。

 まっすぐ、お弁当コーナーを目指す。そしてお目当てのお弁当を手に取る。

 から揚げ弁当。三九〇円。

 最近は専らこのから揚げ弁当にはまっている。コンビニ弁当ばかり食べていると体に悪いと頭ではわかっているが、自炊する気持ちにはなれない。
 そのままレジに向かい、会計を済ませる。

 店内を出て、自分の傘を取り出そうと傘立てに目を向けると、ビニール傘が二本さしてあった。一本は僕の使い古された傘。そしてもう一本は、おそらく今店内にいる客のものであろう、まだきれいな傘。

 ちらり、と僕は店内をのぞく。その客が飲み物コーナーにいるのが見えた。

 僕はきれいなビニール傘を手に取った。心の中でごめんなさい、と一応謝罪の気持ちを述べることで、罪悪感を最小限に抑える。

 ピピーッと笛の音が聞こえてきたのは傘を開こうとしたその時だった。

 暗闇の中から突然、黒い服を着た男が僕のほうに走ってきた。

 なんだなんだ、と僕が戸惑っていると、男は僕の目の前で立ち止まった。遠くから見たときは黒い服にしか見えなかったが、近くで見るとそれは、サッカーの審判服のように見えた。そして胸ポケットから黄色いカードを取り出して、

「イエローカード!」と男は叫んだ。

 そしてすぐに回れ右をして暗闇の中に消えていった。

 …………なんだ? 

 僕は傘とコンビニ弁当が入った袋を両手にもったまま、ぽかん、と立ち尽くしてしまった。

 周りを見渡してみても、もう誰もいない。ザーザーと夜の住宅街に雨が降っているのが見えるだけだった。

 よくわからず消化不良のまま、とりあえず家に帰ろうと気を取り直して傘を差そうとしたとき、今度は後ろのコンビニのほうから、ガタン、と大きな物音が聞こえてきた。

 振り返り、店内を見てみると、そこにはさっきの客がナイフをもってレジにいた店員に向かって叫んでいた。

「動くな! そのレジにある金を全部出せ!」

 コンビニ強盗だ! 僕はすぐさま壁に身を隠した。僕が持ち出そうとした傘の持ち主がコンビニ強盗をしようとしている。

 警察に通報しなければとポケットから携帯を取り出そうとしたとき、ピピーッとさっきの笛の音が暗闇の中からまた聞こえてきた。そして暗闇からさっきの審判男がこちらに走ってきた。さっきと違うところは、その男の後ろに二人、同じ審判服を着た男がついてきていることだ。

 審判三人組は、僕の横にあるドアから店内にドカドカと入っていった。
「な、なんだお前ら。こっち来るんじゃねえ!」と強盗の男が審判たちに叫びナイフを向けたが、先頭の審判はひるむことなく、男の前に立ち、後ろにいた二人が瞬時に強盗にとびかかり、強盗が抵抗する間もなく取り押さえてしまった。

「な、この! くそ!」と地べたで強盗が抵抗するが、がっちりと固められており、動けない。

 すると、先頭にいた審判が今度は胸ポケットから赤いカードを取り出し、
「レッドカード!」と地べたの強盗に向かって叫んだ。

 すると強盗を抑え込んでいた二人が無理やり強盗を立たせ、こちらのドアに向かってきた。

「おい! なんだよこれ! くそ! はなせ!」と強盗がジタバタと反抗しているが二人にがっちりと両脇から抑えられている。そして僕の横を通りすぎ、暗闇の中に消えていった。

 僕がその光景を眺めていると、いつの間にか残っていた審判が僕の横に立っていた。

「うわっ」と僕が思わず声を出してしまうと、審判は僕のほうを向いて、
「レッドカードは一発退場ですからね」と微笑むと、そのまま歩いて行ってしまった。

 住宅街にはザーザーと雨の音だけが残った。

 レッドカードは一発退場。彼の言葉が耳に残る。

 僕はもう一度コンビニの店内に視線を向けた。中では店員がレジのところでへたりと座っているのが見えた。

 そして、視線を手元にむけた。

レッドカードは一発退場。

 僕はさっきイエローカードをもらった。そして強盗はレッドカードをもらい、どこかに連れ去られてしまった。

 僕はしばらく手に持った傘を眺めた後、それを傘立てに戻した。そして代わりにもともと自分の傘である使い古された汚い傘を取り出し、家に向かって歩き始めた。

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