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博士課程の総括note

簡単に、自分の3年間を振り返ってみたいと思う。ステータスとしては、東大の学部→東大建築の修士→東大の博士、という感じで、ずっと内部進学である。専門はVR・MRと建築・都市などで、修士から博士までのあいだの主な業績は以下の通り。

■ 学術雑誌等(紀要・論文集等も含む)に発表した論文、著書
1. 石田康平, 酒谷粋将, 田中義之, 千葉学, VRを通した空間の経験が設計プロセスに与える影響 建築設計における創造的プロセスを支える対話ツールとしてのVRに関する研究(その1), 日本建築学会計画系論文集, 日本建築学会,Vol.84, No.761, pp.1579-1587,2019[全文査読]
2. 石田康平, 千葉学, 田中義之, 酒谷粋将, MR 空間の経験に基づく設計対象の関係性の認知 建築設計における創造的プロセスを支える対話ツールとしてのVRに関する研究(その2), 日本建築学会計画系論文集, 日本建築学会,Vol.86, No.781, pp.815-825,2021[全文査読]
3. 石田康平,野城智也, MRを用いた体験を通した設計情報の提示がもたらす段階的な認知の誘導 Select Your Lifestyle 展プロジェクトを対象として, 日本建築学会計画系論文集, 日本建築学会,Vol.87, No.798, pp.1452-1462,2022[全文査読]

■ 国内学会・シンポジウム等における発表
4. 〇石田康平, 酒谷粋将, 田中義之, 千葉学「VR を通した空間の認識と連続的な体験を起点とした設計問題の再設定のプロセス」, 日本建築学会大会学術講演梗概集 東北, 日本建築学会, 2018[査読なし]
5. 〇石田康平, 酒谷粋将, 田中義之, 千葉学「設計ツールとしてのVRとその経験が有する特性に関する理論的考察」, 日本建築学会大会学術講演梗概集 北陸, 日本建築学会, 2019[査読なし]
6. 〇石田康平, 千葉学, 田中義之, 酒谷粋将 「MRを通した空間の経験が設計プロセスに与える影響」日本建築学会大会学術講演梗概集 関東, 日本建築学会, 2020[査読なし]
7. 赤川英之, 石田康平, 門脇ゆうき, 野城智也「MRを通した縮小された空間情報の提示が鑑賞者の設計への認識に与える影響」, 情報シンポジウム2020, 日本建築学会, 2020[梗概査読]
8. 〇石田康平, 野城智也 「MRを用いた体験を通した設計情報の提示がもたらす段階的な認知」日本建築学会大会学術講演梗概集 東海, 日本建築学会, 2021[査読なし]
9. 〇高木真太郎, 石田康平, 村井一, 野城智也「支援物資集積拠点の平時と災害時における利用状態の比較」日本建築学会大会学術講演梗概集 東海, 日本建築学会, 2021[査読なし]
10. ○石田康平, 野城智也「MRを用いた体験を通した設計情報の認知の誘導」, オーガナイズドセッション建築・都市分野のXR・メディア 2021, 情報シンポジウム 2021, 日本建築学会, 2021[査読なし]
11. 〇石田康平, 野城智也「オンライン通話システムの活用を通した「あわい」の創出による空間の拡張」, 情報シンポジウム 2022, 日本建築学会, 2022[査読なし]
12. 石田康平, 建築情報学会Annual Academic Conference 2023「ダンスする建築」登壇(ほか登壇者:鳴海拓志, 伊藤武仙, 番匠カンナ、オーガナイザー:北本英里子), 建築情報学会, 2023

