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153 才能というもの

「ティルス会長」

 ドアを開く音と共に小柄な人影が室内へと入ってくる。

「リヴォニア、おかえりなさい」

 生徒会室ではティルスがテーブルで調査の報告書をまとめていた。
 ペンが走る音が小さく耳に届くように室内に響いていたが手を止める。

「他の皆はどうしましたか?」

 キョロキョロと室内を見回して首を傾げる。この時間は大体他の皆も生徒会室にいたりする時間。

「今日はこれ以上は特にやれることもなかったものだから、解散にしたわ」「そうですか……」

 僅かな沈黙が包む。その違和感が何から生じているのかは分からない。ただ、ティルスはリヴォニアの様子の変化を感じ取っていた。
 もちろんそれよりも以前からその様子はあり大体の見当は付いている。リオルグ事変での事が最も大きな原因だろう。

「腕はまだ痛む?」
「いえ、もう大丈夫です!」
「それはよかったわ」
「あの」
「どうしたの?」

 少し躊躇した後、姿勢を正してティルスに正対しおずおずと口を開く。

「会長はあの九剣騎士クーリャ様と面会したと聞きます。それで、その、お話が聞きたいなと」

 九剣騎士。その強さに憧れる生徒は多く、リヴォニアもその一人なのだろうと思う。

「ああ、リヴォニアは特にクーリャ様に憧れていたものね」
「は、はい!」

 ティルスは言葉を選びながら話をする。ここはまだ選ぶ必要があると判断した。

「あの方は、素晴らしい騎士でしたわ。私たちもその背中を追わなくてはなりません」
「そ、そうですよね」
「でも、私達と変わらない所もあった」
「変わらない所?」
「ええ、壁にぶつかり、悩み苦しむこともある。私達と変わらない血の通った人である事も知れた」
「クーリャ様も何かにお悩みが? 信じられない」
「今の私達では推し量れもしない事でしょうけどね」

 ティルスは少し言い方を間違えたと気が付くが、発した言葉はもう戻らない。

「……そう、ですよね」

 ただ、これはいつか自分が伝えなければならない事でもあった。その才能を見出し生徒会へと引き入れた責任があると。

「光栄にも手合わせをさせて頂けたの、でも、まるで歯が立たなかった。学生である私達とはとてつもない開きを感じたわ」

「え、ティルス会長でも、ですか? 今のティルス様ならば決して引けは取らぬものとばかり考えていましたが……」

 背中を追うティルスでも届かないという、ある意味で絶望感が混じる表情を浮かべるリヴォニアに言葉を重ねる。

「そんなことはないわ。自分の未熟さを突きつけられた形、自分の戦い方のスタイルをもっと信じて突き詰めないといけないと思わされたもの」

「じ、自分ももっと頑張らないと」
「ね……リヴォニア」

 これは今、もう伝えるしかない。
 あの戦いで生徒会の中で一人大きな怪我をリヴォニアが負った時から考えていた事だった。

 そして、恐らくリヴォニアも何となくその事を察していたのだろう。直接的にその話題にならないにしても、単騎の戦闘能力がモノを言う西部学園都市の生徒会の、メンバーとしては自分が至らない事を。

 虚飾で飾り立ててなんとか生徒会の一員として他の皆に負けないように振舞ってきた。

 ただ、陰で囁かれるのは一人、生徒会にリヴォニアは相応しくないという他の生徒達の声。

「はい」
「貴方はもう自分に無理をしてはいけないわ」
「……え」

 こんな顔をさせるつもりなどなかった。昔、出会った少年の顔がティルスの中でフラッシュバックする。
 家の目を盗んでこっそり会っていた生まれて初めての友達、地域奴隷という身分の少年であったことを後になってから知った。

 木の枝を不格好に剣のように振る少年を見つけ、剣を教えてあげると自分もまだ満足に振れない中で声を掛けた過去。
 もう、誰かにあんな思いはさせたくない。そして、自分もしたくない。

「聞いたわ。リオルグ事変の時に無茶をしたそうね」
「……はい。すみません」
「緊急事態だったから仕方ない部分もあるし、結果的に無事だったからよかったけれど、貴方がその場において出来た事は、先陣を切って戦うより他にあったはず」

