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実証研究紹介18:代表的官僚制の考えと効果 (2)

このページでは自分の専門と関連する分野を中心に、最近の査読付き学術誌(英語)での社会科学の実証・理論研究結果について紹介します。このようなページを書こうと思った動機は、日本での政策議論や論壇等で国際的な査読付き学術誌での実証・理論研究成果にあまり目が向けられていないと思ったからです。こうした研究から、目の前の課題に対して即効性のある解決策を見つけるのは難しいかもしれません。しかし、問題と解決策を体系立てて考えるヒントを得られ、役立つ部分が多いのではないかと思うので、出来る範囲で紹介したいと思います。細かい内容紹介や訳出は時間の制約上できかねますので、この投稿が論文の存在を知るきっかけ程度になればと思います。紹介した論文の送付もできかねますので、ご自身で入手をお願いします。

今回は以前にも紹介した代表的官僚制 (representative bureaucracy)の続編で、査読付き学術誌における最近のいくつかの主要な研究結果を紹介します。この考え方は日本ではまだ広がっていませんが、行政学の教科書や査読付きジャーナルでは必ず取り上げられるトピックです。筆者の所属する大学での比較行政学や政策過程の授業でも取り上げますが、学生同士の議論はいつも一番盛り上がります。

代表的官僚制の考え方は一言でいえば、社会を構成する人たちの属性と官僚・公務員の属性を近いものとすることで、公共サービスがより民主的で公正さを保つものになるという考え方です。どのような属性に注目するかというと、人種、性別、社会階級、宗教、教育レベル、地域等の要因があります。つまり、公共政策の執行、公共サービスを提供する責任をもつ行政組織の構成員の属性を、そうしたサービスの提供を受ける市民、住民の属性となるべく近いものとすることで、政策実行、公共サービスの提供をより民主的、公正、効果のあるものとする考えです。

先行研究は主にアメリカ、イギリス、ベルギー、ドイツ、南米諸国等で行政官の人種やジェンダーによって、市民の住民の行政に対する信頼、協力度合い、親しみ、行政手続きの公正さ、住民ニーズや選好に対する応答性の高さ、組織パフォーマンスがどのように変化するのかという、代表的官僚制のもたらす効果関する研究が多くみられます。それだけではなく、行政では実際にどの程度、人種やジェンダーの面から多様な人材が採用や昇進において重視されるのかという実証研究が多くみられます。

日本においても人種的に既に多様な地域や多様になりつつある地域は一定程度存在しますし、政府におけるジェンダー格差は既に問題になっています。また、警察や地方自治体の不祥事によって市民からの信頼回復が課題となっている組織もあると思われます。積み重なっている査読付き学術誌での実証研究から学べるところも多いのではないかと思います。

以下、いくつかの最近の実証研究を紹介します。

Dantas Cabral, A., Peci, A., & Van Ryzin, G. G. (2022). Representation, reputation and expectations towards bureaucracy: experimental findings from a favela in Brazil. Public Management Review, 24(9), 1452-1477. Link

ブラジルのリオデジャネイロにおけるスラム居住者を対象としたサーベイ実験。警察と公立学校という住民からの評判が異なる組織(警察=暴力的で評判は高くない、公立学校=評判は比較的高い)の長にどのような人物が就任すると、1)住民は公正に扱われていると感じやすいか、2)今後、組織としての業績、パフォーマンスが高まると思うかどうかについての実験データ。組織の長が同じスラム出身かどうかで代表性を測定。どちらの組織でも、組織の長に同じスラム出身者が就任し、自分たちのことが代表されていると感じると、住民はいずれの組織でも公正に扱われ、その組織は高いパフォーマンスを上げるであろうと思う。特に既に評判の悪い組織(=警察)の長に同じスラム出身者の人物が就任すると、自分たちはより公正に扱われるであろうという感覚が高まるという結果。

Riccucci, N. M., Van Ryzin, G. G., & Jackson, K. (2018). Representative bureaucracy, race, and policing: A survey experiment. Journal of Public Administration Research and Theory, 28(4), 506-518. Link

アメリカでの市民対象のサーベイ実験。住民が警察の組織パフォーマンス、信頼、公正さについてどう思うかを、警察職員の人種構成(白人、アフリカ系)によってどう変わるかを分析。アフリカ系住民の間では、自分たちと同じアフリカ系の警察職員が多いと警察の組織パフォーマンス、信頼、公正さは高まると感じられる。しかし、白人住民の間では、少し低くなるとの結果。

Baniamin, H. M., & Jamil, I. (2023). Effects of representative bureaucracy on perceived performance and fairness: Experimental evidence from South Asia. Public Administration, 101(1), 284-302. Link

バングラデッシュ、ネパール、スリランカの住民を対象としたジェンダーの代表性に関するサーベイ実験結果。女性に対する暴力に関する行政の対策委員会の構成員が男性中心か女性中心かによって、どのように、住民の女性に対する暴力の取り締まり対策の効果と取り締まりの公正さが高まるかどうかを分析。女性が平等に代表されている、より多く代表されている場合、対策委員会の業績と公正さも高くなると認識するという結果

Baekgaard, M., & George, B. (2018). Equal access to the top? Representative bureaucracy and politicians’ recruitment preferences for top administrative staff. Journal of Public Administration Research and Theory, 28(4), 535-550. Link

ベルギーの地方議員に対するサーベイ実験。行政管理職にどのような人物が望ましいかどうかについて、人種、年齢、ジェンダーがどのような影響を与えるかについての分析。人種的なマイノリティー、女性、若い管理職候補者が選ばれやすいとの結果

Jankowski, M., Prokop, C., & Tepe, M. (2020). Representative bureaucracy and public hiring preferences: Evidence from a conjoint experiment among German municipal civil servants and private sector employees. Journal of Public Administration Research and Theory, 30(4), 596-618. Link

ドイツにおけるサーベイ実験。公的セクターと民間セクターの採用で、人種、ジェンダーという要因がどのように影響を与えるかについての分析。民間セクターでは人種による採用上での差別が見られるが、公的セクターでは見られないとの結果

Pierskalla, J. H., Lauretig, A., Rosenberg, A. S., & Sacks, A. (2021). Democratization and representative bureaucracy: An analysis of promotion patterns in Indonesia's civil service, 1980–2015. American Journal of Political Science, 65(2), 261-277. Link

インドネシアの1980-2015年の行政データを用いた実証研究。インドネシアの民主化は女性とマイノリティー職員の昇進に不利に働いたとの実証研究結果。

その他、最近のいくつかの研究は次の通り。

Fernandez, S., Koma, S., & Lee, H. (2018). Establishing the link between representative bureaucracy and performance: The South African case. Governance, 31(3), 535-553.

Hong, S. (2017). Black in Blue: Racial Profiling and Representative Bureaucracy in Policing Revisited. Journal of Public Administration Research and Theory, 27(4), 547-561. doi:10.1093/jopart/mux012

Cingolani, L. (2023). Representative Bureaucracy and Perceptions of Social Exclusion in Europe: Evidence From 27 Countries. Administration & Society, 55(3), 515-540.

Van Ryzin, G. G. (2021). The perceived fairness of active representation: Evidence from a survey experiment. Public Administration Review, 81(6), 1044-1054.

Vinopal, K. (2020). Socioeconomic representation: Expanding the theory of representative bureaucracy. Journal of Public Administration Research and Theory, 30(2), 187-201.


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