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133 幾つもの後ろ姿

「……」
「アンヘル、どうしたの?」

 木々に囲まれた暗い場所で立ち止まり耳を澄ませるようにして目を閉じる男。突然の行動に傍にいた少女が問う。

「ああ、どうも龍脈に乱れが生じている」
「このぞわぞわした感じのこと? りゅうみゃくって?」
「ほう、肌身に感じられるとはお前もなかなか見どころがあるようだ」

 僅かに思案した後、答える。

「……そうだな、わかりやすく言うなら大地に根差す血流のようなものだ」「血? 大地にも血があるの?」
「ああ、かつて我が父に聞いた話だが、世界には空脈、地脈、海脈と呼ばれるものがあった。全てを総称してそれらは今は龍脈と呼ばれている」
「へぇ、それは初めて知った」
「空脈と海脈を感じ取れる者は今はいないだろう。俺とて昔から地脈しか感じ取ることは出来ぬ」
「なんで?」
「なぜと問うか? ふむ、そういえば考えたことはなかったな。わからぬ」
「そう」

 短く沈黙が二人を包み込もうとした時、アンヘルが切り出した。

「ああ、それより。どうするんだサウィン? 状況的にこの混乱の中ではあの騎士の一人だけを孤立させることは難しいと思うぞ」

 滾る熱はそのままに少女の心が衝動で燃え上がらぬように細心の注意を払い言葉を紡ぐ。

「……」
「それに俺は先ほどの龍脈を確認するという義務があってな。もしこのままやるというなら止めはせんが、その場合はあの約束は果たせん。一人で行け」

 冷静に状況判断をするように一度、長く目を閉じたサウィンはゆっくりとアンヘルを見つめる。

「……ディアナの姿をみたらきっと、私は抑えられなくなる。アンヘルの力を借りれないなら正直、難しい。このまま今回は戻る」
「賢明な判断だ。サウィン、目的を達する為に機を待つのも肝要だ。いずれまた、時は来る」
「……」

 返事もせずグッと下唇を噛み込んで拳を握りこむと反転して彼女は森の中へと消えていった。

「……さて、この龍脈の乱れ、以前調査した時にはなかった兆候だが。ふむ、あいつらが調べていた事と関係しているのか? それとも……考えても埒が明かんな。この地域の龍穴へと向かうしかあるまい」

 アンヘルは意味深な言葉をつぶやき、そのままどこかへと向かっていった。



 隣に寝かされて泣き声も上げない苦しそうな赤子の手を優しく握る手が見えている。

『これは、また夢?』

 視界はぼやけておりその人物の表情は汲み取れない。

(私の愛しい子、大丈夫、大丈夫よ)

 隣にいる赤子に向けてかけられている声。優しい声。落ち着く声。

 その声を自分も求めようとすると途端に口から泣き声が発せられていた。以前と同じで言葉を形にすることは出来ない。

 ただただ泣き声という形で世界へと発する音。

 するとその声が聞こえたのか先ほどまでの空気とは異なる視線が自分に向けられる。

(……黙りなさい。うるさいわ)

 隣の赤子とは対照的に自分に向けられた視線と声はあまりにも冷たく、無慈悲に無機質に突き刺さるような痛みを胸の中に連れてくる。

(もう少し、あと少し、もうちょっと待っててね。今助けてあげるからね)

 そう呟くと再び隣の赤子に向けてとびっきりの笑顔を向けてあやしている。

 ただただ泣き続けることしか出来ない。言い知れない孤独感に包み込まれる。

 身体の自由も利かないままで泣き続けるが誰も助けてはくれない。
 
 その時、自分にとって身近な声が耳に届く。

(シュレイド、大丈夫、大丈夫だよ)

 気が付けば赤子だった自分は幼い子供になっていた。
 膝を擦りむいて目に涙を浮かべてはいるが泣くことはせず我慢している。 
 眼前で自分の傷を手当てしてくれている少女にそんな情けない自分を見せたくなくてグッと堪える。

(もう少し、あと少し、もうちょっと待っててね。今、包帯を巻くからね)

 これはいつの記憶だろう。こんなこと、あっただろうか。

(シュレイド。これでもう大丈夫だからね)

 そう言って目の前の女の子の手が自分の頭に乗せられると思わずその手を反射的に払ってしまう。
 まるでその場所はお前の触れていい場所じゃないとばかりに。

(あ、ご、ごめんねシュレイド)

