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実証研究紹介13:先行研究の見つけ方、学術誌の選び方について

このページでは自分の専門と関連する分野を中心に、最近の査読付き学術誌(英語)での社会科学の実証・理論研究結果について紹介していこうと思います。このようなページを書こうと思った動機は、日本での政策議論や論壇等で国際的な査読付き学術誌での実証・理論研究成果にあまり目が向けられていないと思ったからです。細かい内容紹介や訳出は時間の制約上できかねますので、この投稿が論文の存在を知るきっかけ程度になればと思います。紹介した論文の送付もできかねますので、ご自身で入手をお願いします。

筆者の勤務する大学や博士号を取得したアメリカのインディアナ大学でも、学生が最初に学ぶことは先行研究をどのように見つけ、その内容をどう評価するかです(そのうえで、過去の研究成果を自分の研究設問に繋げていきます)。

例えば、政治家や行政官のジェンダーや社会的属性が政策に与える影響、市町村合併等の行政機構改革の効果、行政府の質 (Quality of Government)と経済社会的指標等に与える効果について興味があるとします。その際に、まず最初にこれまでの理論、実証研究結果から何が明らかになって、何が分かっていないのかを把握する必要があります。もちろん先行研究を無視をして、分析し、論文を執筆することは出来ます。しかし、理論・実証研究は積み重ねが大切で、これまでの研究から何が分かったのか分かっていないのか、そして現在行っている研究でどんなことが新たに分かったのかを明確にする必要があります(査読者からはほぼ間違いなく指摘があります)。その際に、どのように先行研究をみつけ、選択すればよいのでしょうか。(過去の先行研究結果を体系的にまとめるシステマティックレビューについてはこちらを参照ください)。ここでは、それらの大学で通常どのように教えられているかを簡単に説明します。

査読論文について

研究方法やリサーチデザイン等のコースで最初に教えるのは、査読付き学術誌とそうではない学術誌の区分です。査読論文(peer review)とは同じ分野(多かれ少なかれ)で研究をする研究者から事前に評価を受け、審査を通った論文のことで、査読なし(non-peer reviewed)とは査読を経ていない論文を指します。

一般的に査読は、同分野の研究者から匿名でコメントをもらい評価を受けることで、論文の質を担保すると言われています。学問分野によりますが、筆者の分野では論文を査読付きジャーナルに投稿すると通常2-4名の研究者により匿名で審査され、評価を受けます。最初の審査を受けるのに2-3か月かかるのが通常で、長い場合には半年以上待つ場合もあります。

審査では同じ分野で研究をしている研究者(必ずしもベテラン研究者だけではなく、若手の研究者や博士課程在籍中の学生も)が、論文の質について匿名でコメント、評価をします。各査読者の評価を踏まえて、学術誌の編集者が論文を受理するか(accept)、修正した上で再投稿(revise & resubmit)か、却下(reject)等の審査結果を出します。

一度の投稿で論文が受理されるのは殆どなく(私自身は一度もありません)、通常は、修正した上で再投稿 (R&R)か却下(reject)となります。査読者が査読をする以前に、編集者が判断して原稿が却下となる(desk rejection)の場合もあります。

査読者の修正要求は、文言の修正や追加で〇〇という関連する先行研究との関係性を示してほしいなど、比較的に軽微な修正要求もあれば、扱っているデータの年数が不十分なので5-10年分追加した方がよい、このようなデータも入れて分析をしたほうがよい等、多くの労力を要する修正依頼もあります。

筆者の場合、最近出版された公的部門と民間部門の能力主義に関するPublic Management Reviewという査読誌から出版された論文では、主に扱っている能力主義の概念について建設的ですか大幅な修正を要求するコメントがあり、2回も論文の理論部分を全面的に書き換えました。

分野にもよりますが、最初の投稿から最終的に論文が受理されるまでに少なくとも1年、長い場合は2-3年又はそれ以上かかります。筆者の場合は最長で3年弱を査読のプロセスに費やした論文があります。論文を分析して書き上げるために1年くらい要するので、1つの論文が出版されるのに4-5年近く又はそれ以上、時間がかかることがあります。査読では、論文の内容についてのみならず、書き方、読みやすさ、表現の仕方等についてもコメントを受けることが多いです。

査読の過程自体は大変厳しいものですが、査読を経た後の論文は内容や読みやすさの点で研究の質が向上したと考える研究者は多いと思います。査読とは何かについては、たとえば次のようなビデオ等を参照 Peer Review in 3 Minutes What is peer review?

