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EP 03 激動の小曲(メヌエット)05

「そうだ! ソフィ、今日は自警団の仕事はお休みなのよね?」
「えっ!? あっ、はい」

 考え事をしていたソフィの思考を引き戻すように、ヒナタの声が割り込む。

「どうしたの? ヒナタ?」

 いつもよりテンションの高めのヒナタにヤチヨも少しだけ不思議そうな表情を浮かべる。

「実はね、お母さんに美味しそうなサンドイッチを貰ったのよ。お家で食べてもいいんだけど、天気も良いし。外で食べない?」
「それすっごくいいっ!! ねっねっ!! ソフィも良いよね!!」
「えっ……えぇ、構いませんが」

 半ば、二人に押し切られる形でソフィも同意をする。
 その返事を聞くや否や、ヒナタとヤチヨは嬉しそうに出かける準備を始め、ソフィはただ苦笑いを浮かべることしか出来ない。

 しかも、この日の二人はいつもと違っていた。
 いつもなら、準備に一時間は待たされる二人の身支度が一時間以内で終わったのだ。

 そもそもこの外出提案は、何か酷く深刻な表情をしていたソフィへの気分転換としてヒナタが前々から計画していたものであり、そのため事前に準備はほとんど済ませてあったのだ。 

 出会った少女とのことは初耳ではあったが、それとはまた別にソフィの様子が最近おかしいことにヒナタは感づいていた。
 ヒナタがまだ自警団にいたころのソフィは、つまりフィリアと共に行動していた時はソフィの目は輝いていた。
 念願叶って入団したはずの自警団での仕事なのだからそうなるのも自然の流れである。
 しかし、最近のソフィは自警団の話をする時、どこか辛そうな表情をしているようにヒナタには見えていた。
 
 とはいえ、ソフィが自警団の仕事をイヤになったからというようにも見えずヒナタはこうして気分転換の催しを考えていた。

 ソフィもたまには仕事への不満や愚痴をこぼすこともあるが、恐らくそれが直接的な理由ではない。
 ヒナタはそう考えていた。

 原因があるとすれば精神的なものだ。
 この辺りは自分もそうだったから良く分かる。

 対して、ヤチヨは久々のみんなでのピクニックにニコニコと笑みを浮かべながら心を踊らせていた。
 ヒナタに準備を急かされるも、元々あまり準備には時間のかからないヤチヨは『いつもヒナタが時間かかるだけなのに』と不思議に思いつつ、それ以上にワクワクした気持ちが勝っている為いつも通りという感じに見える。

「さて、それじゃあ行きましょうか」
「しゅっぱーつ!!」
「あっ、あの。外に行くのは良いんですが、ボク今日は歩いて来ててーー」
「大丈夫、歩いていきましょ。ヤチヨもそれでいいわよね?」
「えー……久々にこの子に乗りたかったんだけどなぁ……」

 そう言って、ヤチヨは庭に停めている自分の愛車であるバイクをポンポンと叩く。

「その子とのドライブはまた今度ね」
「はーい……」

 傍から見れば子供っぽいヤチヨがバイクに乗る……。
 天蓋からヤチヨが出てきてから数か月経ったある日。
 ヒナタの家の近くの森の中でこのバイクは発見された。

 最初は、その不気味さにヒナタは怖がっていた。
 ヤチヨはそのバイクにそっと触れ、その車体を起こし、愛おしそうに撫でるとそれに応えるように一度ブルンブルンとエンジンを吹かし、再び沈黙した。

 車やバイクという乗り物と呼ばれる物は時折、見つかり知識のある人たちが修理して使う事がある大型のエルムの一種である。
 
 一から作る事は出来ないが、長い年月をかけて直すことが出来る人たちがいる。
 
 技術者と呼ばれる彼らはそのほとんどが利益ではなく、己の知的好奇心のためにそのような仕事をしている。

 その技術者に、ヤチヨが見つけたバイクを見せると。
 不思議とどこにも故障などが見つからず、少しいじれば動かすことが出来た。
 どうやって動いているのかまではやはりわからなかった。
 雨の日などは動かせないらしく、日の光を何か原動力にしているのではないかと思われる。

 そのまま周辺を走らせたヤチヨにヒナタは『どこで乗り方を覚えたの?』と尋ねるが当のヤチヨは『わからないけど、なんとなく体が覚えてるような感じ?』と答えた。

 天蓋から出てきた後のヤチヨはそのように知らない知識を話したり行動をすることが少なくはなかった。
  だが初めて知ったソフィはそのギャップに対して驚きのあまり腰を抜かしそうになった。

