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EP 03 激動の小曲(メヌエット)06

「そうね……あれは、まだ私が学院にいた頃……だったかしら……」

 ヒナタは目を閉じ。
 昔を懐かしむようにゆっくりと語りだした。

 ヒナタが、学院で警備ロボットに追いかけられたあの出来事からしばらく経った頃。

 ヒナタ、ヤチヨ、フィリア、サロスの四人は自然と集まり過ごすことが多くなっていた。
 
 しかし、元々関係が出来上がっていた三人の中に入り込んだヒナタはこの時、少しだけ居心地の悪さを感じていたのは確かで。 
 特に彼女が接し方に悩んでいたのがサロスだ。
 
 ヤチヨと同じように誰とでも気兼ねなく接してくるような雰囲気を持ちながらもどこか彼は人と距離をおいているようにヒナタは感じていた。
 ただでさえ男の子との接点がなかった彼女にとって典型的な男子であったサロス。

 まだお互いに関係構築が出来ていないという点で言えば確かにフィリアもヒナタへの遠慮は多少なりともあった。
 ただ、この時ばかりはヒナタもまだ一定の程よい距離をおいて接してくれるフィリアの態度には助けられていた。
 
 逆に遠慮なく、最初から自分の中へとズカズカと入り込んでくるヤチヨの存在は同性でもある事からあまり気にすることはなかった。
 自分から踏み込む勇気のなかったヒナタにはこの多少強引なヤチヨの性格にも助けられていた。
 
 そもそもヒナタは、人とこうして関わること自体が少なく。
 ましてや、今のような男女4人などそもそも経験がない。
 そして、ヒナタが今まで接して来なかったタイプがサロスだ。
 普段4人で過ごしつつもサロスと個別には話すことを避けてしまっていた。
 サロス自身もそれをなんとなく察してくれていたのだろう。
 
 ヒナタに話しかける時には、全員に対しての同意や意見を求める時だけで個人的な会話を持ちかける事はなく。さりげなく会話に混ざれるようにしてくれていた。
 今思えばそれこそがサロスの優しさでもあったのだろう。

 そんなある日。午前の授業終わり。
 
 いつも通り4人で昼食っ! と半ば強引に取り付けられた約束をしていたヒナタは。
 いつもの待ち合わせ場所である屋上に一人だけ先にたどり着いた日があった。
 みんなが来るまで、本を読んで待つことにしようとした時、屋上のドアがキィと開く音がした。

『『あっ』』

 そんな言葉と同時にヒナタと、サロスの目が合う。
 正に、それは偶然の悪戯とも言えるような瞬間だった。

『よっよぉ……早いな』
『こっ、こんにちわ……サロス君こそ早いわね』

 ヒナタは、本を閉じ。サロスもその横に少し距離をおいて座り込む。

『フィ……フィリアのやつ今日は少し遅れるってさ……』
『あっ、ヤチヨちゃんも、先に行っててって……多分、遅れてくるんだと思う……』
『そっ、そっか……ふーん』

 その前の時間が男女別の授業であったため。それぞれの事情はそれぞれしか知りはしなかった。
 
 沈黙が流れる。
 
 フィリアかヤチヨがいれば、もう少し空気が軽くなるのであろうが。
 踏み込むことが苦手なヒナタと、どう接していいか悩んでいるサロスにはこの沈黙は到底耐えられるものではなかった。

『なっ、なぁ……』

 ついにこの空気に耐えられず、サロスが意を決して言葉を発した。

『なっ、なんですか』
『その……なんだ……お前ーー』
『お前じゃありません。ヒナタです』
『あ……わりい……ごめん』

 再び沈黙が訪れる。
 ついつい反射的に強い言い方になってしまったヒナタ。
 発言の仕方をミスしたとお互いに二人は後悔していた。

『その……サロス……くん』
『なっ……なんだよ』
『さっ、さっきはごめんなさい。私、そのーー』
『あー……いや、俺も悪かったよ。ヒナ……タ……さん』
『いつものようにヒナタで良いです』
『おっ、おう……そうか?』

 どこか、彼らしくないとヒナタは思った。
 もしかすると、いつも自分が見てきたサロスという人間はその一面でしかなく。
 本来の彼は自分に近いところもあるのかも知れない。
 それにヤチヨが彼を引っ張り、明るく振舞わせているのかもしれないとも思う。
 
