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【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #26(第7話:3/4)

…………。
-ジュディ-

<前回のジュディ>
ジュディとフォルカーの対決が始まった。
一方、ゴードンたちは行く手を阻まれ――
前回(#25(第7話:2/4)
目次

……………
■#26

ヴフッ、フッ、フーッ!
2時、4時、8時、10時の方向からのっそりと姿を現した4頭のグリズリー。まだ随分と離れているにも関わらず、四方の獰猛な息遣いがゴードンたちの鼓膜を震わせる。

「猿の次は熊かよ……」
本能的に声を潜めたゴードンは、ぐるりと周囲を観察した。

正面、洞穴前の男まで20ヤード。熊との距離もそれぞれ20ヤードってところか? このまま正面突破―― いや、あの男が能力持ちだった場合のリスクが大きすぎる。リーチのある鞭も厄介だ。斜め前の2頭に追いつかれる可能性も高い。この場に踏みとどまって四人で迎撃するか? あの巨体に銃が通用するだろうか……

「聞いて」
ゴードンの思考はソフィアの一言で中断した。
「ここは私とイタルが引き受ける。エリザベスと先に進んで。私の合図でダッシュ。何があっても立ち止まらずに」
「いや、しかし」
「一刻を争うのよ。四人とも足止めされたらいけない。弾薬も無駄にできないわ。あのヒゲや熊との相性を考えればこのペアが一番いいと思う。それとエリザベス――」
手短に説明されたソフィアの作戦に三人は頷き、揃って山高帽の男に向き直った。

「コソコソ作戦会議ですか? 悠長な……。もうすぐ私の可愛いクマちゃんに喰い散らかされるというのに」

嘲笑を黙殺したソフィアは、くるりと回れ右して男に背を向けた。
三人と向き合う形になった彼女は宣誓のポーズのように右手を軽く挙げ――
「ゴー!」
ゴードンとエリザベスが同時に地を蹴る。ソフィアの横を通り過ぎる瞬間、エリザベスは彼女の右手にタッチした。
タッチ・アンド・ゴー。ソフィアの姿が消える。
「むっ!? ……カ、ハッ!」
水平に繰り出されたソフィアの中段回し蹴りが、男の背中を強かに打った。海老反りながら大きく弾け飛び、前のめりに倒れる男。その両脇をゴードンとエリザベスが駆け抜ける。
「ぐぬぅ……! 行かせはしませんよ!」
呻きながら膝を突いて上体を起こした男の視界一杯に、イタルの右ローキックモーションが広がった。
「いやいやお待ちな」「シッ!」「ざべっ!」
ガードせんと上げた左腕を軋ませながら、男は横方向へと蹴り飛ばされた。

山高帽の男と入れ替わりで洞穴の入り口に立ったソフィアは、自分目掛けて殺到する重戦車のような4頭を冷静に観察する。

読み通り――
こいつらの最優先事項は私たちを ”このの中に入れない” こと。
一番近いのは私。アナタたちのご主人様を蹴り飛ばしたのも私。

「さあ、いらっしゃい!」
ソフィアは挑発しながら神経を集中させる。イエローゴールドの右眼が輝きを増し、長い黒髪は鬼神の如く天を衝くように逆立つ。

ネイチャー番組の情報が確かなら時速35マイル。ボルトよりも俊足。最初に到達するのは二人ではなく…… 手前の2頭!

「止まれぇ!」
ソフィアは両掌を地面に突き、左右斜め前のグリズリーに向けて電撃を放つ!
バキバキバキバキバキッ!
「ヴォオオオヴァアアアア!!」
唾液を飛ばしながら身悶えした2頭が、叫喚しながらその場で立ち上がる。両手を天に突き上げた6フィートオーバーの巨体は激しく痙攣し、ドスンと鈍い音を立ててうつ伏せに倒れた。
「頼んだぞ!」「ご無事で!」
3秒遅れで到達したゴードンとエリザベスが、声を掛けながらソフィアの左右を駆け抜ける。洞穴の奥へと姿を消す二人を背中で感じながら、ソフィアは迫り来る第2波に照準を定めて電撃を放った。
「ヴボァアアアアアアア!!」