「これ、いつも気になってたんですが、ヤチヨさんの物だったんですか」
「そうだよっ! ふふーん! かっこいいでしょ? もうバリッバリッに乗り回しちゃうんだから!!」
「これをヤチヨさんが乗りこなす??」
 
 バイクとヤチヨを交互に見つめるも、どうしてもソフィにはその想像がしにくかった。

「その話はまた今度ね。ほら、行きましょう。ソフィ」
「はっ、はい」

 三人はこうして、家を出て目的地まで歩いて行った。
 目的の場所は、天蓋と星の見える丘のちょうど中間地点にある広い原っぱであった。
 青々しく生える草が、風にそよそよと揺らいでどこか良い匂いがしていた。

 ヒナタが敷物を原っぱに拡げると真っ先にヤチヨが靴を脱いでその敷物へと座りこんだ。
 敷物は、かなり大きいものでヤチヨぐらいの大きさであれば寝転がっても充分に余裕のある大きさであり、三人では少し大きすぎる気もする。

「もーヤチヨったら……」

 口ではそう言いつつも、ヒナタはそんなヤチヨを見て笑みを浮かべる。
 二人にとって当たり前の光景であるが、その当たり前はヤチヨとヒナタの中で最近作られた当たり前である。

「……」

 ソフィは立ち尽くしたままその場から見える景色をただ見つめていた。
 平和な世界。それは喜ばしいことではある。
 ソフィも……そしてきっとフィリアもずっとこんな世界が続けばいいと願っていたはずだ。

 
 ……しかし、ソフィは何故かここに来てから嫌な胸騒ぎがしていた。

 あの夢の景色……剣を握り、必死で戦う自分の姿。

 そして、消えていく赤髪の男性、フィリア……そしてコニス……。

「ソフィってば!!」

 自分の手をヤチヨにギュッと握られ、ソフィは我に帰る。
 横を見ると、不満そうに頬を膨らませたヤチヨの姿が目の前にあった。

「やっ、ヤチヨさん……」
「やっ、ヤチヨさん……じゃないよっ!! もー、ソフィがいつまでも来ないから、あたしいつまでもサンドイッチ食べられないんだからねっ!!」

 そう言った、ヤチヨより少し先にこちらを心配そうな表情を浮かべているヒナタの顔が目に入る。

「あっ……」
「もー!! ほらっ!! 行くよ!!」

 そう言って、ソフィの手をヤチヨがぐいぐいと引っ張っていく。

 ソフィを座らせると、ヒナタがヤチヨの頭を撫でサンドイッチを一つヤチヨへと手渡す。
 ヤチヨは、それを受け取ると小さな口をめいいっぱい大きく開けてサンドイッチを頬張ると、満面の笑みを浮かべる。

 そんな、ヤチヨをソフィはどこか小さく笑って見つめ、そんなソフィにもヒナタはサンドイッチを手渡した。

「今は、ピクニックを楽しみましょ。ねっ、ソフィ」
「……はい」

 その一言を聞き、ソフィもサンドイッチを一口齧る。
 りんごのあまさとほんのり香る酸っぱさが口の中に広がった。

 あっという間に、サンドイッチを食べ終え。
 ヤチヨはお腹がいっぱいになったからか先ほどから夢の世界へと旅立っていった。

「うふふ……ヤチヨったら子供みたいよね……」
「ふふふ……ですね」
「もー食べられな~い……むにゃむにゃ」

 冗談みたいな寝言に、二人はまた小さく笑みを零した。

「……何か、悩んでいるの……? ソフィ」
「えっ……!?」
「そうね……恋煩い……とは、違う悩み、あるんでしょ?」

  ヒナタには敵わないなと、ソフィは苦笑いを浮かべる。

「ヒナタさんは、何でもお見通しなんですね」
「ふふふ。流石に全部は無理よ。ただ……あなたとフィリアは似た者同士っていうか、わかりやすいから」
「フィリアさんもですか!?」
 
 心底驚いたソフィの反応にまたヒナタがくすくすと笑う。

「あなたたちは、隠し事すると本当にそっくりなんだもの」
「そうなんですか!?」
「そうよ。まぁ……私だからそう思えるのかもしれないけど……」
「そう、なんですか?」
「えぇ。でも、逆にフィリアにも良く見破られていたわ。ヒナタ、何か悩んでる……?ってね」

