未来は当てるものではなく自ら創るもの——「米国企業におけるデザイン・フューチャリストの実践と挑戦」イベントレポート
去る8月3日、武蔵野美術大学 市ヶ谷キャンパスにてイベント『米国企業におけるデザイン・フューチャリストの実践と挑戦 - デザイン、ビジネス、ビジョンの交差点で』が開催され、KOELからHead of Experience Designである田中友美子がパネルセッションに参加しました。
今回のイベントは、アメリカでデザインを通じた未来シナリオ作成や戦略策定を行うデザイン・フューチャリストと呼ばれる職種が増えていることを背景に、未来を考えるデザインや組織改革にまつわる知見や実践について共有する回となっています。本noteではそのイベントのダイジェスト形式でのレポートとなります。ぜひ本記事を通じて、未来を考えるデザインや、デザインとビジネスの関係性についての見識が深まれば幸いです。
「起こってほしい未来」を創るためのデザイン
イベントの主催である武蔵野美術大学 ソーシャルクリエイティブ研究所の岩嵜博論教授による本イベントのテーマの説明がされました。
岩嵜さんとしても常にビジネスにデザインがどう活用されているのかが大きなテーマであり、デザインとビジネスの間を繋ぐ活動を著作やイベントなどを通じて行ってらっしゃいます。本イベントでは従来の狭義なデザイン領域から近年拡張されている広義のデザインの活動の中で、どのような実践がなされているのかを聞ける場になると嬉しいとのことでした。
次にJPモルガン・チェース銀行において初のデザイン・フューチャリストとして活動なさっている岩渕正樹さんによる「米国企業におけるデザイン・フューチャリストの実践と挑戦」をテーマにしたレクチャーが行われました。
例えばUberやYouTubeのようなアイデアは、インターネットがない時代には発想することすら難しいでしょう。それまでの常識では考えられなかった事業が登場し、それが社会に根付くことで「非常識が常識に変わる」ようなムーブメントを昨今のイノベーションの特徴と捉えると、それらのような変化が今後どのように起こるか——。これから数十年先の長期スパンを考えることで「組織と社会が今とは全く異なる常識を提示し、実装する」ことが、デザイン・フューチャリストとして手がけられている仕事だそうです。
アメリカの銀行業界ではAppleのように業界外からの企業の参入が相次いでおり、まさにこれまでの金融業界の常識では考えられなかったことが起きています。そのため従来の「お金の動きを扱う」事業だけでなく、例えば利用者の気持ちに寄り添ったファイナンシャルプランを提供するような「共感できる」アプローチによって利益を得る方法を提示し実装する、というような事業の変化が必要になっているといいます。
社会全体としても、"限りない進歩を信じていた20世紀" ではなく、"限られた資源の中で共創を行う21世紀" への変化の中では、何か一意のゴールに一斉に向かうのではなく、地域や文化など様々な要因に沿ったビジョンが生まれていくべきではないか。
そんななか「今後起こるかもしれない未来」を考えるスペキュラティブデザイン、そしてトランジションデザインに出会います。デザインの概念は人工物や目に見えるものデザインから、サービスやソーシャル・イノベーションのような目に見えないもののデザイン、さらにその先のビジョンや異なる常識、「起こってほしい未来」へと、より広義に広がっています。(トランジションデザインについては岩渕さんのnote記事を公開してらっしゃいます)
それらの考え方に触れ、興味を持った岩渕さんは「ならば本人に聞くしかない!」とスペキュラティヴデザインの提唱者であるダン&レイビーに教えを乞うべく、パーソンズ美術大学に入学します。
ちなみに現在ダン&レイビーは「スペキュラティヴデザインを提唱した時よりもずっと、今やあらゆる場所で未来に向けた議論が起こっているのだからスペキュラティヴデザインの役割は終わったのではないか」ということでDesigned Realities Studioを立ち上げています。「Not Here, Not Now——今ここにあることではなく、現実にはない未来を提示し揺さぶる」ことを目指し、昨今のデザイン教育は特定の「現実的」なものにフォーカスしすぎて、非現実的かもしれないが面白いアプローチが捨てられてしまうことに対する危機感からLarger Realityという論考を発表しています。
折しもコロナ禍によってアメリカでは「現実的なアプローチに囚われず、非現実的かもしれない新しい可能性から未来のシナリオを描く人が必要ではないか」という人材が求められるようになりました。そんな中で岩渕さんが出会ったのがJPモルガン・チェース銀行銀行でした。
大きな組織を「目覚めさせる」デザイン
JPモルガン・チェース銀行はJPモルガンとチェース、2つの銀行からなっており、岩渕さんが所属しているのはチェースのデジタルプロダクト&エクスペリエンス部門の中でも組織を横串でデザインに触れていくDesign Evolutionというチーム。岩渕さんは現在「Envision Futures through Design in the large org(大きな組織の中でデザインを通じ未来を描く)」というテーマのもと、実践されていることをいくつかご説明いただきました。
