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「雨」を感じる曲3選―すべてを濡らして色を増すように

 先日、「梅雨のはじまりとマイルス・デイヴィス」というエッセイをnoteに書いたのですが、そういえば、あまりnoteに音楽についての記事を書いていないなあとおもいいたりました。
 ついつい、記事の中心が書評になってしまうのですが、ふだんあんまり音楽を聴かないかたに向けて、良質な音楽をお届けしたい…という分不相応な気持ちが不遜にも昂じてきてしまったので、これからは折にふれて、テーマ形式で選曲をする記事も書いていければとおもいます(文学の趣味よりも音楽の趣味のほうがマトモなのでは、というずうずうしい自意識があります)。

 ということで、初回は、季節柄にかんがみて、「雨」を感じる曲を独断と偏見にもとづき選んでみます。
(それぞれ冒頭1分ていどでもよいので一聴してみてください。損はさせません。)

 1曲目にご紹介するのは、山下達郎の「スプリンクラー」

「雨」を感じる曲…と考えて、まっさきに思いうかんだのがこの一曲でした。イントロで落ちる「雷」の音と、それにつづく激しい雨の音とが、聴き手をいっしゅんにして雨の降りしきる湿潤な世界へとみちびきます。

 発売は1983年で、山下達郎の11枚目のシングルです(ちなみにこのつぎに発表されたシングルが、だれもが知るあの名曲「クリスマス・イブ」です)。ベースは伊藤広規、ドラムは青山純ということで、お決まりのメンバーです。
 気づけば、青山純が亡くなってもう7年以上経つんですね。キャリアの最後のころ、MISIAのライブでその演奏を生でみたのが、わたしには、最初で最後の彼のドラム姿になってしまいました。
 
 2曲目は、こちら。エロール・ガーナーの「ミスティ」

 やはり、ジャケットが強く印象に残っています。どこか憂いをおびた女性のうつむき加減の顔と、ガラスに点々とついた雨のしずく。そして、「ERROLL GARNER PLAYS MISTY」という紫いろのゴシック体の文字。
 鍵盤を強く、そしてときに弱くはじくガーナーの右手のタッチは、いやがおうでも、水たまりに広がる雨の波紋のかずかずをわたしに幻視させます。どことなく、クラシック音楽でいうところの印象派をおもわせるリリカル(抒情的)なひびきもありますね。

 発表は1954年で、ほどなくしてジョニー・バークによって作詞され、ジャズのスタンダードになっていきます。
 ”Misty”は「五里霧中」の意。歌詞には、”I get misty just holding your hand.”とありますが、恋に落ちて目のまえに「霧」がかかってしまった女性のこころがうたわれています。
 歌詞つきのものだと、わたしはエラ・フィッツジェラルドのバージョンをよく聴きました。

 そして3曲目は、ペトロールズの「雨」

 ペトロールズ…?だれ…?
 というかたもいらっしゃるかもしれませんが、「東京事変」のギタリストである浮雲(長岡亮介)が組んでいるスリーピースのバンド、といえばすこし親近感をいだいていただけるでしょうか。
 2008年12月31日に発表された「EVE2009」という小粋なタイトルのミニアルバムに収録されました。

 はじめて聴いたとき、長岡亮介の声とサウンドと歌詞のすべてが絡みあって発散してくるとてつもない色気に、イチコロでやられてしまいました。
 AメロからBメロにかけて、かなり音のかずは制限されているのですが、抑制のなかにも多彩な表現があるということを、ペトロールズのサウンドは教えてくれます。

「遭いたい気持ちはこの雨のように 全てを濡らして色を増すように」。
 かっこよすぎです。セクシーすぎます。生涯にいちどでもこんな曲がつくれたら、人間を廃業したってかまわない。そう思わせてくれるとてつもない一曲です。



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