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EP 05 炎と氷の助奏(オブリガード)03

「ソフィどうぞ」
「えっ!? あっ、ありがとう」
「?」

 コニスがことんと控えめに目の前にハムとベーコン、そして目玉焼きの乗った皿を置く。
 その様子を見て、ソフィが少し驚いたような声をあげた。
 コニスはその反応を少し不思議に思いながらもそのままキッチンへと戻っていく。

 ソフィはその皿へとゆっくりと視線を映しその中身を見つめる。
 そんな視界の横から、手を伸ばしベーコンを一枚口の中へ入れる者が居た。
 ヤチヨだ。

「あむっ」
 「ちょ! それはボクのーー」
「いいじゃない~コニスのことで、まともに食事なんて喉を通らないでしょ?」
「なっ! そっ、そんなことはーー」
「さっきのラッキースケベのこと考えてたんじゃないの~?」
「なななあれは!! もっ、もういいじゃないですか!! その話は!!!」
 
 必死な表情を見てヤチヨが口からハムをはみ出させながら悪い顔をする。
 彼女がこの顔をしたときは大抵はからかおうとしている時だ。
 それにしても話しながらも食べることを止めないとは、なんて器用なのだろうとソフィは思った。
 
「やーよ、こんな楽しい話をーー」
「ヤチヨさん、何が、楽しいんですか?」

 いつの間にか隣に座っていたコニスがヤチヨに尋ねる。

「ぬぉ!?」
「こここ、コニス!!! どどどどうして!?」
「これで終わりなので、座っていてとヒナタさんに言われました」
 
 山盛りのパンを乗せたお皿を置き、コニスがヤチヨの方へと不思議そうに小首を傾げる。
 
「! あのね、コニス、ソフィはコニスのことがねーー」
「わっわわわ!! ヤチヨさん!!」
「その辺にしときなさいよ、ヤチヨ」
 
 ヤチヨが決定的な一言を言う前にヒナタのツッコミがヤチヨの頭を叩く。
 
「いったいなー! 暴力反対!!」
「そんなに痛くないでしょ。これ以上度の過ぎたからかいを続けるなら、私もヤチヨをからかうわよ」
「? あたしを?」
「そう。サロスから聞いたあなたがいつまでおねしょをしていたかというーー」
「わわわ!! やめ、やめて!! というかいつ話したよー、あいつめー」

 ヤチヨが顔を真っ赤にして、ヒナタの口を塞ごうとあたふたした。

「止めてほしいなら、ソフィに言うことがあるわよね」
「……ごめん。ソフィちょっと調子に乗り過ぎたわ」
「いっ、いえ。謝っていただけるならボクはーー」

 急にしぼんだヤチヨを見て、ソフィもそう言わざるを得なかった。

「さて、それじゃあご飯にしましょうか。あっ、でもそれは、それとして」

 今度はヒナタがヤチヨのような悪い笑みを浮かべる。

「ソフィには後でこっそり、さっきの答えは教えてあげるわね」 
「ひっ、ヒナタぁぁ!!!」
「うふふ。いただきます」
 
 こうして少し騒がしいヒナタたちの朝食の時間が始まった。
 食事の始まりの時は、少しふくれっ面になっていたヤチヨもコニスと共に夢中で食べ始める機嫌の悪そうな顔はどこへやらといった様子で、いつもの調子へとすぐさま戻りすっかりにこにこ笑顔になっていた。

 食事がひと段落したのを見てヒナタが朝のコーヒーを入れようと立ち上がる。

「コーヒー入れるわね」
「あっ、すいません。ありがとうございます」

 すっかり自分の分を食べ終えていたソフィはおかわりして、競争するように食べているヤチヨとコニスを見てふと小さな笑みをこぼした。

【気を付けて】

「えっ!?」

 ソフィは急に聞こえた声に驚き、首を横に振り周りを確認する。
 しかし、辺りを見渡しても何もなかった。
 今の声はどこかで? 喉の奥に引っかかるようなモヤモヤとしたものにソフィの思考を支配されていた。