さすがにこのサイズを一撃で仕留めるのは無理。左右の2頭はもう意識が戻りそう…… 追わせないためには――

ソフィアは気絶した4頭を横目で見ながら巨木に駆け寄り、幹に触れた手に力を込める。葉を落とした複数の枝…… 人間の胴ほどもある太い枝たちが大蛇のようにうねり伸び、洞穴の入り口に頑強なバリケードを築いた。

「クマちゃんに何と酷い仕打ち! さっそく任務失敗じゃないですか…… フォルカー様になんとお詫びすれば良いのか。首ふたつでは満足しないでしょうが――」
後方の戦況を確かめながら立ち上がった男は山高帽を被り直し…… 突として鞭を振るった。持ち手から生じた運動エネルギーは長鞭の先端へと伝わり、一瞬にしてヘッドスピードが音速を突破する。慎重な足取りで5ヤードまで近づいていたイタルは腕の動きからラインを予測し、身を屈めた。が! まるで意思があるかのように軌道を変化させた鞭がイタルの左頬を切り裂いた。
「フ、フ、フ。これ以上私に触れることは許しません。貴方は二度と近づけぬまま…… この生きた鞭によって肉と血管を引き裂かれるのです。お? 踏み込むのが怖くなりましたか。宜しい、宜しい」
後方へと跳躍したイタルは、鞭の射程の一歩外で構え直す。頬の傷や出血など気にせぬといった無表情で男を睨み、一息に軸足と腰を捻った。
チキキキキキボッ!
機械音を纏った左後ろ回し蹴りが空気を裂く。
「む! な」
ブーツから変形分離した鋼の鉤爪がワイヤー1本を引っさげて高速飛翔し、身動きひとつ取れなかった男の首をガッチリと掴んだ。
「んぐむむ!」
反射的に後ずさろうとした男の動作を、ビンと張ったワイヤーが阻む。強靭な下半身でバランスを保つイタルの右足は斜めに刺さった杭のように動かない。
一瞬の綱引き。
「ごっ、こざかしい……」
ギャリギャリリリリ!
「むぉばっ! むばべべべっ!」
ならば、と一歩踏み込んで鞭を振ろうとした男の体重移動を見透かしたように、ブーツの内臓ギアが逆回転の唸りをあげた。イタルはワイヤーを巻き上げながら、水平に突き出していた左足をグイと振り下ろす。千切れんばかりに喉首を斜め下へと引っ張られた男は屈辱的なヘッドスライディングを強制され、イタルの足元に引きずり寄せられた。

◇◇◇

ドンッ…… ゴゴゴッ…………
「今の」
フラッシュライトの光を頼りに洞窟を進んでいたゴードンとエリザベスは、奥から届いた1発の銃声に足を止めて顔を見合わせた。
「ジュディのリボルバーだ。近いぞ」
「何だろう、頭の上に別の音」
「ああ…… わからないがともかく急ごう」
生きている。フォルカーと戦っているに違いない。ゴードンは逸る気持ちを抑え、滑りやすい足元に注意を向けながら足を踏み出す。しかしその足はわずか1分ほどでふたたび止まった。
左へと大きく湾曲した通路の先から光、そして道中とはまるで異質な空気が漂ってくる。微かに漂う硝煙の匂い。先ほどの銃声以降、音は聞こえてこない。だが、このすぐ先にジュディはいる。グロックを握り、エリザベスと横並びで静かに進む。
奥を覗き込むように壁を伝い…… 曲がり切った途端、焚き火のような橙色の灯りが差し込んできた。目を細めながら前方を確認すると、もう5、6歩ほど歩けばこの狭い穴道は終わり、その先はどうやら開けた場所のようだった。
さらにその奥――

