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第1回 こどもホスピスとはなにか。死に向かう場所ではなく、生きる場所だということを知ってほしい

こどもホスピスのことを伝える連載企画「Koe」。第1回目のテーマは、こどもホスピスとはなにか。

横浜こどもホスピスプロジェクトの代表理事を務める田川尚登さんのお話をもとに綴っていく。

▼ 連載企画「Koe」について


田川 尚登(たがわ ひさと)さん
認定NPO法人横浜こどもホスピスプロジェクト代表理事。神奈川県横浜市出身。
1998年、次女のはるかちゃん(当時6歳)を小児脳幹部グリオーマで亡くす。娘の死をきっかけに、NPO法人スマイルオブキッズを設立し、2008年に病児と家族のための宿泊滞在施設「リラのいえ」を開設。2017年にNPO法人横浜こどもホスピスプロジェクトを立ち上げ、こどもホスピスの設立準備をスタート。2021年11月、日本で2つ目のコミュニティ型こどもホスピスとなる「横浜こどもホスピス うみとそらのおうち」を開設。

こどもホスピスは、子どもが子どもらしく生きるための場所

「実は、こどもホスピスの設立準備をしているときに『なんでそんなものをつくろうとしているんだ』と苦情の問い合わせをいただいたことがありました。ホスピスという名前から、子どもの治療を諦めるとか、子どもの死を想起させる悲しい場所といった印象を持ち、この取り組みに反対する方がいるのも残念ながら事実です。現在の日本ではこどもホスピスの定義や立ち位置が曖昧であり、私たちの取り組みや考え方は社会の中でほとんど知られていません。医療や教育、福祉関係者であっても、まだまだ知らない方のほうが多いようです」

設立当初の出来事について尋ねると、少し悔しそうな表情で語り始めた田川さん。

ホスピスという言葉のイメージから、看取りやがん患者の緩和ケアをイメージする方は多いのではないだろうか。私自身も以前は、こどもホスピスに対して“難病の子どもたちが最期の時間を穏やかに過ごす場所”というイメージを持っていた。

しかし、実際に訪れてみたこどもホスピスは、「死」のイメージとは随分掛け離れた空間だった。

──完全バリアフリーの児童館、もしくは地域の子育てひろば。

それが、私が横浜こどもホスピス〜うみとそらのおうちに対して抱いた第一印象である。

「うみとそらのおうち」の1階のスペースには、子どもたちと家族が楽しく過ごせる仕掛けがいっぱい。

「ホスピスという言葉はラテン語のHospesに由来し、『客人を手厚くもてなす』といった意味が込められています。この言葉の成り立ちの通り、こどもホスピスは、LTC(※)の子どもとその家族が安心してくつろいだり自由に遊ぶことができる第二のおうちであり、明るく楽しい場所なんです。普段は入院して治療を頑張っている子どもたちが、こどもホスピスを訪れて楽しい時間を過ごし、『ここに来られるから治療も頑張ることができる』と言って闘病の日々に戻ることも珍しくありません」

病院でも福祉施設でもない、親子が気軽に立ち寄り、思い思いの時間を過ごせる場所。部屋の中央には親子で乗ることができる大きなブランコや、車椅子でもクッキングができる対面式の大きなキッチンが設けられている。この場所を訪れた子どもたちは治療と離れて好きなことに没頭できる。

「たとえ医師から余命を宣告されていたとしても、子どもたちは最後のときを迎えるまで成長を続けます。健康な子どもと同様に強い好奇心や遊びたい意欲だって持っています。それは、6歳でこの世を去った私の娘の闘病生活中の姿から学んだことです。こどもホスピスは死に向かう場所ではなく、生きるための場所。このことはぜひ多くの方たちに知っていただきたいです」

※LTC:Life-threatening conditionsの略称。生命を脅かす病気の総称。日本には生命を脅かされる病気を伴う子どもが約2万人いると推定されているが、集計方法が確立されておらず正確な人数が把握できていないことが課題。

現行の制度では担えない、LTCの子どもと家族のトータルケアが可能

LTCの子どもたちは既存の医療福祉制度に基づくケアを受けられる場合もあるものの、当事者たちの中には制度の狭間に落ち込んでしまう人がいるのも事実だ。
また、子どもだけでなく親やきょうだいを含めた家族まで総合的にケアをしていくには現行の制度では不十分で、民間公益活動領域でLTCの子どもと家族を支えていく必要がある。

全国こどもホスピス支援協議会がまとめた資料「日本のこどもホスピス」では、こどもホスピスの役割は、“LTCの子どもと家族それぞれをありのままの姿で受け入れ、家族みんなで憩い、交わる時間と環境を提供すること”と明示されている。