■その他
13. 石田康平, ERI Design Competition 2017特別賞(3位相当), 2017
14. 石田康平, Shinkenchiku Residential Design Competition入賞(238作品→6位), 2018
15. 石田康平, 公益財団法人クマ財団2期認定クリエイター 採択(1800名以上→50名), 2018
16. 石田康平, 東京大学トヨタドワンゴ高度人工知能人材 給付奨学金 採択, 2018
17. 石田康平, 作品「都市の移動を考える2冊の絵本」を展示発表,Cross Innovation Forum(東京国際フォーラム), 2018
18. 石田康平, Podcast「Takramcast」出演及びトーク,「メガネ、建築、VR〜想像と記録」回, 共演:渡邉康太郎氏(コンテクストデザイナー), 再生回数:4416回(2019/1/2時点),2018
19. 石田康平, Podcast「Takramcast」出演及びトーク,「建築とコンテクストデザイン──誤読のきっかけ」回, 共演:渡邉康太郎氏(コンテクストデザイナー), 再生回数: 4246回(2019/1/2時点),2018
20. 石田康平, Podcast「Takramcast」出演及びトーク,「春画と建築、ものがたり」回, 共演: 渡邉康太郎氏(コンテクストデザイナー)及び朝吹真理子氏(芥川賞作家), 再生回数: 4079回(2019/1/2時点) ,2018
21. 石田康平, Podcast「Takramcast」出演及びトーク,「言葉によらないコミュニケーション──存在と不在」回, 共演:渡邉康太郎氏(コンテクストデザイナー), 再生回数: 4246回(2019/1/2時点),2019
22. 石田康平, Podcast「Takramcast」出演及びトーク,「D2Cに求められる空間づくり」回, 共演:佐々木康裕氏(ビジネスデザイナー), 再生回数:4143回(2019/1/2時点),2019
23. 石田康平, Podcast「Takramcast」出演及びトーク,「霧の彫刻、霧の建築〜形のない体験」回, 共演:渡邉康太郎氏(コンテクストデザイナー), 再生回数:4470回(2019/1/2時点),2019
24. 石田康平, Podcast「Takramcast」出演及びトーク,「機械学習と建築の存在と不在」回, 共演:櫻井稔氏(デザインエンジニア)及び渡邉康太郎氏(コンテクストデザイナー), 再生回数: 4662回(2019/1/2時点),2019
25. 石田康平, Podcast「Takramcast」出演及びトーク,「VRと建築〜バーチャルリノベーション」回, 共演:渡邉康太郎氏(コンテクストデザイナー), 再生回数:3677回(2019/1/2時点),2019
26. 石田康平, Podcast「Takramcast」出演及びトーク,「想像と無意味」回, 共演:渡邉康太郎氏(コンテクストデザイナー), 再生回数:4340回(2019/1/2時点),2019
27. 石田康平, Podcast「Takramcast」出演及びトーク,「無意味のデザインと建築」回, 共演:渡邉康太郎氏(コンテクストデザイナー), 再生回数:4925回(2019/1/2時点),2019
28. 石田康平, Podcast「Takramcast」出演及びトーク,「データと誤読」回, 共演:櫻井稔氏(デザインエンジニア), 再生回数: 3802回(2019/1/2時点),2019
29. 石田康平,作品「Virtual Renovation」を展示発表, Kuma Exhibition 2019(表参道スパイラルギャラリー), 2019
30. 石田康平, AR Service Design Meetup登壇及び講演(他登壇者: 株式会社ENDROLL CEO 前元健志氏, 株式会社MESON CEO 梶谷健人氏,河原崎ひろむ氏), 2019
http://ar-bito.com/2019/07/04/world-mr-news-ar-service-design-meetup01-3/
https://xr-hub.com/archives/17168
31. 石田康平, Lexus Design Award 2020にてInternational Prototype Shortlist選出, 2019
32. 石田康平, 東京大学大学院工学研究科建築学専攻長賞, 修士論文「VRおよびMRを通した空間の経験が設計プロセスに与える影響」, 2020
33. 石田康平, 佐々木泰樹育英会奨学生に採択, 2020
34. 石田康平, 第三回片岡賞にて入選, 2020
35. 石田康平, 拒絶からはじまる人と建築の出会いのデザイン Experiential Facadeのデザインを通して多様性の受容を再考する, 建築と社会 2020年6月号, 2020
36. 石田康平, 建築・都市サイバー・フィジカル・アーキテクチャ学社会連携研究部門 開設記念シンポジウム「アーキテクチャのためのサイバー・フィジカル・アーキテクチャ」登壇(他登壇者:東京大学生産技術研究所教授 野城智也氏, 同客員教授 豊田啓介氏, 同特任研究員 村井一氏, 構造計画研究所 井野昭夫氏),2020
37. 石田康平, 株式会社豊田通商にて、VRとデータ空間に関する講演を担当, 2020
38. 石田康平, 日本学術振興会特別研究員に採択(DC2), 2021
39. 石田康平, 研究成果の一部がWiredに掲載「ヴォイドという祝祭空間 XRが拡張するディスタントネイバーフッド」, Wired Vol.41, 2021
40. 石田康平, 新建築論考コンペティション2021にて最優秀賞を受賞, 2021.10
41. 石田康平, 「夢の中で暮らすことから始まる都市の公共性のこれから」が『新建築』巻頭論文に掲載, 新建築 2021年10月号, 2021.10
42. 石田康平, 2021年度日本建築学会大会(東海) 若手優秀発表賞 (建築計画), 2021.11
43. 石田康平, 論考「『ない』ことから考える人の集まりかた FC今治とそのスタジアムと街と人々の関わりの力学」が掲載, SHUKYU magazine, vol.10, 2022.03
44. 石田康平, ラジオ局J-WAVE「TAKRAMRADIO」に出演, 2022
45. クマ財団活動支援生に採択, 2022
46. 石田康平, 第41回昭和池田賞にて論文「キャラバン、城壁、プラットフォーム 日本の博士課程の歪みとAcademic Transaction Platformのための試論」が優秀賞を受賞, 2022
47. 石田康平, 昭和池田記念財団奨学生として採択, 2022
48. 石田康平, 第17回ダイワハウスコンペティションにて「能面をつけて8人が暮らす集合住宅」の作品で優秀賞を受賞(192作品中2位), 2022
49. 石田康平, 『新建築』2023年1月号に「待像(Waiting realities)」についての原稿が掲載, 2023