 リヴォニアの眉間が歪む。判断を違えた自覚はあるのだろう。

「はい、もっと犠牲を減らせた可能性に関しては、自覚しています」

 ティルスは小さく嘆息し、リヴォニアを厳しく見つめる。

「強き者に憧れる事そのものを否定はしないわ、けれど、貴方は前線での戦いで力を振るうという役割は……向いてない」

「……」

 制服のズボンの裾を握りしめてリヴォニアは口を開く。

「……知恵の回る人材は生徒会の中でもレインもへランドも居ます。どうして自分が」

「その二人には戦う才能もある。現地での戦況判断を行う事には向いているわ。けど、全員に指示を出せる役割が出来る人材としてこれからの生徒会に貴方は必要なの。私自身も前線で動く事になる以上、全体指揮はリヴォニア。貴方にとって貰いたいのよ」

「オレは、でも」

 少しばかり重苦しさを増した生徒会室のドアが開く。

「ティルス会長」

 へランドが静かに室内へと歩き入る。

「すまないリヴォニア。聞こえてしまった」
「へランド」

 微かな期待感が空気に混じる。共に長くやってきたへランドならば自分の努力と可能性を信じてくれているはずだと。

 しかし、その期待は覆される。ハッキリとモノを言うへランドもまた、友であるリヴォニアの無茶をこれ以上見ている事は出来なかった。

「……俺もティルス様の考えには賛同だ。お前は、戦いに向いていない。多くの生徒を指揮し、個の勝利ではなく、軍を勝利に導くことがお前の騎士への道だ」

「……そんな、君まで」

 現実を突きつけるような二人の物言いに対し、リヴォニアはどうしてもそれを受け入れる事が出来なかった。
 溢れる思いに耐え切れず生徒会室を飛び出るように後にした。

「今日はこれで、失礼いたします」

 足早に部屋を去ったリヴォニアを見つめて小さく溜息を吐く。

「会長、良かったのか?」
「いいの、遅かれ早かれ伝えなければならないことですもの」
「そうだな」
「あの子の才能は自分自身が戦う事には結びついていかないでしょうから」
「だが本人が認めない限りは、その才能も育たないだろう」
「そうね」
「とはいえ、今の西部学園都市の中で欠けてしまった人材、戦力を埋めるには適材適所を早急に見直す必要があるのは確かだ。会長の判断は間違ってない」

 ティルスは眉間を押さえてテーブルの上の書類へと視線を落とす。彼女は誰かに悲しい顔をさせる事を極端に嫌うということをへランドも既に知っていた。
 それは明らかに異常とも言えるほどに、だ。

 戦いに向いていない、という点がもし精神的な面も左右するならへランドはティルスもリヴォニアと同じくそうであると思っていた。
 しかし、類稀なる技術的な才能がそれを許さなかった。

 彼女にとって才能がないという分野ですら才能があると言われる者達よりも秀でてしまっていたからだ。

 そんな彼女の後ろに立っていれば誰でも無茶をしたくもなる。
 だからへランドもリヴォニアの気持ちは理解できないわけではない。

 すぐ側に努力で才能という壁をへし折り成長し続けるティルス。そんな彼女を見ていると自分もそういう風になりたいと思う気持ちが生まれるのは当然だ。

 貴族であったという事は今回のリオルグ事変の最中に知った。この学園に来る者達の全員が国の貴族制度を理解しているわけではない。

 余りにも日常とかけ離れた存在であるがゆえにその誰もが当然のように考えていたからだ。貴族は学園には来ないという固定概念。

 しかも、双爵家の娘が来るなどと誰が思っていただろうか。

 それでもティルスのカリスマ性やその言動、所作を見てきていればそんな話にも生徒会の面々は納得できたのも事実だ。

 自分たちが付いていきたいと思ったのも自然な事だったのかもしれない。
 

「会長も焦るな。今回の事は貴女のせいでは決してない」
「分かっているわ。そこは大丈夫」

 その小さな笑顔と視線には偽りがないことを見て取り、へランドは胸を撫でおろす。

「ならばいい」
「そういえば、何か忘れもの?」

 そう言われてへランドはここに来た目的を思い出す。

「ああ、この所、学園内にいつもと違う気配が混じる事がある。先ほども、何かしら違和感があった。だから報告に戻ってきた。気を付けておいてくれ」
「それだけの為に?」
「大事なことだろう」
「それはそうだろうけど、ありがとうへランド」
「当たり前だ。例には及ばない」