まず「社会の変化の中で人々のお金の使い方はどう変わるのか?」「銀行がない未来はあり得るのか?」といった問いを組織の中で考えるワークショップなどを実施し “会社特有の支配的な考え方” に揺さぶりをかけるアクション。
次に「未来の考古学」と題し未来の人工物を可視化することから広い社会像を想起させるアクション。何もない状態で未来像を考えるとどうしても空中戦になってしまいがちなので、プロダクトのモックアップに実際に触れることで、人間目線でものを考えられるような状況を作っているとのこと。
そして会議室の一角を改装し実際に未来のプロダクトに触れられるような “リビングルーム” も作りました。このリビングルームを通じて、誰でも議論に参加したり、組織を超えたつながりを生み出すような場所として機能しているといいます。
最近ではチェースのVR/ARを研究しているメンバーやチェースの枠を超え、JPモルガン側の未来洞察のチームなど、組織を超えたコラボレーションが生まれています。組織にデザインに触れさせ、組織の壁を超えて「目覚めさせる」ことで未来のビジネスを創る。さらに組織の中でこのサイクルを大きくしていく活動を続けてらっしゃるとのことでした。
最後に岩渕さんが興味があることとして「私たちはどこからきて、どこへいくのか」これからも様々な壁を取り払って、過去からの歴史があってこそ未来に繋がっていくことをやっていきたい——というお話で、イベント前半のレクチャーが終了しました。
大企業の内側から未来の社会を考える
イベントの後半は岩渕正樹さん、田中友美子さん、神谷泰史さん、岩嵜博論さん4名によるトークセッションです。
神谷さんはコニカミノルタ株式会社のデザインセンターにてデザイン戦略、社内の新規事業開発の支援や、組織開発などを行ってらっしゃいます。コニカミノルタでは「B to B to P for P」という考え方でプロフェッショナル(P=Professionals)の人たちの支援を通じて、そこからさらに多くの人々(P=People)に価値提供を行っています。全社的にもデザイン思考を推進・浸透をデザインセンターが担っているとのことでした。
またコニカミノルタではデザイン思考を独自のフレームで定義しており「ビジョン」に重きを置いているそうです。コニカミノルタの「人々の “みたい” に応え、新しい価値を創造する」ことを目指し設置された新価値創出スタジオ「envisioning studio」では未来に向けたForecast、未来から逆算するBackcastの2つに加え、コニカミノルタの150年の歴史が培った文化を通じて未来を見通すアプローチで実現したい未来を描いています。
さらに全社の羅針盤となる未来ビジョンマップを作り「”みたい” に応える会社」として現在進行形で “みたい” の様々な切り口を探っているそうです。
次にKOELのHead of Experience Designである田中友美子から自身のこれまでのキャリアの振り返りとKOELについての紹介がありました。
2020年に新たに生まれたデザインスタジオ KOELは、デザインを通じた事業の課題発見と解決を行いながら、社内でのデザインのプロセスを広める組織作りを同時に行っています。今回のイベントではKOELの行ったデザイン支援として、デジタル教育における課題やリハビリテーションのような医療分野における具体的な事例をご紹介しました。
また、インフラについて考えるNTTコミュニケーションズにおけるKOEL独自取り組みとして、日本の社会の変化から未来のあるべき姿を考えるビジョンデザイン「みらいのしごとafter50」「豊かな町のはじめかた」の事例を紹介しました。
組織のデザイン浸透はトップ/ボトム両面から
トークセッションはまず「デザインが根付かない組織にデザインを根付かせる方法とは?」という話題からスタート。
田中(以下敬称略):
「裾野を広く、トップを高く」ということを意識しています。組織の中でもデザインに対する疑問や抵抗感がある人はいますよね。デザインという言葉を使わずに「あなたの仕事の中で使えるものなんだ」と理解してもらうことで「裾野を広げていく」。「トップを高く」というのは組織のアウトプットのクオリティを上げることで、KOELのメンバーにも実践力がつくようなプロジェクトや新しいチャレンジの機会を意識的に作っています。
岩嵜:
Biz/ZineでKOELのみなさんにお話を伺った時も、デザインの社内研修プログラムもKOELが作ってらっしゃるとおっしゃってましたよね。
神谷:
組織にデザインを広げていくためにはトップのコミットが不可欠だと思います。私たちは経営側と一緒に進めることができましたが、それがないと正直難しかったと思っています。一方で "組織は社会の一部" とも言えます。社会活動の視点から考えた時にボトム側から変えていくような活動は明日からも始められることで、トップとボトム両面から進めていくことが重要だと感じます。
岩渕:
理解してくれる人がいる、というのは重要なことで、一人で戦うのは難しいですよね。先ほどの人間目線でのデザインを進めていくと、職種やポジションに関わらず理解してもらえたり意見してもらえる機会が作っていけるんじゃないかと思います。
次に「組織にデザインの文化を築く方法とは?」という話題。
岩渕:
デザイナーが縦割りの外が見れない状況に対して、横串で見れる状況を作る必要があると思い、有志のコミュニティを作ったり、社内イベントやキャリアパスを整理したりといった活動をしています。ボトムアップだけでなく、トップからもどうやって横串で協調していけるか道筋を作っていますね。
