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168 未知のグリベア

 集団後方にいた生徒が何かに襲われて大きな悲鳴を上げると洞窟内へとその声は即座に響き渡る。
 途端にパニックになる生徒達。後方へと光源を向けるリリアにフェリシアは咄嗟に叫んでいた!

「リリア! いいか、絶対に灯りを放すな!! お前が灯りを落としたら終わりだ」
「ええっ、あ、はい!!」

 彼女の怒声に手が震えそうになるもリリアはギュッと唇を引き絞り、灯りを後方へと力強く振り向ける。

「なんだ?」

 悲鳴がこだまする中、何かの視線を感じとったウェルジアは周囲へと意識を向け最低限の呼吸で気配を辿っていく。未だ姿を確認できない。
 多くの生徒達の姿がリリアの持つ明かりで照らされ複数の影が洞窟の壁に拡がりその何かを目視出来ずにいた。

 だが姿は見えずともその存在の気配は分かる。

「いち、に…さん、三体、か?」
「分かるのか? ウェルジア」
「なんとなくな」
「三体、最悪だ。既にやられたやつも後方にいる。全員の無事は諦めるしかない」

 慌てる後方の生徒達は我先にと前方のウェルジア達を追い抜いて駆け出して逃げつつ洞窟の奥へと進んでいく。

「端的に説明しろ。フェリシア」

 鋭い視線を通路から切らないままに口を開く。

「雪原の奥地に生息してる白いグリベアの可能性がある。この時期は寒さで眠っているはずなんだが、少し前に吹雪が止んだせいで寒さが和らいで起きちまったのかもしれないね」
「危険なのか?」
「相手が単独なら集団でかかれば倒せねぇことはねぇが、場所がわりぃ。三体いるとなると運がねぇ」

 さしものフェリシアの頬へもいやな汗が伝う。この寒さの中で汗が流れるということによって、迫る危機がどれほどの危険をはらんでいるのかを全員が理解する。

「退路にやつらがいるとなると戻る為に強行突破も難しい、か。フェリシアこのまま先へ進むぞ」
「ウェルジア君!?」

 ウェルジアの咄嗟の判断にリリアは驚く、ここから更に奥地へと向かうというのだ。

「広い場所にさえ出られれば選択肢は増える。先に進めばあるかもしれん」
「確かに、賛成だ。おい、全員洞窟の更に奥へ向かう! 走れ!! 全力でも追いつかれるぞ! 死ぬ気で走れ!」

 叫んだ声と共に身体が恐怖に硬直して動けずにいた残りの生徒達も駆け出す。ウェルジア達を追い抜くように残りの生徒も我先にと狭い通路を駆け抜けていく。

「よし、お前らもいけ!」
「え、フェリシアさんは?」

 横目にニカっと苦笑いを浮かべて自前の曲剣を引き抜いた。

「こんの狭さでも、あーし一人であれば時間稼ぎくらいなんとかなる」
「でも、灯りがあったほうが」
「問題ない。お前がここから離れ切る前に補足して鼻さえ潰せばあいつらを弱体化できる」
「フェリシアさん!!」
「大丈夫だ。時間を稼いだらすぐに逃げる。いい感じに広い場所に行って大声を上げてくれ」
「分かった。いくぞ」

 そう言ってウェルジアはリリアの着ているコートの背中を掴んで抱えると走り出す。

「ウェルジア君!?」
「動くな、落ちるぞ」

 二人が最後に走り去るのを見届け、フェリシアは暗がりで気配を探る。ウェルジアのように三体いるのかどうかまでは分からないが、近くにいる事だけは分かる。

「さぁてと。運がいいのか悪いのか、どうにかなれば最高だね」

 唸り声が大きくなってくる。既にかなり近くにいるのだろう。

「視界が悪いのはお互い様。鼻の良さならあーしも負けないよ。ここで終わりなんてそんなことまっぴらごめんだからね!!」

 剣を構えるフェリシアと何かが近づく動作の音が響き渡っていく。


 奥へと逃げ去った生徒達は幸いにもバラバラにはならなかった。道が分かれておらず一本道であったこと。そして、リリアがもつ灯りが想像以上に広い範囲を照らしていけたことで、一定の距離さえ取れさえすれば徐々に全体が落ち着きを取り戻しつつあった。

 細めの道を抜けていくと予想通りに開けた場所へとたどり着き、一同は呼吸を整えている最中だった。
 ひとまず安全圏に辿り着いてここなら視界も悪くない。リリアの持つ灯りがかなり広い範囲を照らせている。そもそもこれがなければ逃走もここまでうまくはいかなかっただろう。