 そういうとへランドは腰を下ろした。

「どうしたの? 帰らないの?」
「終わるまで待つ、作業終了後に送っていく」
「ふふ、ありがとう。へランド」
「リヴォニアならきっと大丈夫だ」

 そう言って座り込んだままへランドは瞳を閉じ、室内にはまたティルスが書類を確認する音だけが聞こえるのだった。



 とぼとぼと歩みを進めるリヴォニアはベンチへと腰かけた。

「はぁ」

 天を仰ぐも何かが解決するわけではない。自分の才能の無さは理解していた。
 元々運動なども苦手な自分がここまで頑張れたのは芸術家の生まれであったクーリャの存在がある。
 自分の家は学者の家柄で戦う事など親も当然許しはしなかった。学園へ来るのも国の研究機関へ入る為とそこにある資料で勉強する為と嘘をついてまで何とか必死に入学試験を突破してきた。

「暗い顔ねぇ」

 物思いに耽っていたリヴォニアは隣に誰かが座るのに気づかなかった。

「うわっ」

 学園内ではあまり見たことがない顔だ。とはいえ授業にはほとんど顔を出さない未知の上級生もいる環境。普段は会う事がない生徒、もしくは受け持ちの授業が異なる先生の可能性もある。どちらかと言えば後者の可能性の方が高い人物に見えた。

「何かをお悩みの顔ね。どうしたの?」

 自分を見つめてくるその深海のような暗い瞳に吸い込まれるように言葉を紡ぎ零す。

「強く、なりたいんです」

「貴方の言う強い、とは何かしら?」

「どんな強い人にも負けない戦いの才能のある人の事です」

「そう、全てを蹂躙する力が欲しいのね?」

「蹂躙? それは、違います」

「何が違うのかしら?」

「本当の強さとは守れる強さです。どんな困難からも沢山の人を」

「守るためには誰しもを蹂躙できるほどの力が必要だという事に貴方は気付いているのかしら?」

 核心を突くような言葉にリヴォニアは言葉に詰まる。

「……そ、それは、そう、なの、かもしれませんが」

 なぜかこの人には思っている事をスラスラと口にしてしまうような不思議な雰囲気を纏っている。

「もし、そんな力が、手に入るとしたら?」

「……」

「あら、疑っているの?」

「それはそうでしょう。明らかに怪しいですから」

「魔道具」

「?」

「そんな魔道具が、もしもあると言ったら?」

「……あるんですか?」

「あるわ、ここに」

 彼女が胸元から取り出したのは小さな指輪、薄紫色の綺麗な石がはめ込まれた指輪。その美しさに思わず目を奪われる。

 この国で生まれた者は誰もが自分の指輪を生まれた時に一つ親から授けられ身に着けている。

 成長に合わせて嵌め込まれている石を大きなリングに取り換えながら成長しても付けていくのだ。
 こればかりは身分など関係なくシュバルトメインで生きる者であるならほとんど誰もが持っているものだった。

 そう言う風習がなぜ生まれたのかまでは分からない人がほとんどで、そうした中であっても脈々と国民の中で受け継がれてきている。

 指輪のようにここまで小さな魔道具の存在は聞いたことがなかったリヴォニアは興味を惹かれていた。

「この魔道具を付けて強い人と戦うと、その相手の経験を、力の一部を模倣できるようになる。万能ではないけれど使い方次第でとてつもない力を発揮する」

「そんなものが、ある訳」

「……ふふ、そう言いつつ、存在を信じたいというような表情に見えるけどねぇ」

 肯定も否定も出来ずにその胸の内を見透かしたような人物に臆せずハッキリ質問した。

「何が、目的ですか?」

「別に何も? 悩み多き子羊を救うのに理由が必要なの? そもそも学園というところはその為の場所でしょう?」

「おいくらですか?」

「あらぁ、変な所で律儀なのねぇ」

「試すだけならば何も問題はないと判断しただけです。騙されたとしてもお金ならそこまで痛みも伴わない」

「生憎だけど、お金なんていらないわ」

「だとするなら一体何の目的かますますよく分かりませんね。貴女に何の得があるというのですか?」

「……得ならあるわ。学園にいる生徒達が力を増せば増すほど、この国の将来が安泰になるんだもの。そう、強いて言うなら未来への投資、かしらね、うふふふっ」

「どうにも胡散臭い答えではありますが」

「けど、気になって仕方がないのでしょう? ひねくれていないで素直になるといいわ。その方が、幸せよ」

「……」

 顔を逸らしながら彼女に向かって手を差し出すリヴォニアの手のひらへと指輪を置く。

「ふふ、素直な子は好きだわぁ。それ、大切に使ってねぇ」

 そう言って彼女はリヴォニアの頭をポンポンと軽く叩くとゆっくりと去っていった。

 去りゆく人物の後ろ姿を見るでもなく、リヴォニアは手のひらにあるそれをしばらくじっと見つめ続けていた。


 つづく


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