「ジュディ!」


―― 遡ること4分

じりじりと円を描くように足を捌きながら距離を保ち、互いに次の一手を探るジュディとフォルカー。その動きをなぞるように、ジュディの両肘から滴る血が二筋の点線を引いていた。石畳に散らばった無数の薬莢とシリンダーが篝火に照らされ、キラキラと光を放つ。
ジュディは己の血で汚れたリボルバーを右脇のホルスターに収め、フロストブリンガーを両手で握った。
「弾切れかな? シリンダーに残った1発は自決用か」
「ふん。言ってな」
「銃はともかく…… やはりその斧は少し厄介だな。両腕もまだまだ動く」
「こんな掠り傷。ツバつけときゃ治るレベルさ」
「そうか。では……」
フォルカーは足を止めて腰を落とし、抜刀術の構えを取った。
「居合? 誘ってんのかい」
「いや、迎撃は性に合わなくてね」
言うや否や、柄の上ワン・インチで浮いていたフォルカーの右手が走る。全力で握り締められた大刀の柄と鞘がギュウッと悲鳴を上げ――
「イヤーーッ!!」
バッ、ボッ!
腹の底から発した大声で全身の気力を満たし、大刀を鞘から抜き放つ動作で一撃。続けざまに左手を添えて刃をくるりと返し、上段から二の太刀を振り下ろす。逃げ場を与えぬ十文字の真空刃がジュディに襲いかかった。
「キエェェェ!!」
カッと目を見開いたジュディはフォルカーの掛け声を掻き消すように一喝し、迎撃の左ストレートを放った。一瞬にして膨張したオーガイーターが牙を剥き、真空の刃を呑み込む。
「それもまた…… 厄介!」
真空刃を追うように納刀突進していたフォルカーは、ジュディの左側面に移動しながら己の腰に手を伸ばす。
「ムンッ!」
フォルカーの縦一閃。巨獣の口は真横から切断され、ベチャリと音を立てて地を汚した。牙と肉の残骸が唐突に燃え上がる。
「チイッ!」
ジュディは咄嗟の判断で左手のオーガイーターを振り捨て、側転で間合いを取った。”ただのナックルダスター” になって岩場に転がったそれは、切断面から白い炎をあげてブスブスと溶けてゆく。

「魔装具を壊すには、魔装具で……」
焔刃をウットリと見つめていたフォルカーは燃えるように赤い両眼をジュディに戻し、長い脚で距離を詰めながらフレイムブリンガーを斜めに振りかぶった。
「テメーにくれてやった覚えはないんだよ!」
迎え撃つジュディは、下段の構えからフロストブリンガーを振り上げる。

ギンッ! ボシュウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!

氷と炎、魔力を宿した二挺の刃がぶつかり合い、爆発的に生じた水蒸気が霧となって二人の視界を奪った。
すかさずバック宙で距離を取ったジュディはフロストブリンガーを左手に持ち替え、右ジャブを3発。オーガイーターが正面の霧を喰らい、互いの位置が露呈する。
「ほう……」
「また霧のマジックショーでトンズラこかれたら腹立つからね」
「逃げる? 私は逃げないよジュディ」
「どうだか」
ジュディは背中を丸めると顎を引き、フロストブリンガーを逆手に握った左拳、オーガイーターをはめた右拳、その両方を顔面の前に上げた。ピーカブースタイル。インファイトの宣言。スッと鼻から息を吸い、高速ステップで右サイドの霧の中に飛び込む。
「小細工……」
「シッ!」ガチンッ!
霧をかき消す右ストレート。獲物を喰らい損ねたオーガイーターの牙が音を立てて噛み合う。
ふたたび横からの一刀両断を目論むフォルカーは、ジュディの右側面に回避を終えてフレイムブリンガーを振り上げていた。
だがしかし。フォルカーの回避に賭けていたジュディもまた同様に、がら空きの懐へと吸い付くようなステップインを済ませて左腰を急速回転させていた。
「シッ!」

「ぐ! ぬ……ぅ! の、おぉぉ!」

一瞬の差。
左フックの軌跡を描いたフロストブリンガー。その逆手斬りが、フォルカーの腹部を真一文字に裂いた。フォルカーの顔が屈辱と苦痛に歪む。しかしその頑強な悪魔は体勢を崩しながらも、眼下で斬撃の隙を晒すジュディを狙い――
ギンッ!
ジュディは間一髪、額に迫った手斧を右拳で打ち払う。フォルカーの手を離れたフレイムブリンガーは回転しながら水平に飛び、岩壁に突き刺さった。
「ぉのれ!」
「シッ!」
ジュディはもう一撃、と逆手で振り抜いていたフロストブリンガーを順手にスイッチし、前屈みになったフォルカーの顔面目掛けて斬り払った。
バザッ!
ジュディの左手に、肉を斬る確かな感触が伝わる。

しかしフロストブリンガーが断ったのは、瞬時に割り込んだ濡羽色の翼だった。フォルカーは後方に跳躍し、霧を払うように翼を広げる。
「チッ!」
舌打ちしたジュディは焔刃によって燃え溶けはじめたオーガイーターを放り捨て、フロストブリンガーを右持ちに切り替えた。