 自分もまたそうであったように。

 ということは元来の彼の持つ本質、その性格というのは、誰とでも仲良くできるような社交性の高さではないのかもしれない。
 ヤチヨやフィリアのような自分を頼ってくれる存在がいるからこそ、社交性がある人物のように見えている。
 
『サロスくんって、実はいつもみたいに自分が主導権を持って会話するってこと苦手ですよね?』
『えっ!?』
『ヤチヨちゃんやフィリア君が会話をつなげてくれるという安心感があるからいつもはイキイキと話せるんですよね……』
『……』
『ごめんなさい。別に責めているわけではなくて……私ーー』
『俺さぁ……つい最近まで、ヤチヨやフィリア以外のやつと仲良くしたいって思ってなかったっていうか……他の誰かが俺達の輪に入ってくる……なんて考えてなくてさ。正直どうしたらいいかわかんなかったんだわ。あ、これヤチヨには秘密な。あいつ、きっと怒るからさ』

 そのサロスの発言にヒナタは少し驚きつつも、納得もしていた。

 ヒナタから見たサロスという人物は、クラスでフィリアに何かにつけて突っかかって騒いでいる生徒だった。
 それをある者は遠目から見て面白がり、ある者はうんざりして冷ややかな目を向けていることもあって色んな意味で注目の的だった。

 ヒナタもどちらかと言えば、そのやりとりには心底うんざりしていた側の人間であった。
 しかし、思い返してみればフィリアやヤチヨと接しているとき以外のサロスはどこか他人行儀というか、心ここにあらずというか、借りてきた猫のように見える時があった。
 彼本来の言葉や気持ちでなく何かを真似ているような違和感。
 
 偽りの言葉。偽りの感情。偽りの笑顔。
 本当の自分を見せないように、嘘で塗り固めているかのような。
 
 他の人間は気づかずとも、ヒナタはそのサロスの態度に気づいてしまっていた。

 自分には決してできないこと。
 本当の感情を偽ることなど自分にはとてもできない。
 それが良い事であれ悪い事であれ。
 ヒナタは言葉に出さずともそう思っていた。

『……なるほど。サロス君にも色々あったという事は理解もしました。それと、ヤチヨちゃんにも言いませんので安心してください』
『サンキュな。……あぁ……実は俺、元々は拾われてきた子供でさ」
『ヤチヨちゃんからだいたいの話は聞いています』
『そっ、そうか。んで、前に、育ててくれたかあちゃんがいなくなっちまってから何もかもどうでもいいって思う時があってさ……それこそフィリアやヤチヨのことさえ……』
 
 サロスが言葉を選びながら身の上話をしてくれている。
 きっと彼も彼なりに、自分に歩み寄ろうとしてくれているのだと言う事がヒナタにも分かった。
 普通は仲良くもない人間に対してこのような話をしようとは思わないだろう。

 自分の肉親がいなくなる。
 ヒナタにはまだ想像すらできないことではあるが、それはきっと、とても悲しいことであり塞ぎこんでしまうことも自然なことだったのだろう。

 サロスが青い空を見上げると、風がひと吹きして彼の印象的な赤い髪を撫でていく。

『でもよ……ヤチヨは……あいつらは、そんな俺に手を伸ばしてくれた。一人ぼっちだと思っていた俺を救ってくれたんだ。だから、ヤチヨとフィリアは俺にとってすげぇ大事なやつらなんだ』

 そのサロスの言葉にヒナタは一番自分とは遠いと思っていたサロスの事をとても身近に感じた。
 いつも放課後。一人で本を読んでいたヒナタ。
 そんなヒナタに、友達になろうと手を差し出してくれたヤチヨ。

 目の前のサロスという人間ももしかしたら自分と同じようにヤチヨに救われた一人なのかもしれないとヒナタは察した。

『それは……私も……です。私も、彼女に……ヤチヨちゃんに救われたので……』
『そう……だったのか……』
『私たち、どこか似ているのかも知れませんね……』
『かも……な……』

 そう言って、はにかむように笑ったサロスの笑顔はヒナタの目に初めて彼の本当の心からの笑顔に見えた。

『なぁ……』
『なんですか……?』
『……おまーーヒナタも、もう少し肩の力抜いていきても良いんじゃねぇかな……少なくとも俺たち……いや、ヒナタがそれで良いと思える相手にはさ……』
 