「私たちが利用者に対して行なっていることは、ケアというよりも寄り添いです。利用者の安心と安全のために看護師や保育士といった専門職者は常駐していますが、医療行為や福祉サービスなどを行う場所ではありません。私共の考えるこどもホスピスはあくまでも“おうち”なんです。専門職者ではなく、家族の一員として、友として、利用者と同じ目線に立って寄り添う姿勢を大切にしています」

こどもホスピスのサービスは病気の診断時からスタートし、療養生活、ターミナル期、子どもの死後まで継続的に提供される。
遊びや学びの体験をはじめ、家族宿泊やレスパイトケア、きょうだい児支援、子どもが亡くなった後の家族の心理的ケアなど、運営団体によって提供するサービスの内容は異なるが、LTCの子どもと家族のトータルケアを目指している点はどの団体にも共通している。

コミュニティ型のこどもホスピスは日本では2ヶ所のみ。寄付金を主財源にするメリット

世界で最初に誕生したこどもホスピスは、1982年に英国オックスフォードで設立されたヘレンハウスである。
教会のシスターが、脳腫瘍に罹患した2歳のヘレンちゃんを両親から一時的に預かり、看病で疲弊していた両親が休めるようにレスパイトケアを行なったことが始まりだった。

「こどもホスピス発祥の地であるイギリスでは、運営費用の大半が地域の人々からの寄付でまかなわれ、“街のこどもホスピス”として地域コミュニティに根差した活動を実現しています。イギリスでは大きな街ごとにこどもホスピスが存在し、どんなに重い病気になっても安心して住める地域環境が築かれているのです」

日本ではまだ、イギリスのようにこどもホスピスが当たり前の存在として確立しておらず、各団体ごとに様々な形態で活動がなされているのが現状だ。

日本におけるこどもホスピスの主な運営形態は、主財源の大半を既存の医療福祉制度に事業に頼らず寄付金で運営するフリー・スタンディング型と、医療機関が運営し医療体制のある医療型に分かれる。
そしてもうひとつ。施設の形は持たないものの、ホスピスケアの理念のもと、LTCの子どもと家族をサポートする活動を実施している団体も全国各地に存在している。

『日本のこどもホスピス 小児緩和ケア・こどもホスピス 普及の礎となる共通理解に向けて』を参考に作図。(公益財団法人原田積善会,2023年)

田川さんたちが運営する「うみとそらのおうち」は、民間寄付を主な財源とするフリースタンディング型に該当する。また、建物とサービスが一体となり地域コミュニティの中に存在することから、コミュニティ型のこどもホスピスとも呼ばれている。

2024年現在、国内にあるコミュニティ型のこどもホスピスは「うみとそらのおうち」と、大阪市鶴見区にある「TSURUMI こどもホスピス」の2ヶ所のみだ。

「横浜も鶴見も、イギリスのこどもホスピスの在り方にならって運営をしています。寄付金を主財源とする難しさもありますが、サービスの自由度が高くなることは大きなメリットといえます。こどもホスピスを利用する子どもたちは、発達段階や病状をはじめ、好きな遊びややってみたいことも1人ひとり異なります。既存の医療福祉制度をもとに運営するとなると必然的に制約が生まれ、提供できるサービスの幅が狭まってしまうのです。私たちは、LTCの子どもと家族の多様なニーズに最大限寄り添えるこどもホスピスを目指しています」

まずは、こどもホスピスについて知ってほしい

令和6年になり、日本でもこども家庭庁にこどもホスピス専門官が配置され、国として初となる実態調査がスタートした。今後、こどもホスピスの社会的な位置付けが明確になってくると予想されている。まさに今、日本のこどもホスピスは変遷の最中にある。

「ようやく国が動き出したばかりの今、もっとたくさんの方にこどもホスピスについて知ってもらえたら嬉しいです。LTCの子どもと暮らしている家族や、お子さんを病気で亡くしてしまった遺族の方はもちろん、若い世代の方や、医療や福祉、教育関係者も、まずはこどもホスピスがどんな場所なのかをご自身の目で見て確かめていただきたいです。多くの方に知っていただくために、うみとそらのおうちでは定期的に見学会を開催しています」

海と空の景色を望むことができる金沢八景の一角。「うみとそらのおうち」は、侍従川のほとりに慎ましく佇む。

ここは、田川さんが次女・はるかちゃんの生きた意味と向き合い続け、長い年月をかけて築き上げた大切な場所。

今日に至るまでの道は決して平坦ではなく、様々な出来事があったそうだ。

連載第2回目では「横浜こどもホスピス〜うみとそらのおうち」を設立した田川さんの半生を取り上げる。

(取材・文/佐藤愛美)

▼横浜こどもホスピス〜うみとそらのおうち見学会についてはこちら

参考資料
・田川尚登 著『こどもホスピス━限りある小さな命が輝く場所』新泉社,2019年
・『日本のこどもホスピス 小児緩和ケア・こどもホスピス 普及の礎となる共通理解に向けて』公益財団法人原田積善会,2023年

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