「ソフィ? どうしたの? 大丈夫」

 そんなソフィの様子にコーヒーを持ったヒナタが心配そうな表情でそばに寄ってくる。

「えっ!? えぇ。はい! 大丈夫です!! あっ、コーヒーいただきますね」

 ソフィはヒナタに心配をかけないように、とっさに作り笑顔を浮かべる

「……そっそう? なら、良いのだけど」

 その作り笑顔の理由が気にはなったもののヒナタはそれ以上ソフィに言及はしなかった。
 
 そんな二人とは対照的にコニスとヤチヨはパンとおかずを堪能していて、ソフィの様子に気づいていなかった。

「「ごちそうさまでした」」

 綺麗に平らげ、満面の笑みを浮かべたヤチヨとコニスが食事を終えた挨拶をする。
 
「はい。おそまつさまでした。ソフィは? コーヒーのお代わりは大丈夫?」
「あっ、はい。大丈夫です。ごちそうさまでした」

 その言葉を聞くとヒナタが自分のお皿を持ってキッチンへと向かっていく。
 その様子を見てヤチヨも自分の皿をキッチンへと片付けに行った。
 ソフィもそれに習おうとしたがコニスがソフィの皿もいつのまにか重ねており、とてとてとキッチンの方へとかけていくのが見えた。

 ソフィはそんなコニスの背中をじっと見つめる。

 せめてカップくらいは自分で持っていこうと立ち上がった時、ソフィの耳にまたあの謎の声が聞こえた。
 そして、今度はうっすらと目の前に半透明な姿も見えた。

【やつらはすぐそこまで迫っている。早く『太陽と月の継承者』を探して】

「きっ、君は!? ……消え、た……?」

 ソフィは目をこすりもう一度前を見るもそこにはもうその姿はなく、声も聞こえなかった。
 疲れているのかと一度大きくソフィは頭を振った。
 しかし、彼にはどうにも先ほどの事象が幻や幻覚の類には思えなかった。

 そして、二度目にその声を聞き、先ほどのモヤモヤは晴れかける。

 昔、自分が天蓋で対峙し、そして今もなお彼の心の在り方を問い続ける出会い。
 ソフィに戦う意味を問いただした名前も知らないあの人物。
 自分が戦った女性の姿とどうにも重なるような気がしたのだ。

 何故そう思えたのか……。
 それは数日前にあったシュバルツと出会ったことが関係しているのかもしれない。
 どうして、そのように思ったのか。それすらも分からない。

 結局、あの資料室ではシュバルツの言う通りめぼしいものを見つけることはなかった。
 しかし、だからこそソフィは違和感を感じている。

 天蓋に関する記述が示された資料や書物だけが全て無くなっていたが、その部屋には確かに何かがあったという余韻めいた何かだけは残っている。
 シュバルツはどうして天蓋に関する資料がない事を知っていたのだろうか。
 彼も、もしかしたら自分と同じで何かを探しにきていたのかも知れない。

 もしくは、彼自身が何らかの理由があって既に持ち去った……そのどちらかであるとソフィは考えていた。

 そしてあの部屋に居た時にずっと感じていた不思議な気配。
 それがもし、あの女性だとするなら……彼女はいったい何者ーー。

「ソフィ、今日はお休みですか?」
「えっ?」

 考え込んでいたソフィの目の前にコニスが歩いてきてその顔を見つめていた。

「うっ、うん。今日はお休みだよ」
「でしたら、どこかお出かけしませんか?」
「おでかけ?」
「はい。ヒナタさんとヤチヨさんがキッチンでそのような話をしていました」
「あーそうなんだね。うん。いいよ」
「では、ヒナタさんたちに伝えてきます」

 表情こそあまり変わらないが、どこか嬉しそうな雰囲気を出しながら再びコニスがキッチンへと消えて行く。

 ……ソフィは先ほどの出来事に対してこれ以上深く考えず、気のせいだった。
 と、自分に言い聞かせることに決めた。

 それからヒナタが手早く準備を済ませ、お昼前には既に出かける準備は出来ていた。
 お気に入りのバイクで先行しようとしていたヤチヨをヒナタがやんわりと止める。
 せっかくのピクニックなのだから、みんなで歩いていこうと。

 その言葉を聞き、車のキーを手に取ろうとしたソフィの手も止まる。
 確かに車での移動が多かったせいで疲れが溜まっていた可能性もあるなとソフィは思った。

 先ほどの幻覚のこともあるし、たまには自らの足で歩くことも必要かと思ったのだ。

「んー気持ちいいー。これは歩いてきて正解だったね」

 風を受け、清々しい表情を浮かべたヤチヨが笑みを浮かべる。

 ソフィ、コニス、ヤチヨ、ヒナタの四人はヒナタの自宅から少し離れた小高い丘へと来ていた。
 もう少し足を延ばせば星の見える丘も直ぐ近くにあるこの丘へは、度々ピクニックをするためにヤチヨたちが訪れている場所であり。
 ソフィも何度かそれに参加したことはあるが、コニスにとっては初めての場所だった。