 一見すると溶け込んでいるようにも見えるヒナタの振る舞いだが、サロスにはその心の壁のようなものがあることが見えていたのかもしれない。
 過去に同じく心に壁を作ったことがあるサロスだからわかったことなのだろう。その言葉はヒナタにとってとても説得力があった。

『……』
『……確かに他のやつにどう思われるかとかわからねぇことだし、こえーなと思うこともあるけどさ……どうでもよくねぇか?」
『えっ……?』 
『だってよ。自分が好きでもねぇやつにどう思われたって……それに自分のことを本当に必要だって思ってくれてる奴なら何を言ったってきっと、受け入れてくれると思うんだ……。もちろん、それには時間かかる事もあるかもだけど……きっと』
『……それでもし……嫌な自分を見せてしまった結果。好きな人達が自分から離れたとしてもですか?』
 
 その返答に対してサロスは一度目を真ん丸に見開いて驚いたような表情を一瞬見せたかと思うとニヘラと笑いかけてくる。

『んー……でも、そのヒナタが嫌だと自分で思っている所も含めてヒナタなんだろ? なら、ヒナタのことを好きなやつらは何があっても好きなままだと思うぜ。少なくとも、ヤチヨやフィリアは間違いねぇ』

 そのサロスの言葉に、ヒナタが抱えていた重りが軽くなった気がした。
 サロスだけではない。ヤチヨやフィリアに対してもどこかヒナタは一歩退いていた。
 それは、自分の思う嫌な部分を見せたくないと思っていたからだ。

 しかし、それすらも自分である。サロスという人間が不思議と器の大きな人間なのではないかとヒナタは感じた。
 
『……素敵ね』
『はっ、はぁ!?』

 ヒナタの突然の発言にサロスが驚きの声をあげる。

『私にもそうやって今、その本物の笑顔を向けてくれているということは、今はサロス君にとって私もその大事なやつ……ということになれそうな気がすると言う事でしょう?』
『……? ったりめぇだろ!! ヤチヨの友達……いや、俺の友達は皆、大事なやつに決まってんだろ』

 キョトンとしたあとサロスはそう言ってまたニカっと太陽のように眩しい笑顔を見せた。
 サロスの言葉はヒナタにすごく強い意思を与えてくれるように思えた。
 本心からの言葉というのは、こんなにも力強く胸に響くものなのだとヒナタは改めて知った。
 
 ヤチヨの言葉も、サロスの言葉も。
 ヒナタにとっては眩しすぎたのだ。でもそれでもその輝きを求めずにはいられない自分になってきてしまっている。

『ありがとうございます』
『おっ、おう……』
『私も、サロスくんのこと少しだけ分かった気がする』
『俺のこと……?』
『えぇ。サロスくんは嘘が下手くそで、とても素直で素敵な人なんだなぁと』
『そう……か……後は、すげぇ意地っ張りで頑固だぜ』
『それはもう知ってます』
 
 そう言われ笑うサロスの表情はどこか嬉しそうにヒナタは思えた。

『でも……そのままじゃあ、フィリア君に勝負で勝つのは難しいと思うなぁ』
『なっ、なんだとぉ!?』
『うっ、ウフフ……』
『おい、ヒナタどういうことだよ!! 笑ってないでフィリアに勝てる方法が分かるなら教えろよー!!』
『お待たせ―! って、何ヒナタちゃんイジメてるのよ!! サロス!!』
『サロス、そういうのは良くないと僕も思うよ』
『ちっ、ちげぇーよ!! バカ言うなよ! そんな事するわけないだろ!? おい、ヒナタ、お前も笑ってないで何か言いやがれ!!』
『フフフ……フフフフ……』

 ピクニック中に眺めているあの頃と変わらない青い空から視線をソフィに落とし、懐かしそうに語り続ける。

「サロスはね……バカで、無鉄砲で、素直で……熱い心を持った人よ……」
「それがサロスさん……なんですね」
「そう……でも、彼は最後までどこか私には見せていない面があるようにも思えたの……」
「えっ!?」
「フィリアも似たようなことを言ってたわ。サロスは、僕には決して見せない面がある……って……」
「そう……なんですね……」
「きっと……ヤチヨにしかわからないーー」
「あたしにもわからないよ……」

