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『彼女の横顔』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2021年6月1日オンエア分ラジオドラマ原稿)

~マイフェイバリットシングスが流れている~


ジャズの流れるバーでは、その店のマスターはたいていおしゃべりである。

「うまいだろ?このラムはネグリタというフランスのラムでね。日本に初めて入ってきたラムなんだ」

そう言ってマスターはネグリタのボトルを僕に見せた。



「このラベルに描かれた少女の横顔がとても人気になったそうだ。何人もの男がこの少女に酔わされたってことさ」

そう言ってマスターは笑った。
僕はロックグラスに入ったラムを一口飲んで少女の横顔を見つめた。


新生活が始まり引っ越してきた街に小さなバーを見つけて入ってみた。
静かにジャズが流れる落ち着いた店内が気に入って僕はそのバーに通うようになった。


「意中の女性が初めて自分の部屋にやってきた。そのとき君は何をするべきかわかっているかい?」

マスターはお節介で、でも僕の知りたいことを全て教えてくれた。


「まず大切なのは、下心を見せないことだ。ただ生活している場所を見てもらいたいと思っただけなんだと」

もうそこに下心しかないように思えるが僕はうなずき次の言葉を待つ。


「部屋は汚くちゃいけない。かと言って綺麗すぎるのもだめだ。ちょっと片付ければ済むような隙を見せておかなければ、神経質なんじゃないかと嫌われてしまう」

マスターも熱が入ってくる。


「本棚にはなるべくインテリっぽい本を並べておくこと。マンガを揃えて並べてると漫画喫茶と間違えられる。漫画好きの彼女だったらそのままただ漫画を読んで2時間経てばお金を払って帰ってしまう可能性だってある」

誰かに何度も話してるんだろう。


「そして音楽をかける。この音楽が重要だ。最初はそうだな、マイケル・フランクスのアントニオの歌なんかがいいんじゃないか。そしてさりげなくお酒を勧める。お酒飲む?なんて聞いちゃいけない。断られたらそれでおしまいだからね。まずは自分から先に飲み始めるんだ。ラムなんかが家にあったりするといいね」

~マイケルフランクスのアントニオの歌が流れている~


マスターはグラスをとって飲むフリをして見せる。

「ああ、ごめんごめん、君も飲むかい?てな具合にね。そしたら彼女も自然にラムを飲み始めるんだ。そしてボサノバなんかをかける。ジョアンジルベルトの『イパネマの娘』や『バイアーナの心』なんかがいい。自然とお酒が進むんだ」

~イパネマの娘が流れていた~



「そして最後に決める音楽はタイトルにも意味がある方がいい。直接的に自分の思いをタイトルに乗せて伝えるんだ。ジョージ・ベンソンの『ギブ・ミー・ザ・ナイト』だね」

~ギブ・ミー・ザ・ナイトが流れる~

僕の部屋にはいま彼女がいる。そして僕は彼女の横顔を見ている。頬はラムでほんのり赤く染まって真っ直ぐ前を向いてレコードから流れるギブミーザナイトを聞いている。が僕の視界はぼんやりとしてきた。

女性「ねえ、眠ってしまうの?起きて、起きてって」

マスター「起きろ」



そこは僕の部屋ではなくバーであった。
僕が見つめていたのはどうやらネグリタの少女の横顔だ。


「緊張のあまりお酒が進むかもしれないが意識ははっきりさせておかないと、酔っぱらった男の顔ほど情けないものはないんだ」


酔い潰れてしまった僕にマスターはそう教えてくれた。



おしまい



~作品の中で出てくる曲~

■My Favorite Things / John Coltrane

■Antonio's Song / Michael Franks

■The Girl From Ipanema / Stan Getz, Joao Gilberto, Antonio Carlos Jobim

■Give Me the Night / George Benson


※こちらの小説は2021年6月1日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア https://radiko.jp/share/?sid=LOVEFM&t=20210601210000

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