「風、きもちいいです」

 コニスも目を閉じ、風を感じていた。

「このくらいの風ならいいけど……あら、なんだか、少し天気が悪くなるかもしれないわ」

 ヒナタが頭上を見上げると、目の前の真っ青な綺麗な空の中に切り抜かれたように真っ黒な暗雲が出ているのが遠くに目に入った。
 その青空と黒雲との境目部分がまっすぐに境界線を引くように整いすぎており、あまりにも不自然な光景に見える。
 青空の境目が黒い雲に侵食されていき、彼らの視界から徐々に青を奪っていく。

「雨、でも降るんでしょうか……」

 ポツリとソフィが呟く。
 先ほど全体が晴れ渡っていたのに急に一部空模様が怪しくなったことで内心ソフィはまた何かが起こるような予感を覚える。

「そうなったら大変ね。早く食べて急いでかえーーヤチヨ!?」

 先ほどまで晴れ晴れした表情をしていたヤチヨが青ざめた顔で震えていた。
 ヒナタは血相を変えヤチヨのそばへと駆け寄った。

「ヒナタ……ダメ、あれはダメ」
「急にどうしたのヤチヨ? ヤチヨ!」
「ダメ……ダメだよ。それはダメ……」
「ねぇ、何がダメなの? ちゃんとわかるように説明ーー」

 ヤチヨが弱々しく、ヒナタの手をにぎる。

 その表情にヒナタは既視感があった。
 それは決して良いものではない。
 ヒナタの表情にも緊張が走っている。

 今のヤチヨの姿をヒナタは一度だけ見たことがあった。
 天蓋にいたヤチヨを見つけ出したあの日。
 思わず抱きしめたヒナタがみた光景。

 自分が天蓋から出たことで災いが起こると、青ざめて天蓋に戻ろうとしたヤチヨ。
 あの時の姿と重なる。

 しかし、あの時とは違う。今ここにはサロスもフィリアもいない。
 であるならば……。

「大丈夫。大丈夫よ。ヤチヨ」
「ヒナ……タ?」
「あなたは大丈夫。あなたは大丈夫だから」

 根拠などない。しかし、ヒナタはそう言って弱々しく握ったヤチヨの手をギュッと握り何度も何度もヤチヨに言い聞かせた。
 けれど、それでも今の彼女の中で高鳴る鼓動が収まることはなかった。

 かつて天蓋で選人となっていたヤチヨの代わりに、二人が光へと消えていった。
 そして、あの方角は間違いなく、ヤチヨが閉じ込められていた天蓋があった場所。
 この異変は何かの凶兆なのではないだろうか?

 あの二人に、もしかしたら何か、あったんじゃないだろうか?
 『わざわいをよぶもの』忘れかけていたその言葉がヤチヨとヒナタの脳裏を埋め尽くす。

 もしかしたらあれが、その、わざわいをよぶものなのではないのだろうか?
 身体の震えが止まることなく、ただただ、激しくなっている。 
 そして、ヒナタもその震えを必死に誤魔化そうとしていた。
 ヤチヨにそれを悟られないために。