 リリアは明かりを見つめつつショコリーに心の中で感謝を呟いていた。

 しかしこのままでは結局、戻る道の途中にグリベアがいる事で安心というにはほど遠い。
 先ほど襲われる場所に辿り着くまでの途中のどこかで分岐していた道。そのどこか、まだ調べてもいなかった道の先にやつらは生息していたのだろう。
 匂いか音か、近づいた生徒達の何かを感じとって背後から追ってきたということになる。

「フェリシアさんに早く広い場所があるってしらせなきゃ、でもどうしたら」

 ウェルジアはその様子を見て、少し考えた後に呟く。

「……お前のあの歌とやらならば、遠くても届くんじゃないのか?」
「あ、そうか、それなら私に出来そう」

 思いもよらぬアイデアにリリアもポンと手を打って賛同した。普通に突発的な声を上げて呼ぶよりも継続的に声を発する方が確かに耳に届きやすいかもしれない。
 大きく息を吸い込んだリリアが歌を歌い始めると、周りにいた何人かが突然キビキビと動き出して、リリアの前に隊列のようなものを組んで何かをし始めた。

 ウェルジアはその光景を異様に思ったが今はフェリシアを呼ぶのが先だと割り切った。この明るく照らされた広い場所にさえくれば自分も討伐の手助けができる。

 元来、野生の動物というのは厄介で特に肉食の動物たちは力が強い事が多い。とりわけグリベアはその中でも更には雑食で非常に獰猛であるとされている。

 白いグリベアというのが通常のグリベアとの相違があるのかは不明だが、戦える場所が出来ただけでまだ楽観視は出来ない。

 リリアの歌声がしばらく洞窟の中に響き渡っていくと徐々に何かが近づく気配と駆けてくる音があった。

「来るぞ!! 全員臨戦態勢を取れ!!」

 フェリシアがこちらへと飛び出してきて叫んだ。彼女は既に左腕から出血しているようで、血の匂いが一気に洞窟内に充満し、生々しい極限状況へと再び追いやられる。

「フェリシアさん!!」

 リリアが呼びかけた瞬間に飛び出してきたのは二体のグリベアだった。そこまで大柄ではないようではあるがサイズは小さくとも危険な動物であることに違いはない。

(三体じゃない? フェリシアが仕留めたのか? いや、いるな)

「こっちだフェリシア!!」

 この場所でなら全員で戦える。数の利さえ使えれば三体くらいは問題ない状況のはず。と先ほどまでの恐怖は薄れつつあり、全員の表情に安堵が僅かに浮かぶ。

「全員気を抜くんじゃないよ!! 一気に仕留める!!」

 フェリシアが檄を飛ばして全員の意識を切り替えさせる。極度の緊張状態から抜け出せてない者もいるが、ひとまず迎撃の態勢は整ったと言える。

 落ち着きを取り度せば一般の人間よりも戦う手段のある生徒達だ。全体でそれぞれ分散して一体ずつを取り囲み、四肢を狙い動きが鈍ったタイミングでフェリシアとウェルジアがそれぞれ首を一体ずつ切り飛ばしていった。

 しかし首を切り落とす際に二人の腕にかかる抵抗は想像以上だった。この地域のグリベアはどうやら寒さのせいで皮下脂肪が厚く、二人の剣の技量がなければ瞬時に行えない芸当であっただろう。

「よっしっ!! はー、焦ったぁ」

 荒げた呼吸を整えつつフェリシアが安堵の表情を浮かべる。

「フェリシア、もう一体はどうした?」
「いや、見当たらなかったぞ。二体は確認したけど、勘が外れたんじゃないのか?」
「そんなはずは……」
「まぁいいじゃないか、こんなデカい食料も結果的には手に入ったんだ。一人、さっきの通路でやられちまったが仕方ない。せめて入り口まで運んでやらないとな。あとは、途中の水場でこいつらの血抜きもしていけば効率もいい」

 それでもウェルジアだけは警戒を解けなかった。確かに三体の気配があったはずで、それを自分が間違えるとは考え難いという確信があった。

 グルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 突然、通路の先から広いこの場所に咆哮が鳴り抜けていく。
 ウェルジアとフェリシア以外の全員の身体がビクリと硬直して動けなくなる。明らかに何かがおかしい空気が漂い始める。ピリピリとした緊張感が突然、この場を支配し、突如飛び出してきた巨大な影に一同は驚愕する。

