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『コーヒーの香り』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2021年6月29日(RE:7月3日)オンエア分ラジオドラマ原稿)

鮮やかなライトブルーの電動コーヒーミルに淡い焦げ茶色のコーヒー豆を入れて、僕はスイッチを押した。

ローマ字でカリタと書かれた文字が震えながらウィーンという音とともに中粗挽きになった豆がちょうど二杯分出て来た。


朝にコーヒーを淹れるのは僕の役割だ。


彼女はオープンキッチンの前に立って焦げ目のついたトーストに何やらいろいろ乗っけている。

バターを塗ってプレーンオムレツを置き、その上に塩揉みしたきゅうりのスライスを乗せて胡椒をかけ、最後にマヨネーズを細くかけた。


彼女の作る、僕の一番好きなトーストだ。


ペーパードリップで時間をかけてお湯を注ぎながらコーヒーを淹れる僕に、手際良く作ったトーストを2皿、彼女がオープンキッチン越しに手渡してきた。


「はいタマゴキュウリトースト」
「美味しいそう」
「コーヒーまだ?」
「もう少し」
「トーストは出来立てが美味しいんだから」
「ちょうど今、豆を蒸らし終えたところだから」
「まだお湯入れてなかったの?」
「少しだけ入れて豆を蒸らすんだ。2分ほど」
「2分も蒸らすの?」
「そうすると豆の香りと際立つし、本来の味が引き立つんだ。そしてゆっくり注いでいく」

僕はハリオのドリップポッドでゆっくりとお湯を注いでいく。

「そんなゆっくり淹れるの?」
「入れ方は結構いろんな流派があって、ゆっくりと2回に分けたり、豆の分量を超えないようにお湯を注いだり、どれも豆本来のおいしい風味を抽出するためだよ」
「よくわかんないけど、早く入れて。もうコーヒーの口になってるから」


彼女はコーヒーを待たずトーストにかぶりついた。
そしてちょうどリビングがコーヒーの香りで満ちた。


「はいできたよ」


コーニッシュウェアのお揃いのマグカップにコーヒーを注いで僕は彼女に渡した。

受け取るとすぐに彼女はひと口飲んだ。


「うん。あなたの淹れるコーヒーはやっぱり美味しい」


彼女はもともとあまりコーヒーが得意でなかった。
同棲を始めたころ、僕の入れたコーヒーなら飲めるというのに気付いた。


「コーヒーは苦くて酸っぱいもんだと思ってた」
「たしかに苦くて酸味の強いものもあるけど、浅煎りの豆だったらすっきりとしていてほんのりと甘いものだってあるんだ」

「浅煎り?」
「コーヒー豆は煎り続けると炭になる。どんな豆でも深煎りにしとけば同じような味になるんだ。だけど浅煎りだと豆本来の味が出る。豆の美味しさを引き出すにはゆっくりと抽出してあげる必要があるんだ」
「よくわかんないけど、このコーヒーなら飲める」


それから彼女も朝はコーヒーを飲むようになった。
そしていつも美味しいトーストを作ってくれた。


「ありがとう。君の作るトーストも世界一だよ」
「さっきはもっと美味しかったのよ」
「数分でそんなに変わる?」
「当たり前じゃない。今度はタイミングを合わせましょ」
「やれやれ」



同棲期間が3ヶ月経って、彼女がコーヒーを飲めるようになったころ

僕らは結婚をした。



おしまい


※こちらの小説は2021年6月29日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア https://radiko.jp/share/?sid=LOVEFM&t=20210629210000

※こちヨロは2021年7月より土曜日13:30~14:00でも火曜日の放送をREPEAT放送でお届けします。

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