1. 博士課程に進んだ経緯

修士の時に、スマートグラスが普及した未来の都市構想の作品や自動運転が普及した時代の都市構想の作品などを製作していた。

そういうことを続けたいんですよね、とPanasonicの執行役員に相談した際に「事業会社としては、社長といえども株主に対して説明責任があるから、先行きの見えづらいものにお金をだしづらい」と言われた。同時に「しかしアカデミアはいいかもしれない」とも。

例えば東大でこういうことを研究としていて、論文などの実績もあり、うちの会社と親和性があるのでこのくらいお金を入れてみます、ということであればぐっと説明しやすくなる、とのことだった。なるほどアカデミアはそうした言い訳づくりにも使えるのだな、と思い、そういうことを検証しようとして、博士に進むことにした。

(詳細は以下のnoteにまとめてあります。)

2. 博士課程に進んでみた結果

まだ詳細は言えないものもあるが、自分の希望したような共同研究もできたりして、おおむね上記の仮説は正しかったと思う。自分の指導教官がそうしたことを受容してくれる先生だったということも大きい。

この4月からは気が付くと東大で研究者になっていた(特任助教)。博士の最後くらいからアカデミアのシステムの難しさも気付くようになってきた。

現状のシステムでは、いくら自分が時間かけて申請書など頑張っても、科研費や共同研究費で買った備品は大学にお召し上げになる。つまり研究費で研究環境を構築すると、それらの首根っこを大学に掴まれるわけだが、助教など確実に数年でその環境を失うことが明確な場合、状況はかなり厳しい。