「で、デカい!? こいつはグリベア?  なのか!?」

 フェリシアですらその風貌と記憶に該当する動物はいないようで戸惑いと焦りが生じている。
 それもそのはずで通常のグリベアは大きくても2.5M(メドル)程だが目の前にいる個体は明らかに常軌を逸したサイズで少なく見積もっても4~5M(メドル)はある。進んできた洞窟の通路ギリギリで壁際の岩などを破壊しながら突進し、この場に突入してきたのだ。

「あれもグリベアなのか?」
「だろうが、あんなどでかい個体はあーしは見た事ねぇ」

 慌てて生徒達が全員ジリジリと後退するとグリベアは首を切られた仲間らしき二体の死体を貪り食い始めた。巨大な体躯で丸呑みするように咀嚼している。

 肉を噛む音と骨が割れ砕ける音が洞窟内に残響する。思えばこうしている間に動いていればよかったのかもしれないがその異様な姿に誰もが呼吸の音すらも憚るように息をひそめていた。

 生徒達が見上げる先で興奮しているようにフーッフーッと荒い鼻息を繰り返している。

 グアアアアアアアア!!

 再度雄たけびが上がったかと思うと一番近い距離にいた生徒へと飛び掛かりその正面に肉薄する。

「うわぁああああ」
「っっ速ええ!?」

 軽く薙ぐように払われた右腕にぶつかった生徒の身体からメリメリという音が洞窟内に響き渡り、吹き飛ばされた身体が壁へと激突した後、一人の生徒はぐったりと崩れ落ちて沈黙した。

「バケモンだ、こんなの勝てっこない」

 誰かが悲鳴を上げるとその恐怖の連鎖がまた増幅され繋がっていく。身体が恐怖で動かない者達はガタガタと震えながら叫ぶしかないが、大きな声を上げればこの怪物をより刺激してしまうかもしれない。

「静かにしろ! っくそが、どうする」
「フェリシア。隙をついて、こいつが来た道に全員を逃がせ」

 開けた場所にこの怪物がきた以上は、先ほどまで背後を追われていた戻る為の道には何もいない。逃げ帰るなら今かも知れない。
 ただ、戻ったとしてもこいつを入り口付近の仲間たちの元へ引き連れていってしまうという恐れもある。

 それでもこれ以上の深部に向かう危険もあることを考えれば戻って数の利で討ち取る方法を考える方が勝率は高い事が誰の目にも明らかだった。

「全員、あの道を引き返せ!!!!」

 フェリシアは瞬間怒号で叫ぶと、硬直していた者達は逃げ道がある事を悟り、一斉に入口へと殺到していった。

 その瞬間にウェルジアはグリベアの視線を奪うようにさらに奥へと駆け出して立ち位置を整えて溜息を吐いた。
 視界の先には自分と同じくこの場に残るフェリシアの姿があった。

「なんでお前はここに残っている?」
「いいだろ? 気が合うじゃないか、こいつを倒したいのはお前だけじゃないってこった」
「チッ」
「どうせ弱腰のやつらの邪魔さえなければ、なんとかなりそうだと思ってたんだろ」
「ああ」
「ふふ、正直なやつだね。面白い、お前とはホントに気が合いそうだ」

 ウェルジアが白いグリベアへと睨みを利かせたおかげで生徒達は全員この場を去れていた。

 そう、もう一人を除いて。

「あ、えーと」
「お前は何故ここに残っている」
「さっきから居るんだけど」
「そういうことじゃなくてな」

 ウェルジアが呆れたように溜息を吐く。

「だって明かりは必要かなって、、、点けられるのは私だけだし」

 確かに必要だが、ウェルジアにとっては誤算だった。リリアはそもそも戦闘に長けている生徒ではない。
 もしグリベアが彼女を狙いを定めでもしたら守りながら戦うのは難易度が桁違いに高い。
 肉食の動物は弱い個体を狙う習性がある。今はまだ気づかれていないようだが戦いが始まればすぐに気づくだろう。

「チッ」
「どのみちあーしらも明かりがなけりゃまともに戦えねぇ、やるよ! 二人とも! ここで負けたらあーしらはアイツの飯。入り口の生徒達の所にもいずれこいつは間違いなく行っちまうぞ」

 白いグリベアはゆっくりと値踏みするように三人の様子を眺めている。動物には人間のように意識的な殺意やそれらに類するものは存在しない。

 あちらにとってはこれはただの日常。見つけた獲物をただ掴まえるだけの時間。

 洞窟内での生存競争が始まろうとしているのだった。


つづく


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