田中:
デザインって絵が上手くなくてもプロセスやメソッドを通じて誰しもができることなんだ、みんなのものなんだと思ってもらえると根付いていくと思います。一方で難しい問題もあって、広げることがクオリティを担保するとは限らないんですよね。なのでフェーズを変えて「広げる時」「クオリティを上げる時」を切り分ける必要があると思います。
神谷:
大きく古い企業に所属していると、想像以上にデザインに対して理解されていないと実感します。デザインセンターが社内に存在していることを知らない人も多いですし、デザインに関しても色・形の話でしょ、という人も多い世界です。現在は、トップの意思決定によりデザイン思考の全社浸透を担っており、研修や支援を通してデザインセンターの役割を伝えていくことを地道にやっています。
未来は「当てるものではなく、自ら創っていくもの」
そしてイベント参加者から寄せられた質問に回答するコーナーに続きます。寄せられた質問の中でも印象的だったのが「自身もデザインコンサルティングを行なっているが、自分の仕事が “ビジネス占い師” のような怪しさを感じてしまい、モチベーションが下がってしまう」というお悩み。
田中:
そのような “占い師” のようにならないために、まずリサーチをしっかり実施して、自分で論理的に説明できるようにしています。他業種の方とお話しする中で、既存の固定観念で固まっている状態に対して議論の火付け役になれた!というところに個人的に達成感を感じます。
神谷:
“占い師” を求めている方もいらっしゃるかもしれませんが(笑) インハウスの立場からできることとして、社内のあらゆる情報を持っていること。デザインセンターは実情まで含めてよく知っているので、この情報を合わせ込んでソリューションを提案すると納得できる提案につながるかなと。
岩渕:
占い師になってしまうというのは「当てる」ものだと思ってしまっているからなのかなと。「信じたい」「ありたい」と思えるビジョン、社内の人がそれを目指したいと思えるものを作らないといけないと思います。
岩嵜:
未来は「当てる」んじゃなくて自ら「創る」ものですよね。「作りたい未来」をみんなで考える、ということですね。
次に「企業の生存戦略=豊かな未来、ということはあり得るのか?企業の中で未来を描く上で気をつけていることを知りたい」という質問。
岩渕:
これはクリティカルな質問で、未来を考えたい、しかし今のビジネスも考えなければならないというジレンマは確かにあると思います。今の稼ぎしか見ていないと先が見えなくなりますから、向かうべき北極星を定めることで長期的にたどり着く手段になると思っています。
田中:
個人的にこれは考える順番の問題だと思っています。私は未来の姿をピュアな視点で考えて、人の暮らしが見えたときに「将来こんな世界になる…このままじゃうちの会社まずいんじゃない?じゃあどうしよう」と考えることになります。なので企業の生存戦略と社会の未来像の優先順位がごちゃごちゃになることはないと思いました。
岩嵜:
僕は『パーパス 「意義化」する経済とその先』でも書きましたが、サステナビリティを考える上であるべき未来を考えずに自社のことは考えられないですよね。
組織の壁を超えてデザイナーがビジネスの力になる
最後に「今後デザインとビジネスの関係がどう変わっていくのか?」登壇者の皆さんが語ってくださいました。
岩渕:企業においてデザイナーとビジネスサイドは必ず協業する場面があり、デザイナーもビジネスに寄り添っていく必要がある。トラディショナルなデザイナーが専門領域にとらわれずコンフォートゾーンを超えて、壁を破っていくことが重要な態度だと思います。
田中:
デザイナーにとって2つ重要な要素があって、1つがコミュニケーションの力。ファシリテーションによって合意をとっていくような力で、もう1つが想像する力。事業を進める方は妥当性を重視してしまってなかなか飛躍できない。そういう時に議論のテーブルにのける力。この2つが重要じゃないかと。
神谷:
デザイナーは会社のなかでたくさん仕事をしてます。でもビジネスそのものの理解がないことで評価されないこともあります。ビジネスや事業開発の知識を身につけ、プロアクティブに自分から提案することが大事。そうすれば、デザイナーが持っている複雑なことを整理するスキルを活かして、経営サイドに物言いができる人がもっと出てくると思います。
岩嵜:
日本ではこれまで変わらないことがよしとされてきた世界ですが、これから変わっていく時代にデザイナーやデザイン方法論が役にたつようになってくると思います。今日のお話が参考になれば幸いです。本日はありがとうございました!
2018年の経産省によるデザイン経営宣⾔以降、日本でもビジネスにおけるデザインの重要性は多く語られるようになりましたが改めてデザイナーの視点からビジネスにどのようなコミットができるのか、特に未来を見通すという大きな役割の重要性を認識できるイベントでした。またBiz/Zineさんでも今回のイベントの模様を取り上げていただいております。こちらもぜひご覧ください。
今後もKOEL公式noteでは各種イベントや登壇の模様を通じて、多角的にデザインの視野を広げる記事を公開していきますのでぜひKOELのnoteアカウントのフォローをお願いいたします!
(文・写真:KOEL福岡)
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