「ぐぐ、オ、オ、ォ……」
使い物にならなくなった翼を背中に収めたフォルカーは、血一滴も零さずに凍ってゆく腹の裂傷を凝視していた。苦悶の表情はゆっくりと狂気の笑みへと変化し……
「ぐ、ォ、お、あぁ…… ジュディ。いいぞ! やるじゃないか……」

「……ヤクでもやってんのかい?」
やれやれと軽く首を振って俯いたジュディは、呟き終えると顔をあげ――
全身全霊の突撃!
二本差しに手を掛けることすら許さぬ入神の脚力で近間に入る。刹那、フロストブリンガーを首筋めがけて水平に薙ぎ…… しゃがむように ”避けさせた” フォルカーの顔面にリボルバーの6発目を撃ち込んだ。
ドッガチンッ!
弾丸を前歯で噛み挟んだフォルカーが…… ジュディを見上げながらニタリと笑う。フォルカーは弾丸を舌先で転がし、先端をジュディの方へと――
ボッ! キィンッ!
「アガッ」
吹き矢の如く ”ジュディの口腔” から発射された実包が、フォルカーに噛み挟まれていた弾丸を叩く。デリンジャー級のエネルギーで玉突きを起こした弾丸はフォルカーの喉奥へと弾け飛び、しゃがみ姿勢のままフォルカーは後ろに大きく仰け反った。
「お返しだよ… 死ね!!」
ジュディは言いながら踏み込んだ足に全体重を乗せ、悪魔の胸部にフロストブリンガーを――
「ぁにぃ!?」
ジュディがジュディらしからぬ驚きの声をあげる。
反っていた上半身をぐるんと元の位置に戻したフォルカーと目が合った。悪魔の口は顎が外れたように大きく開かれ、その口腔内に…… 禍々しい気配を放つ黒い渦が生じている。
ビッ!!
「ぬぐっう!」
ビリヤードボールほどのドス黒い球体が、鼓膜を刺し貫くような高音とともに口腔から発射された。右肩に強烈な衝撃が走る。同時に後方の天井からガガガと掘削するような音が生じ、一瞬にして遠退いてゆく。ジュディはきりもみしながら倒れ、その手を離れたリボルバーとフロストブリンガーは石畳の上を滑った。粉砕された鍾乳石が落下し、天井に穿たれた小さな穴から一筋の自然光が差し込む。
「このクソ……うぐぬぅ!」
悪態をつきながら身を起こそうとしたジュディは、己の右腕の不自由に気づいた。遅れてやってくる激痛。鎖骨の先、第二肩関節付近が抉り取られ、残されたわずかな筋骨によって辛うじて右腕が繋ぎとめられている。

「フーッ……」
目を閉じたフォルカーは口から大きく息を吐き、ゆっくり目を開く。
「ジュディ。おおジュディ。味な真似を…… 仕込みは霧の中に飛び込んだ時、か? この能力を使ったのは………… 1世紀、1世紀ぶりだよ。その意味ではジュディ。君は母親を超えたことになる」
身を起こそうと足掻くジュディを見澄ましながら歩き、壁に突き刺さったフレイムブリンガーを引き抜く。
「この腹の傷も…… あと一撃で臓物ごと砕かれていただろう。そうでなくとも放置すれば凍結が進行し…… 死に至ったかもしれない」
凍りついた腹部の裂傷をじっと見据え――
「オオオッ!」
フォルカーは真紅の両眼を大きく開いてひと吼えし、気合を充填する。直後に腹から立ちのぼる蒸気。肉の焦げる音と臭い。フレイムブリンガーの刃でなぞられた傷口は、焼けただれ塞がっていった。
「フーッ!……」
フォルカーはふたたび大きく息を吐きながら、冷静な足取りでジュディに歩み寄った。
左手を支えに片膝を突き、歯を食いしばりながら仇敵を見上げる丸腰のジュディ。だが手負いの狩人の両眼は、まだ勝負を捨てていない。
「その諦めの悪さ、好きだよジュディ。…………おやおや、まったく一番いい所で」
言い終えぬうちにフォルカーはステップを踏んで後退した。同時に、ジュディを呼ぶ声と銃声が洞窟に反響する。

「ジュディ!」

ドンドンドンッ!

【#27に続く】

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