数十万円単位なら個人で研究資材を買っておいた方がアカデミアの職に執着しなくても済む。お金と環境面で大学から離れておくことはとても大事だと思うようになった。もちろん専門によって全く違うが、アカデミアを離れても研究を(細くとも)続けられる状況を構築することが継続性の点ではすごく大事に思える。

教員になって東大の中で面白かったこととしては、先生方の交流はわりとフランクということである。何かシステムの効果的な利用のためのブレスト会に先生方が数十人フラッと集まって自由に議論していたりする。そういう空気感があることは驚きだった。学内でいろいろな先生を回っていると、本当になんというか迫力が二分しているというか、凄まじい先生とあまりそう思えない人に分かれる(すみません)。

凄まじい先生方は若手の雇用の問題や内部留保の問題や経営的な問題を全体として最適化できるように努めている。とはいえ自分としては、若手の身分であることもふまえると、今は、アカデミアから離れたところで研究が自由にできる仕組みづくりに努める必要はあるなと痛感している。

3. 研究室選びの理由

博士の研究室は、修士2年のはじめに選ぶことになる。修士のあいだは東大の千葉研というところでVRやMRを建築設計でどう使えるか?ということを「The研究」としてはしていて、博士ではより施工や生産なども含めて考えられたらいいなと思って、それまで所属していた設計系の研究室を離れて生産系の研究室に行くことにした。

しかし修士の終り、修士論文を書き上げた直後に大きくピボットし、どちらかというとVR空間を哲学的に考えるような研究へと振り切ったので、当初の想定からは大きくずれた。博士の指導教員としても、当初の想定と大きく異なり混乱されたと思うが、最後まで自由にやらせてもらえた。

同期の博士課程は、研究室の雑務や後輩指導にもっと追われ、先生から大量に仕事をふられ、朝から終電近くまで頑張って、日曜日には鬱憤をはらすように暴走している人もいたので、そのような状態と比べても異様に恵まれていたとは思う。

コロナ禍と博士課程3年間が丸かぶりして色々と大変なこともあったが、かなり自由に活動することができた。

4. お金のこと

博士課程でネックになるのがお金である。実家からの進学と一人暮らしで大きく異なるが、概して一人暮らしのほうがもちろん厳しい面はある。

僕の場合で振り返ってみると、修士から博士までの5年間で1600万円ほど給付型奨学金などのお金を受け取っていた。年換算すると300万円と少し。おまけに仕事でもちらほらと数百万円単位では稼いでいて、アディショナルで、コンペなどの賞金などもあった。金銭的には異常に恵まれた博士課程であったと思う。

極論、朝から晩まで寝ていても月に40万円くらいはベーシックインカムが入るような状況のときもあった。

あまり知られていないが、給付奨学金などは、きちんと出せばかなりもらえることが多い。なんというか、やり方のようなものがあるのだけど、あまりみんなわかってない感じがする。実際、それまでそういうのに出したことのない学部生の子の書類を添削してみたら、修士などを押しのけて学部生で給付型奨学金に通った(から、基本的なノウハウはあまり間違っていないと思う)。

僕の場合では、学部生の頃から出し続けて、いろんな人にフィードバックをもらって肌感を高めていった。おおよその自分なりのノウハウは以下のnoteにまとめたので気になる人はみてもらいたい。もちろんもっと色々と細かいところはあるのだが。

これは自分なりの考え方だが、給付型の奨学金や給料などを何らかの形でもらえるかどうか?を博士課程進学のひとつの目安にしてもいいのかな、とは思う。博士をとってもその後も研究職に進もうとすればいろんな勝負が続くわけだが、ある程度人に「お金を出していいよ」と思ってもらえるのがプロの基準とすると、お金を受け取れるかは進学していいか(プロ見習の修行に行っていいか)の目安になるとは思う。学振などでなくとも、先生がRAを出してくれるとか、そういう事でいいと思う。