 いつから起きていたのか、ヤチヨがむくりと起き上がる。

「サロスはね……アカネさんが死んじゃってから。誰にも見せないところがあるのを感じてたんだ。時々なんだけどね」
「……誰にも見せない……ところ……?」
「うん。サロスと話しててね。サロスがたまにどこか凄く遠い何かを見てる時があって」
「どこか……遠く……?」
「……天蓋での、あの最後のやりとり。その時も、サロスはどこかその遠くを見ていたような気がするんだぁ」
「ヤチヨにも、見せていないサロスの一面……か……」

 そよそよと三人の間に風が流れる。
 言葉はなく静かな時間が流れていた。

《助けて……》

「……!?」

 ヤチヨが、急に辺りをきょろきょろと見まわした。 
 その様子に、ソフィもヒナタも途端に不安が募る。

「どうしたの……? ヤチヨ?」
「今……声が聞こえた。助けてって……」
「えっ!? 声、ですか!!」
「あたし……いかなきゃ」

 そう言って、ヤチヨが靴を履き潰しながら勢いよく駆け出す。
 
「やっ、ヤチヨさん!!!」
「ソフィ、ヤチヨを追って! 私も直ぐ追うわ」
「はっ、はい」

 急に駆け出したヤチヨを追いかけソフィもその場から駆け出す。
 そして、ソフィはヤチヨの向かった方向。
 天蓋のある方に向かってヤチヨを追いかけた。

「ヤチヨさん! 今は天蓋に一般の方が近づくのは禁止になっています! 待ってください」

 天蓋の入り口。その場にヤチヨは立ち尽くしていた。
 ソフィは、ゆっくりとヤチヨに近づく。
 すると、天蓋が淡く光を放っていた。
 
 次の瞬間にその光は強く輝く周囲を照らし白く染め上げる。
 あまりの輝きの強さに二人は、咄嗟に目を閉じる。
 すると、ソフィの頭にもヤチヨと同じく《助けて》という誰かの声が響いた。

「たすけ……て……?」
「……ソフィにも聞こえたのね……」
「はい……あの、ヤチヨさん。この声は……?」
「わかんない。でも、だれかがあたしたちを呼んでる……昔のように【わざわいをよぶもの】かとも思ったけど……ちゃんとした言葉だし、ソフィにも聞こえているのなら違うみたいね……」
「【わざわいをよぶもの】……? ヤチヨさん、それはどういうーー」
「まってソフィ!! 何かがくる!!!」

 ヤチヨの声と共に天蓋の入り口の崩れた先から、瓦礫を掻き分けて這い出てくる何かが見えた。

 全身が緑色の何者かが次々と湧き出るように出てきている。

 空気が重い。山に登った時のように空気が薄くなるような気配を二人は感じた。
 身体が緊張して強張り、呼吸が浅くなっている。
 
 ソフィにとっても久々の感覚で嫌な予感を感じて一度大きく息を吸う。
 ツーっと頬に汗が流れる。

 突然現れた異形にまるで怯えるように、木々がザワザワと揺れて音を鳴らす。
 鳥が一斉に飛び立っていくが風は凪いでいない。

 
 緑色で人のような形をした何かはそれ以上でも以下でもなく、見るだけでは何も伝わってこなかった。無がそこにあるかのような違和感だけがじりじりと肌を締め付けるように空気を止める。
 目の前の存在から放たれるものはすべからく無であった。
 訴えかけるような何かがある訳でもなく、表情や感情を汲み取れるわけでもなく。

 二人は目の前に現れたその存在に対して、恐怖よりも今は不気味さが優っている。

 好戦的な意識や、殺意のようなものもなければ、和解や調和を望んでいるらしき友好的な様子も感じられない。

 ただ、一歩また一歩とソフィとヤチヨの方へとその異形は歩いてくる。

 身体の所々が鋭利に尖って刃物のようになっており。
 人の形はしているものの、人とは明らかに違う異質な存在だった。

 これらの異形の到来が何を意味するのか、今は誰にも分かるはずもなく。

 ただ世界には突然、これまでとは明らかに違う時間がゆっくりと流れ始めるのだった。



つづく

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