勤務先の大学でもその他の多くの大学でも、学生には先行研究を調べる際には査読付き学術誌か査読を経たUniversity press等からの書籍を中心に検索するように伝えます(筆者だけではなく、同僚も含めて共通の基準として)。

何故かといいますと、上記の論文の質の担保と関係があります。例えば、政治家や行政官のジェンダーや社会的属性が政策に与える影響や市町村合併等の行政機構改革の効果等の研究トピックについて、学生が研究論文を書きたいとします。まずは、過去の理論・実証研究から何が分かっているのか、分かっていないのかを明確にしないといけません(例えば政治家や行政官のジェンダーが政策に与える効果について、これまで何が分かってどういう効果があるのか、何が分かっていないのか等)。

しかし、レビューする文献の対象として、査読論文ではなく、grey literatureと呼ばれる査読を経ていない研究結果(例: 世界銀行やIMFなど政府機関やシンクタンクのポリシーレポート、〇〇白書等、pre-print, working paper等と呼ばれる査読前の研究)、新聞・雑誌記事、に多く依拠して文献レビューをしている場合は、学生には査読論文を中心にレビューするように伝えます。

社会科学の実証研究ではこれまでに何が分かって、分かっていないかを明らかにした上で自分の研究がどのような貢献をするのかを説明します。しかし、依拠する先行研究の対象自体が適切ではない場合、論文自体の信頼性や妥当性も低くなってしまうからです。

学術誌の選び方について

査読付き学術誌と一口にいっても多くの学術誌があり、どの学術誌も同程度の質を保っている訳ではありません。学術誌の中には粗悪学術誌(predatory journal)と呼ばれる実質的な査読を行っていないジャーナルも存在するので、注意が必要です。

どのような学術誌が一定の質を担保していると見なされているかというと、社会科学の場合はSocial Science Citation Index (SSCI)に掲載されている学術誌や、Emerging Sources Citation Index(ESCI)(Science Citation Index(SCI)の掲載基準には達していないが、ジャーナルとして国際的な基準に達しているジャーナル), SCOPUS, NSD (Norwegian Register for Scientific Journal)等に掲載されている学術誌が該当します。例えば、SSCIでは2019年度に行政学では48の学術誌、政治学では180の学術誌が掲載されています。

各学術誌は1論文当たりの平均引用数を基にした指標であるImpact factorによって学術誌の相対的な影響力の大きさが計測され、研究者にとっても一つの参考資料として使われます。残念ながらImpact factorを含むSSCIリストは大学図書館等からでないとアクセスが出来ませんが、各学術誌のHPにたいてい記載されています。学術誌がどの分野に掲載されるかは扱うテーマにより、Journal of European Public Policy, Governance, J-PARTのように政治学、行政学両分野掲載のものもあれば、どちらかのみの学術誌もあります。

しかし、扱うテーマが広い学術誌の方が特化したテーマの学術誌よりも引用数は大きくなりがちであることや、研究コミュニティーの大きさによりimpact factorが左右される等の問題もあるため、SSCIやImpact factorのみを絶対的な評価基準として用いるべきではないと思います。Impact factorが低い学術誌であっても、引用数が多く影響力がある論文は多く存在します。あくまで参考程度がよいかもしれません。また、SSCIでの学術誌ランキングは毎年入れ替わりも多く、昨年までは10位だった学術誌が今年は2位等ということはよくあります。

ノルウェーでの学術誌リストであるNSDでは学術誌の評判や質に応じてLevel 1とLevel 2というように区分しています。例えば筆者が編集委員を務めるAsia Pacific Journal of Public AdministrationはLevel 1 journal、GovernanceはLevel 2 journalと区分されています。Level 2のほうが様々な評価基準に基づき各分野でより重要な研究成果を掲載しているジャーナルとNSDでは考えられています。Scopusのリストはこちらから分野を選択の上ダウンロードできます。

筆者の勤務先やアメリカの博士課程での経験では、学生の論文指導を行う際に、過去の理論・実証研究成果を調べる時に、査読付き学術誌であれば何でもよいわけではなく、一定基準の要件を満たした学術誌(上記のSSCI, SCOPUS, NSD, ESCI等のリストに掲載されているもの等)をレビューするように伝えることが一般的です。

学生や研究者でない場合でも、メディアやシンクタンク関係者等が特定の政策や改革などについてこれまでの実証研究結果を把握したい場合、掲載されている媒体に注意を払うことも必要かもしれません。

SSCI等に掲載されている学術誌は一部を除いて大半が英語を主要言語としています。査読誌での英語での理論・実証研究の積み重ねと、英語圏以外での各国の言語による理論・実証研究の積み重ねを結ぶような研究については別途書いています。


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