ちなみに、学振は僕が博士1年の時はまだ副業制限が厳しかったので、学振を受領せずに自分で働く選択を取ってみたのだが、2年からは副業制限もゆるくなったので受領すると、生活はだいぶ楽になった。絶対給料が、福利厚生などなしで20万円と言われるとタフな感じがするが、ベーシックインカムで20万円もらえると本当に最高だなという感じがする。

コロナ禍と同時に博士課程が始まった1年目、混乱の中で仕事をしながら博士課程に通っていた時は以下のような生活だった。これらが同時並行で進んでいた。

研究室
・研究室の展示プロジェクトのリード&デザイン
・研究室のデザインプロジェクトのリード&デザイン
・後輩の修士論文指導1~2本(資料作成の補助、議論、論文執筆補助)
・後輩の10月提出論文指導1本(資料作成の補助、議論、論文執筆補助)
・研究会の参加
・その他雑務(運営系、対外雑務など)

仕事1:AIベンチャー
・オフィス設計、施工者とのやりとり、マネージメント
・製品ホームページのデザイン
・Stenaという製品のコンセプト/UX/UIデザイン
・インターナルブランディングと資料作成

仕事2:公認会計士の集まったベンチャー
・主力製品のデザインコンサルティング
・サポート資料作成

博士での自分の研究
・自分の論文、9月中旬締め切り1本
・自分の論文、10月めど1本(継続的研究)
・全文査読の論文(提出済み、査読結果待ち)
・博士論文の執筆

条件
・資金的余裕(見通し)なし。自分の稼ぎや高倍率の給付奨学金から生活費(住居費、学費、通信費、食費など)に加え、研究費(書籍費用、リサーチの旅費)、何かあったときの貯蓄を行う。予測できるのは1年後まで。それ以降の見通しはなし。
・修了の見通しなし(博士がどのくらいのクオリティでとれるのかは不明。コロナでリサーチのスケジュールがすべて崩れてはいる。
・修了後の職の見通しはなし。
・「辛いかも…」というと「自分が好きで選んだんでしょ」となって愚痴が終わる立場ではある。
・社会人扱いはされない(まだ学生をやっている半端者という扱いをいたるところでうける)
・学割は使える。
・普通に生活は一人暮らし(掃除、洗濯、片付けなどもきちんとやる)。

今振り返っても、コロナ禍の混乱の中でこれはかなりキツイものがある。

これも個人的な感想だが、お金や人的リソースが十分にあれば研究ができるというのはかなり妄言で、限られたお金と限られたリソースでいかに最大出力をだすか?というマネジメント力こそが研究力という感じがするので、博士課程では本当はそういうことを身に付ける必要があるのだろうなとは思う。

東大の場合でいうと、大学は巨大な会社というよりは小さなベンチャーの集合体という感じがある。研究業績も、会社名でなく個人名ででることもふまえると、ある程度個人事業主としてやっていく気持ちは必要なのかなとは思う(そう考えると、学生身分を使って給付で奨学金を得られるというのはかなり利用可能性がある)。

5. 研究室を選ぶときの基準?

小さなベンチャーの集合体であるゆえに、修士や博士の生活は大学というより研究室ごとに大きく依存するので、慎重に見極めることが大事と思う。自分が大学院生活の上で最も大きかったのは、修士課程の時の研究室の研究員の方が、とても論文を書ける人で、その人に丁寧に指導してもらったことがその後とても大きかったと感じる。

建築だと黄表紙(日本建築学会計画系論文集)をしっかり書いてる人が指導してくれる位置(先輩とか助教とか研究員とか)にいるのが好ましい気がする。

建築で修士の人とかは修士論文でカオスになる人も多いと思う。

論文はやっぱりアカデミアの作法とかルールのようなものがすごくあるので、なんだかんだ普通に仕事をしてきただけでは書けない部分も多い(気がする)。いわんや研究指導など、サーベイの仕方から図版の作り方から論文のクオリティの見極め、文章の校正まで丁寧にやってもらえないと学べないところもあって、結局最後は論文を書くスキルがないとしんどくなるので(博士は案外放任主義が多いので、特に)、論文指導をきちんと受けられる、ファーストオーサーでそれができる場所、というのは大事かもしれない。

