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これから、ここから。 〜とある休職中のオタクの想いごと最終回〜

 些細なことだけれど、それが自信に繋がることがある。私の場合、窓を開けて空を見上げ、「いい感じの青空だなぁ、どこかに出かけようかな」と思えたことがそうだった。

 サンダルを履いてベランダに出ると、風が吹き抜けてそれが心地よかった。今まではベランダに出る度によからぬ思いが過っていたので、極力出ることを控えていた。特に下を見ないように気をつけていた。それが今、天気の良さを楽しめている。そんな自分がいることを、私は素直に嬉しく思った。

 退職して数日が経った。感覚や感情を少しずつ以前のように取り戻せてきていると感じる。これまではどうしても仕事や職場の人間関係に思考がフォーカスして、気持ちがどんどん塞いで、気力が削がれ、体にも不調を及ぼしていた。だけど、そこから物理的に離れることを選択したら、心身共にとても軽くなった。そりゃ、どんどん貯金が減っていってることや、就活のことを考えると気分が下がるし不安も拭えないけど、私は私を蝕むものから離れられたのだと思うと、それだけで自分のことを救えた気がした。だから、私にとってこの選択は最適解だったのだと思う。よくやった、自分!

 私が退職したことを知った友人たちは、私の選択を尊重し、一区切りしたことを喜んでくれた。ある人は退職祝いとして花束をくれたり、またある人はごちそうを準備してくれたりした。私が体調を崩し始めたのが3月末のこと。だけど、彼女たちは前職の同僚だったこともあり、転職活動中もその後も適度な距離感で見守ってくれ、時にアドバイスし、決して意見を押し付けるわけでなく、私の考えを尊重してくれた。本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。

 このところ、心身共に調子のいい日が続いている。朝から洗濯をして家中の掃除をし、綺麗になった部屋でのんびりと過ごしている。家の床を水拭きしたので、素足でフローリングを歩くのが気持ちいい。こんな感覚も久しぶりだった。

 鏡も窓も拭き上げてピカピカにした。窓と玄関を開け放つ。風が通り抜けていく。私はソファにごろんと寝転がり、大好きなソシャゲにログインした。推しに迎えられる。私の推しは今日も世界一。

 メンタルを壊してからというもの、推しに対しても心が鈍っているせいか感情が動かず、あんなに大好きだったのになんで私は楽しめないんだろうと悲しくなった。大好きで推しているのだから楽しめないのはおかしい。楽しまなければいけないのに、という思考にもなった。その考え方はとても苦しく、だんだんログインすることすら億劫になってしまった。それでも、大好きな作品のことを疎んだり嫌ったりすることはなかった。好きの容量や形が変わってしまったのは、自分の病のせいだと理解していたからだ。

 ログインできない日があってもいい。情報を追えなくてもいい。最新話が更新されてもすぐに履修しなくていい。好きな気持ちがここにあるのだから。SNSで誰かに証明しなくたって、ちゃんと私がわかっているから、それでいい。自分のペースで大切に愛そう。

 そんな風に思ったら、ちょっと気持ちが楽になった。調子がいい日にログインしたり、情報をチェックしたり、ツイッターのTLを遡ってみたりするようにした。それは、自分が好きなものの輪郭をなぞるような作業だった。なぞって、心の動きを観察して、私は私が戻ってきているかを確認していたのかもしれない。

 今は少しずつ以前の自分を取り戻せていると感じている。もしかしたら退職したばかりで開放感に溢れるあまりハイになってる可能性もある。退職ハイというやつだ(そんな言葉があるかは知らない)。なんにせよ、きっと良い傾向に違いない。

 とはいえ、慎重さを手放してはいけない。無理や無茶は禁物。もう大丈夫だなんて勝手に思い込むのは危ない。だから、自分の体や心の声に耳を傾けながら、些細なことでも軽んじずに掬い上げていきたい。自分のことなのだ、きちんと見つめて大切に扱わなければ。

 今の私はおそらく回復傾向の坂道にいる。食欲も戻ってきているし、心も随分と動くようになってきた。だけど、脆さはあると思うので、負荷はかけ過ぎないようにしていきたい。メンタルクリニックとも上手に付き合っていければと思っている。

 退職した私は、久しぶりに国民健康保険のお世話になる。手続きに行った際には、国の制度にしっかりと頼って、今後の自分が少しでも生きやすくなるよう相談してくるつもりだ。

 自分が少しでも生きやすくなるように動くこと。

 自分を知ること。

 自分の意識を改革していくこと。

 そして人生の軌道修正。

 それが、今後の私のテーマだ。きっと、なるようになるはず!

 退職という選択をして休職期間も終わった。ここまでをひとつの区切りとして、次回からはタイトルを新たに、また日常と想いごとをぼちぼち綴っていければと思っている。



 先日ランチに誘ってくれた友人からLINEが届いた。彼女がくれた花束と一緒に写った私の写真付きだった。

 お気に入りのブラウンのロングワンピを着て退職祝いのサプライズに顔を綻ばせている私は、自分で言うのもなんだけど、なんだかいい顔をしていた。

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