 払われた手を見つめて涙ぐむ少女に心がズキリと痛む。
 黙り込んだままで静かに自分から背を向けて去っていく。

『ありがとう』

 ただそれだけを言えばよかったのに。
 伝えればよかったのに。
 どうしてこの時、自分は差し伸べられたその手を払いのけてしまったのだろうか。

(ばいばい。シュレイド)

 脳裏に突然響いたその声に思わず叫ぶ。

『メルティナ!!』

 叫びと共に目の前が白に染まった。
 思わず目を瞑ると黒と白のコントラストが交じり合いそのまま意識は混濁し、ただただ光と共に溶けて暗闇へと消えていった。

「ん、あ、あれ、ッッ、ここは!?」

「ほー、起きたかいシュレぴっぴ、身体はどうもないか?」

 心配してくるリーリエの肩を掴むと自分が震えている事に気付く。

「師匠!! メルティナは!?」

「うぉとと、落ち着きたまへ」

「でも、でも」

 原因の分からないその震えはシュレイドの身体の全身に行き渡っていく。

「あの緑の髪の少女なら大丈夫だぞ。あの出血もほとんどは彼女のものじゃあなかったから」

 そう言われて直前の光景が思い起こされる。メルティナが目の前で血の海に沈む光景。
 だが、その血は彼女のものではないという。

「メルティナじゃない?」

「ああ、あれはモグモルの血だよ。彼女もお前も大量の血を目の前にしてパニックを起こして失神しただけだにゃ」

「ほんとうですか?」

「ああ、リーリちゃんは何でもかんでも正直なのが取り柄だと自分では思ってるぜぃブイ!!」

 クイっとある場所を指し示すような動きをしてシュレイドは視線をそちらへ向けるとメルティナが少し離れたベッドに横になっている姿が目に入り、そこでようやくシュレイドは安堵して、放心したようにベッドに力なく再び横たわる。

 高鳴る鼓動はまだドクドク脈打っているのが分かり左の手のひらで胸元を押さえた。

「リーリちゃんは少し、学園側からの聴取があるから席を外すよぉ、もうしばらくはそこで休んでなよ。ほんとはこのまま君たちと共にベッドで惰眠をエンジョイかましたいとこなんだけどにゃ~」

 シュレイドはふと気になった事を口にする。

「……あの怪物は?」

「討伐したよ」

「師匠が?」

「まぁねぇ~」

「すいません」

 リーリエに頼まれたことを完遂出来なかった。いう事を聞けなかった。
 その後悔がシュレイドの胸を蝕み思わず謝る。

「あやまるこたないさ。リーリちゃんもシュレぴっぴに見た事もない怪物を倒せとか無茶を言ってしまったなと反省反省。普通の騎士でもありゃ簡単にどうにかできはしないから、チミが気にしちゃだめだぞー」

「はい」

「んじゃ、現場検証と事情聴取が終わればまた来るから安静にしているがいい、我が弟子よ」

 そういうとリーリエは部屋を出ていった。

 静けさが室内に拡がる。他にも今回の事で怪我をしたのであろう生徒が寝かされていた。
 メルティナの傍にもう一度目をやると見慣れない人影がメルティナの様子を立って見下ろしているのが見えた。
 瞬きをすると次の瞬間にはその人影はなく、シュレイドは眼を擦るがやはりそこには誰も居なかった。

「あれ? 気のせい、か?」

 ガチャリとその時、救護室のドアが勢いよく開く音が聞こえてきたのだった。

 


 巨大な怪物が既に動かない状態で横たわっている。
 その傍で一人の人影がその周りを調べて、何かを行っている。
 背後からもう一人が声を掛けた。

 乾いた植物を踏み鳴らす音と共に槍と鎧の金属音が混じる。

「カレン」
「ディアナ、周辺はどうだった?」
「特に他の異常は見受けられないわね」
「そうか、この競技は今回はここで中止にするしかないな」
「そうね」
「ようやく学園内も落ち着きを取り戻しつつあったというのに」
「……考える事ばかりで頭が痛いわね」
「だが、リーリエさんがいてよかった。彼女が居なければ生徒達への被害は更に拡大していたはずだ」
「そうね。西部学園都市からの報告にあった怪物達の剣での殺傷力が高いという情報がなかったらと思うと、とても恐ろしい事だわ」
「ああ」

 会話しながら周辺の様子で変わった所はないかに意識を向け続ける。

「ねぇ、カレン。貴女の報告の時にも気になっていたんだけど、どうして西部のように大量の怪物が東部には現れないのかしら? 確かオースリーの時も怪物が一体いたと報告されていたわよね?」