論文執筆のスキルを学べたかが、振り返ってみると、生活を進める上で一番大きかったような気がする。

6. 生活のこと

研究室で次第に自分の研究だけに集中させてもらえるようになって、仕事もほとんど辞め、お金をもらって生活していた。一見楽だが、ミクロでみると辛いこともたくさんある。そういうことはマガジンにつらつらと綴って来たので、ここではあまり触れない。

7. スキルのこと

博士課程のあいだで一番辛かったことは、まるで自分のスキルが全く伸びていないかのように感じるところだった。

修士のときにはTakramというデザインファームでインターンさせてもらっていて、研究も研究員の方に手厚く指導を受けていて、できることが増えていく感覚があった。それが博士の間には、自由になったものの、ほとんどなくなったような感じがした。コロナ禍のせいもあったと思う。16平米ほどの小さな部屋に3年間閉じこもってひたすら研究をする、という感じで、スキルは伸びてない気がする。

自分のせいもある気がするが、修士のあいだに蓄えたスキルをすり減らして生きていくような感じがして苦しかった。これが一番つらかったし焦りだったかもしれない。

8. 博士論文と研究のこと

博士論文は3年で書き上げることができた。3年の間に業績を重ねていくこともできた。

しかし何というか、コロナ禍のハードな中で、本当にご縁に恵まれ、死にそうになるたびに救われた、という感じがする。FC今治の矢野社長やTakramの渡邉康太郎さん、突然のお願いにも関わらずご指導いただき副査も務めてくださった稲見先生、建築家の青木淳さん、同期の友人らはじめ、多くの方々に助けられてなんとか研究を進められた感じで、自分の力のようなものは本当に薄かった。

超長いレポートや文章をすぐに読んで、細かくコメントやアドバイスをくれる人に囲まれていた。これは本当に恵まれていたと思う。というかそれが何とか3年で課程を終えられたすべてだったかもしれない。博士生活をつづるマガジンを見てくれる人がいて、あったときに声をかけてくれたりしたというのもすごく大きかった。

9. まとめ

・自分の活動の幅を広げるためにアカデミアを活用したく博士課程に進学した。
・研究室はVRを設計から施工までのプロセス全体で考えたいと思って選んだが当初の想定とテーマは大きく変わった
・生活費やお金は給付奨学金などを活用したりしながら、恵まれたまま進んだ。
論文をとりあえず書けるスキル、を身につけられると大学院生活は楽になる(実感)。
・コロナ禍と博士課程の3年間は丸かぶりで大変だったが、その中でも特にスキルが伸びてない焦燥感が最も辛かった(これさえあれば、多少きつくてもかなり頑張れると思う)。

統計のあやもあるだろうが、「日本の博士課程は米軍に入って戦場に行くより危険」と言われたりする。文科省の統計で進学後に「死亡・失踪」になる率が、学部生だと100人に対して0.6人くらいとかなり低いのだが、博士になると100人に6人〜13人くらいになっている。

米軍になって戦場に行った際の死亡率が、一番ひどい戦争は除くと、2番目にひどい戦争で100人あたり2.5人くらいで、まあ統計の歪みがあるとしても、明らかに鬱などに陥って苦しんでいる人が少ないことは想像に難くない数字なのである。体感としてはあまりズレがない。かなり大変だったし、修士課程と比べると、10倍くらいハードだった。

振り返ると、博士課程は二度とやりたくない。一度は経験してよかったし、何より自分の力というより周囲の人に救われて修了したのであれなのだが、二度とやりたくない。コロナも二度とこないでほしい。

でも博士を取れて良かったと思う。

(投げ銭していいよって方はぜひお願いします)

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