 そう言うフィリアの姿が、安易に想像できてしまいソフィも思わず笑みをこぼす。

「……私に話せないなら無理に話さなくてもいいわ。でもね、抱え込んで抱え込んで自分じゃどうにもできなくなったら、話した方が楽……ってこともあるから」
「……はい」
「……そのことは忘れないでねソフィ」
「わかり、ました……」

 その言葉を最後に、二人の間に沈黙の時間が流れた。

「……ヤチヨも私じゃなく、サロスになら話してくれるのかしらね……」
「サロス……?」
 
 よくヤチヨやヒナタから、名前だけは聞いたことがあったその人物。
 天蓋に乗り込んできて、フィリアと対峙し、そしてフィリアとともに消えた人物。
 フィリアの幼馴染。親友。そう聞いている。

 今、ソフィはその人物に大きな興味を抱いていた。

「あの、ヒナタさん……そのサロスさんってどんな人だったんですか?」
「えっ!? どうしてそんなことを聞くの? ソフィ」

 ソフィがまさかサロスのことを聞いてくるとは思ってもみなかったヒナタは心底驚いた表情を浮かべていた。

「その……えと……ちょっと、気になって」

 どうしてと、聞かれてしまうとソフィも困ってしまう。
 ヒナタやヤチヨの話にたまに出てくる人物。

 ソフィにとっては、狐の面を被り天蓋に乗り込んできた賊という情報しかない。
 どう考えてもやばい人間であるという認識しかないサロスという人物ではあるが、やはりフィリアと仲が良かったと聞けば気にはなる。
 ヤチヨやヒナタ、そしてフィリアと深い親交があった人物。

 いや、あのフィリアが自分と同じ……いや、それ以上に信頼していた人。
 自分にとってはまるで知らない無関係であったその人物と夢の中の赤髪の男は何か関係があるように思えていた。

「……まぁ、いいわ。そう言う話がソフィの悩みの解決のきっかけになるかも知れないものね……」

 そう言って、ヒナタは小さく笑い。昔を懐かしむように遠くを見つめた。

「ソフィは、サロスのこと、どこまで知っているんだったかしら?」
「……いえ、ボクはほとんど何も……フィリアさんからは、昔の友人とだけ……」
「そう……フィリアは、やっぱり、サロスのことをほとんど誰にも話していなかったのね」
「はい……」

 なんでも自分には話してくれている……。
 ソフィは自警団時代、フィリアに対してそんな風に思えていた。
 自警団内での団長だけの守秘事項に関しても、こっそりフィリアは自分に相談していた。
 
 『本当は内緒だから……他の人には内緒だよ』と、苦笑いを浮かべながら話してくれたフィリア。
 しかし、時にどこか遠くを見つめ何かを考えている顔をフィリアはしていたこともあった。
 ソフィは、口には出さなかったがヒナタのこと……または、天蓋に封印された例の少女のことを考えているのだと思っていた。

 だが、今となってはそのサロスと言う人のことを考えていた事も時にはあったのかも知れないと思える。

「サロスはね……一言で言うなら……むちゃくちゃな人よ」
「むちゃ、くちゃな……人……?」
「えぇ。初めて会った時は、私も彼にはずいぶん苦手意識があったの」
「ヒナタさんがですか!?」

 誰とでも分け隔てなく接することができる人当たりの良い女性。
 ソフィからヒナタへの印象は出会った時からそうだった。
 そんなヒナタが苦手意識を持つ人物が居たという事にまずソフィは驚きの表情を浮かべた。
 
「そっか。あの頃の私を知らないソフィからすればそんな顔になるわよね」
「あの頃……?」
「そう……私ね。昔は、誰も寄せ付けないように過ごして……一人でいるために、他の誰かとも関わろうとしていなかった時期があるのよ」
「えっ、えぇー!? ヒナタさんがですか!!」

 本人から語られる昔のヒナタはソフィの思っていたヒナタとはまるで真逆な人物だった。
 
 自警団でなかなか環境に馴染めなかった自分に声をかけてくれたのがヒナタとフィリアである。

 そんなヒナタが、他人と関わることを拒んでいたいうのはソフィにとって衝撃の事実であった。

「そう……そんな私が変われたのは……ヤチヨと……そしてサロスのおかげなの」

 
 自分の知らない頃のヒナタを自分の知っているヒナタへと変わるきっかけとなったサロスという誰かに影響を与える事が出来る人物存在。

 ソフィは、そのサロスという人物に言い知れない興味を持ち始めていた。


つづく

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