「……そういえば、そうだな」

「国内で発生した他の地域に現れた怪物達もこうして単体で現れるという事はなかった」

「……」

 カレンは鋭い視線で思考を巡らせた。確かに妙な事だった。ディアナから国内の多数の地域での怪物の大量発生の事は聞いていた。
 しかし、ここ東部ではそのような大量の怪物は発生したという状況は起きてはおらずカレン自身もまだ完全には信じきれていない情報だった。
 怪物が大量発生しているという状況そのものが東部学園都市内ではあまりにも想像し難いものとなっていた。

「なぁディアナ、今回のモグモルのような怪物は、国内の怪物達の発生時には現れていたのか?」

「いいえ、初めてのタイプね。国の騎士達が対処した時はグリベアのような個体が多数いたけど、流石に今回のモグモルほど巨体ではなかったもの。とはいえ通常のグリベアの非ではないのは確かだけど」

 横目に見るとリーリエに倒されたモグモルの姿が横たわる。
 全長6M(メーム)はあるかという巨体。グリベアのような怪物はせいぜいが4M(メーム)ほどだったという報告で、それでも通常のグリベアよりは巨大ではあるが、今回のように元々の動物が手のひらほどの大きさであるモグモルがここまで異様な大きさになっているのはどのような見方をしても明らかに異常な事だった。

「……情報が少なすぎるな」

「これでは対処の手段が絞り込めない」

 巨大なモグモルの遺体を前に二人は静かにその姿を見つめる。ふとディアナは思考にひっかかる疑問を呟いた。

「……待って。カレン、そういえばどうしてこのモグモルは消えていないの?」
「消えていない? どういうことだディアナ」
「ええ、以前現れた怪物達は倒すと霧のように消えたはずなの。でも、こいつは消えてない」
「……なんだと、それは本当かディアナ」
「……前回の事を考えると西部でも今まさに同じような事が起きていたり……いや、待って」
「どうしたディアナ?」
「国内でここと同じような事態になった場所があったとしたら……今の状況では対処できる騎士がいない、まずいかもしれない」
「対処できる騎士が居ない。九剣騎士の半数がいない。まだその情報は王都でも秘匿され続けているのか」
「開示できるわけがないでしょう? 少なくとも安心できるような九剣騎士としての後釜を用意した上で発表し、混乱を最小限にする必要がある」「……そうだな」

 ディアナの視線がカレンへと注がれる。

「カレン」

 彼女が言おうとしたことを先読みしてカレンは答える。

「……ディアナ。私は、九剣騎士シュバルトナインには戻らない」
「どうして、このままじゃ国中が混乱に陥ってしまうわ」
九剣騎士シュバルトナインである私は私が目指した自分からは最も遠い存在だった。学園にいるほうがまだ幾分か理想に近づける。それに今の継承騎士インハーテッドの中にはすぐにでも九剣騎士シュバルトナインになれる適性の高い者もいるだろう」

「……そこが最も大きな問題なのよカレン」

 ディアナは顔を伏せて黙り込む。その表情からカレンは察してしまう。

「なるほど、怪物達との戦いで死んだのは九剣騎士シュバルトナインだけではなかったんだな」
「ええ、有事の際に九剣騎士シュバルトナインへと繰り上げられる事がある二つ名持ちの継承騎士インハーテッド達もあの戦いの中でほとんど居なくなってしまった」
「もちろん、生死不明という者も含めてではあるけれど、生存は絶望的だと思う」
「任命しようにもできないということか」
「そう言う事になるわね」
「だからこそ、九剣騎士シュバルトナインの欠番が出ている事も含めて箝口令が敷かれている。でも……」
「そろそろ時間の問題、という訳か」
「ええ、せめてアレクサンドロ様さえご存命であればと、思わない日はないわ」

「……」

「だからカレン」

「……」

「貴女がかつて私に向かって叫んだ騎士の本当の姿。それを今の国の騎士達に浸透させるには寧ろ、今が絶好の機会なのではないかしら」

「……」

「少なくとも今の国の中において、カレンの復帰ほどに国民が安心する人材はいない。私はそう思ってる」

「買い被りすぎだ」

 そう言い放ち、話題を遮るようにカレンはその場から離れていく。
 その後ろ姿を悲痛な表情で見つめ続けるディアナ。
 彼女の槍を握る手は強く強く握りこまれ、自分の力の及ばぬ事態が再び起きようとしている不安を押し殺そうとするのだった。



つづく

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