「……」
「コニス……?」

 震えているヤチヨとは真逆にじっと暗雲の方をコニスが睨み続けている。
 そして何かを感じ取り、あっと小さく息を零したかと思えばいきなりその場から駆け出した。

「コニス!!」

 駆け出したコニスを追おうとして、ふと後ろを振り返った。
 ヒナタはソフィに向けて大きく頷く。

「私たちは大丈夫だから、ソフィはコニスちゃんを追って!!」
「わっ、わかりました」

 ヤチヨのことも気にはなるが、彼女のことはヒナタに任せることにした。
 今は突然走り出したコニスの方がソフィには気がかりであった。

 コニスは視線の遥か先にいたが今のソフィは体力にも自信がある。
 凄まじい速度で走ってはいるが追随しきれないほどではなかった。

 姿が見えなくなるギリギリの距離を保ちつつコニスの後を追いかける。

 追いかけている間、その背中へソフィが声をかけるが反応はない。
 その様子がソフィの不安を増大させていく。  

 何かがおかしい。でもその何かがどうしても分からない。
 コニスが、まるでコニスでない何かのように感じるその感覚。
 
 言葉では言い表せないその変化に走っている事による息苦しさとは違う何かが襲い来る。

 彼女を追って暗雲に近づけば近づくほどその嫌な胸騒ぎがソフィにまとわりつき久々に感じるひりつくようなとても冷たいものが背筋を撫でる。

「また、ここか」

 しばらく走った後コニスとソフィは天蓋跡地の場所へとたどり着いていた。

 いつも静かなその場所が、今日はそれ以上の静寂に包まれている。
 周りの木々のざわめきや鳥の声すらなく、この場所で声を発する事すらも許されていないような息苦しさと圧迫感、ゆっくりと何かが這い寄ってきているようなおぞましさ。

 見慣れたはずの天蓋跡地のその姿はどこか不気味に恐ろしく見えてくる。

 そんな天蓋と呼ばれていた瓦礫の跡地をコニスはじっと睨んでいた。
 そのコニスからも先ほどまでのふわふわとした彼女らしい雰囲気ではなく、とても研ぎ澄まされた冷たい氷のような雰囲気をまとって佇んでいる。

「コニス……いったいどうしたーー」
「ソフィ……離れていてください」
「えっ!?」
「来ます!!」

 その一声をきっかけに天蓋跡地の瓦礫の下から次々にあの緑色の存在が規則正しく、まるで植物の成長が短縮されているかのような速度で生え出て次々にその姿を現す。
 コニスはそれを見ると同時に自身の両手を鋭利な刃物へと変える。

「たた……かうの……?」
「何もしなくて良いのなら……そうしたいです……でもーー」

 コニスの言葉がそこで途切れる。しかし、そうすることはきっとできない……。
 言葉にしなくてもソフィにもそれは分かっていた。
 ソフィは腰に下げた剣をゆっくりと抜いて構える。

「コニス、ボクのことは心配しないで。自分の身くらいは守れるから」
「……わかりました」

 そう言うや否や、コニスが地を蹴って高く飛び上がり緑色の存在の中心へと降り立って腕の剣を振るう。
 瞬間、数体が空へと舞い上がる。それは戦闘を告げる合図となった。
 
 緑色の存在達が一斉にコニスの方を向く。
 目のない顔でコニスをじっと見据え、敵と認識したコニスへと一斉に襲い掛かった。
 そんな動きにコニスは一切慌てることもなく再び地を蹴り高く飛び上がり、そのまま上空で半回転し、緑色の集団から距離を取る。

 ソフィもどうにかコニスの援護をしようと動こうとするも足が腕が、体が震えて動けなくなった。
 あの緑色の存在の正体。それをコニスから聞いたその日からソフィは自分でわかっていた。
 またあの緑色の連中が現れれば、自分が今のような状態になるということを。

 命を奪う……その責任や重みにソフィは再び押しつぶされそうになっていた。
 その時、天蓋の中であの日言われた言葉が突然脳内に響き渡っていく。
 命の重さを知らなかった自分への言葉。
 命を賭ける覚悟を問う言葉。

「どうして……今更になってあの人がちらつくんだ……」
「ソフィ!! 危ない!!」
「いや……今更じゃないか……今もずっと……だ」

 視線を上げると、緑色の内の一体がソフィへとその腕を高くあげていた。
 コニスは動けなくなったソフィを助けようと地を駆ける。

 しかし、ソフィは一度目を瞑り、何かを決意するとその腕が振り下ろされるより早くその腕を切り落としていた。

「たしかに……今もボクは……まだ命をかける覚悟は足りていないかも知れない……でも、あの頃と違って大事なものを守るために相手を傷つける覚悟なら、もうある!!」

 そう言ってソフィが緑色の懐へと飛び込みそのまま胴体を突き刺す。
 緑色の物体は表情のない顔で苦しそうな表情をし、そのまま動かなくなった。

「ソフィ……」

 今まで見たことのない荒々しい、ソフィの姿を見てコニスは目をまんまるくしていた。
 それは、彼女が初めて見る自警団としてのソフィの顔だった。

「コニス、ボクは大丈夫! だから、君は君のことだけに集中して!!」
「ソフィ……わかりました」

 ソフィから視線を切りコニスは残りの緑色の物体の方を見つめ直した。
 以前現れた時ほどの数ではない。
 ただ、その行進する連中の背後からひときわ目立つ大きな存在が自分に向かっていることにコニスは気づき、身構えた。



つづく


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